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見つけた。
その声は確かに父のものだった。
「うちの子が殺された!鬼に食われたのよ!」
発狂する女性は、あの男の子の母親だ。熊に半身を食われ、無残な姿となった男の子。しかしこの女性は、鬼に食われたと言った。大人たちの間では、白い幽霊、妖怪は鬼と認識しているらしい。それが曲がり曲がって、あの子の耳に届いたのだろう。白い鬼。私は確かに鬼に会った。しかしその鬼は、優しく、脆く儚い、そんな印象であった。神々しく輝く長い髪の毛を思い出す。諦めた口調で不老不死と言った彼の姿を思い出す。到底人を殺めることはない、そんな気さえするのだ。私たちを抱きしめた大人達は目の前の森を睨む。鬼を殺せ。鬼を殺せ。私達の幸せのために。あの子のために、殺すのだ。私は父の顔を見た。父は何も言わない。が、その無表情の奥に私は震えた。声は出さずとも、父は私に向かって口を動かした。
(見つけた)
その意味を、私は瞬時に理解する。何故影である父がこの地を住まいに決めたのか。それはきっと、鬼を探すためだ。そしてその首を狩るためだと。影は依頼を受けると住まいを変える。影は留まらない。しかしこの村には私が生まれる前から住んでいた。やっと、違和感の正体がわかった。父は鬼を狩るため、長くこの地に足止めを食らっていた。それほど、父にとって鬼狩りは特別な依頼だったのだ。父は私を見て少しだけ頷いた。きっとこのまま夜を待ち、陽が落ちた瞬間、父は動き出すのだろう。父が珍しく、声を上げた。
「みなさん、落ち着いてください。男たちは今日の夜、森へ向かいましょう。鬼を狩るために、力を合わせましょう。そうだろ、なあ」
父は私を見て問いかけた。お前が案内しろ。そう言わんばかりに圧を感じた。私に拒否権などないのだ。私はあの尊き鬼を狩るため、一つ手を貸すことを意味した。周りの大人たちもこちらを見る。期待と不安と、焦りが混じった黒い目ん玉。私は不承不承に頷き、目を閉じた。あの鬼を、逃さなければ。私は決意する。
「それでは今夜、各々武器を持って。夜の森は危険ですから、十分な装備をしてください。なに、うまくいきますよ。私の優秀な娘がいるのですから」
ねえ?
父は笑った。歪んだ笑みだった。久しぶりに見た父の笑みは、綺麗なものではなかった。父は正真正銘影であり、暗殺者なのだと、改めて考えさせられる。私は身震いをした。寒気が襲う。これまで何人の命を狩ったのだろう。私はまだ子どもだと、いやでも思わされる。まだ影として半人前だと、そう告げられている気がした。あの鬼はきっと、素直に首を差し出すだろう。死なないからではない。諦めているのだ。生を、命を、これからの未来を。そんなことは、私がさせない。生を諦めるなど、そんな悲しいことがあってたまるか。私は半人前だ。だからこそ、鬼を逃がす。その選択肢は、父にさえ奪わさせはしない。これは昨夜のお返しだ。そう信じ、私は静かに目を閉じた。父は今どんな表情を浮かべているのだろうか。