小さい頃、顔を晒すことを禁止された。
それはきっと、他の人から見たら誤解を生んでしまうと思うけれど、両親なりの愛だったと思う。
君から聞いた時はびっくりしたよ。私が肌身離さず、言いつけ通り被っていた帽子に付いていた布は、本来かなり高くてお貴族様しか使わないって。
まぁでもそうだよね。自分は見えても、相手からは見えない布なんて安いはずがないから。
でも、君が私をお貴族様だと勘違いしてたのは少し面白かったな。
そんなことに思いを馳せながら、帽子に付いた布を丁寧に切っていく。
ジーク「…いいのか?」
アリィ「うん。もう、必要ないからね。」
あの日、逃げた日。私は初めて自身の顔を晒した。だから、これはもう必要ないのだ。
ジーク「…その…ごめん…」
思わず、ため息をつく。
どうして、君がそんな気まずそうな顔をしなきゃいけないのか。
アリィ「謝らなくていいの。私が好きでやってる事なんだから。いつまでもコレを身に付けてたら怪しまれちゃうし…私なりの気持ちの付け方でもあるんだから。」
ジーク「…そうか。…切れ端は、どうするんだ?」
アリィ「売れそうなら売っちゃいたいけど…売れなかったら捨てるかな。」
ジーク「…なら、俺が持ってても?」
アリィ「役には立たないよ。」
ジーク「知ってる。」
あまりにも寂しげな顔を君がするものだから、自分達に今、どれだけお金が無いかも忘れて思わずあげてしまった。
アリィ「弓に付けるの?」
ジーク「ああ。」
弓に布をリボンとして巻き付けていた君を見ていて、ふとこのまま消えてしまうのではと思った。あまりに、悲しそうな顔をしていて。あぁ、違うか、これは。これは、私の気持ちだ。そうか、これは。これは。
アリィ「その弓っておじいさんの形見なんだよね?」
ジーク「そうだが…それがどうかしたか?」
アリィ「無くしたら大変でしょ?無くした時に分かるように、魔法をかけてあげる!」
ジーク「…そんなこと出来るのか?」
アリィ「分からん!でもやってみる価値はある!私と一心同体だった布があるからこれにならかけやすいかも。ぐぐぐ…!」
ジーク「と、とりあえず無理はするなよ…。」
結局出来たのは、本当に僅かな繋がりを感じるもの。それだけ。なにも、できない。でも、それだけでも良かった。寝る時でさえ、弓を頑なに離さないジークの安否が多少は確認できるから。
ーその僅かな繋がりが事切れた。
アマラ「…あー…アタシの聞き間違いじゃないよな?」
アノ「悪魔がこちらに迫ってきている。」
アマラ「こんな時に…というかなんでそんなの分かるんだ?ハンターでもないのに。」
アノ「…これはあまり言いたくはなかったが…少しばかり我らの誰かが、悪魔に狙われやすい体質でな。ハンターらとそう変わらない遭遇数なのだ。」
アマラ「おまっ…それ…うおっ!?危ねぇな!?」
アマラの言葉は鋭い刃に遮られる。アマラは寸前に避けるが、赤い髪が数センチ地面に落ちてゆく。思わず、アマラは大声を上げてしまう。その体に似つかわぬ、大きな鎌を構えているアノに向かって。
アノ「……。」
アノは竦むことなく、まっすぐ鎌をアマラに向ける。
アノ「…童らに手を出せば容赦はしない。」
アマラ「…ああ、そういうことかよ…。馬鹿だな。アタシは、足を引っ張ってる奴がいるからってよし、処分しよう!とはならねぇよ。そもそも、アタシは…一番足を引っ張ってる立場なんだ。ここでも、あそこでも。ただ、アタシが聞きたいのは…ハンターでもないのにどうやって、生き延びてきた?ただそれだけだ。時間が惜しい。早く答えてくれ。」
アノ「すまなかった。お前の言い分は分かった。が…期待に答えれそうにはない。我らの仲間には、一人だけ…悪魔を殺す為だけに生まれたような才能の持ち主が居る。それだけだ。」
アノは鎌をアマラから離すと手から離す。そして、城の方を見上げる。
アノ「特段なにか凄い力を持ってるわけじゃない。あれは人に天才と持て囃されただけで、たまたま興味が悪魔に行っただけの努力の産物だ。」
アマラ「それがジークの方ってことだな?でも、ジークが入れば確実に勝てる訳では無い。多分そういうことでいいか?」
アノ「ああ。リスクの大きさを考えたら推奨はしない。お前の考え通りの悪魔への決め手にはならない。」
アマラ「…なら。お前達は他に何を知っている?どんな倒し方をしてきたとか…アタシは…」
アノ「…彼奴が起きていれば、可能性はある。」
アマラ「彼奴?」
アノ(あるいは…アリィも気づいているのだろう。アマラを、連れていく訳には行かない。)
アノ「童はそこで、隠れていろ。我が直接赴く。」
アマラ「…それはアリィの身体だ。無茶をすれば…」
アノ「無論心得ている。我の力に耐えることなく、朽ちるだろうな。この満身創痍な肉体では。」
アマラ「…お前って存在が魔法と呼ばれる存在なら行かせてやるさ。そうでもないのに単身で行くってんなら…アタシは力ずくでお前を止める。生憎、アタシは見知った奴が死ぬのは耐えられないんだ。」
アノ「…魔法だと?はっ!笑わせる。魔法など大層なものではない。履き違えるな。これは、我はこの娘が己に課した『呪い』だ。」
アマラは思わず、言葉を失う。その隙を見逃すことなく、アノはアマラの腹を膝蹴りする。
アマラ「がっ…!!」
アノ「逃げるための余力を残しておいた方がいい。」
アマラ「本気で…やりやがったな……」
アマラは咳き込みながら、立ち上がろうとする。
アノ「…この娘の、アリィからの指示だ。雇用主を死なせるな、とな。いずれお前の力が必要になれば呼ぶ。」
アノはそれだけ言うと、さっさと国門に走り去っていく。
アマラ「…ほんと、頭はなんでアタシに任せたんだか…。…ずっと約立たずのままだ。」
クリウス「お久しぶりですね。御父上。」
クリフ「クリウス。」
クリウス「…まさか、このような強硬手段に出るとは思いもしませんでした。私は、後何回貴方に失望すればよいのですか?」
クリウスは一切動じることなく、話す。そして、話の主導権を握る。
クリウス「貴方と今こうして対話しているのは、人質が居るためです。後何回喋れば、人質を解放してもらえるんですか?」
クリフ「私の気の済むまでだ。」
クリウスは不満気な態度を見せるが、すぐに了承する。
クリフ「その髪色は?」
クリウス「墨で染めました。地毛が白色だったので、随分染めやすかったですよ。そこだけは貴方に感謝するべきかもしれませんね。」
クリフ「そうか。…本当に大きくなって…」
クリウス「お褒めに預かり光栄です。」
クリウスはそう皮肉げに答える。
クリフ「…ローズに会ってきたそうだな。」
クリウス「ええ。それがなにか?」
クリフ「…すまなかった。決して謝って許されるようなものじゃない。それは重々承知している。人一人の命の重みは計り知れないものだ。だが…私にはあれ以上の最善の方法が見つけられなかった。今も…あれ以外の選択は思い浮かばない。」
クリウス「…あれが最善策…?貴方は…」
クリウスは強く拳を握りしめる。
クリウス「…貴方は何も分かっていない。恒陽化計画によって、どれだけ被害者が出たのかも、永夜の国のことも、何もかも…!その玉座から降りて城を出てきて見てきたら、どうですか?」
クリフ「…既に見てきた。親を失い、明日の食べ物の確保さえ出来ない孤児も、弔ってもらうことも出来ず、路地に詰め込まれ、四肢を分断され屑入れに詰められた死者も。永夜の国は、流石に立場上見ることは叶わなかったが、アレは紛れもなく、どんな形であれ、お前が作り上げた国だろう。」
クリウス「……。」
クリフ「お前が憎悪を、私に向ける理由がわからないほど、私は察しの悪い人間じゃない。…お前はローズによく懐いていた。無理もない、お前がローズの遺体の第一発見者だったのだから。」
クリウス「なら、私が言いたいことも分かるはずですよね?」
クリフ「ああ。だが、私は今後お前に国政をさせることなど考えていない。お前に命の取捨選択は無理だ。」
クリウスが怒りをあらわに、剣の柄に触れようとした時だった。
それは酷く大きな『冷たい』音だった。
ゲティア「お話中申し訳ございません!」
クリフ「今の音は…」
ゲティア「報告です。たった今、永夜の国方面に巨大な氷のようなものが…」
クリフ「魔法か。早急に悪魔を討伐するための隊を組む。」
ゲティア「で、ですが…ザックス隊長は、アロン副隊長と…」
クリフ「興奮状態に陥ってるのか。世話の焼ける。アロンが居るのは気になるが…今は緊急事態だ。ゲティア、あの二人を煽って誘導し、悪魔にぶつけなさい。今城内に居る兵士達を向かわせるまでの足止め役が必要だ。城外の者は今ほとんど連絡がつかないからな。」
ゲティア「む、無茶な…」
クリフ「無茶だと言うなら、私が行こう。あの二人の性格上、目の前の敵を無視して私を全力で止めるだろうからね。」
ゲティア「いえ!陛下は大人しくしててください!行ってまいります!」
クリウス「…氷…?」
慌ただしい城の中、クリウスはただ一人呆然と立ち尽くし、疑問を口にした。
クリフ「クリウス?」
クリウス「…ありえない…なんで…」
(…氷だって…?だってこの砂漠で…まずい。)
ーニャヘマが危ない。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!