人でごった替えしている中華街をブラブラ歩き始めた私は、何度目になるか分からない溜め息をついた。
いつもなら何を食べようか周りをキョロキョロしていただろうけど、一緒にいるのが亮平だっていうだけでテンションだだ下がりだ。
おまけに直前まであんな話をしていたのに、食欲があるわけがない。
「朱里、はぐれるなよ。ほら、手」
「いらない」
ふざけるな。あの流れで誰がお前と手を繋ぐか。
というか、手を繋げると思えている神経が凄い。
(……適当にまいて一人で帰ろう。お母さんには日を改めるって伝え直すか)
溜め息をつきながら考え、「一日、無駄にしたなぁ~」と思うと気持ちが重たくなる。
(こんな事になるなら、尊さんとデートしたかった。中華街来るなら尊さんと来たかった)
もう、こんな最低な気持ちにさせた亮平を恨み、汚い言葉で罵りたいぐらいには腹が立っている。
「朱里、小龍包食べるか?」
「いらない。……っていうか、ハッキリさせておきたいんだけど」
私は立ち止まり、つられて亮平も歩みを止めて私を見る。
「もうこういうのはやめてほしい。私は結婚するし、亮平の事を一人の男性としてなんて絶対見られない。すべてを亮平のせいにするつもりはないけど、あんたの鈍感さのせいで美奈歩の私への当たりが強くなったのは確かだと思ってる」
私は楽しげでおめでたい飾り付けがされた中華街の中で、表情を曇らせてこの上なく暗い気持ちになっていた。
「両親が再婚した事に文句はない。ただ、亮平に変な目で見られていた事はずっとストレスだったし、美奈歩に敵視されて無視され、心ない言葉を向けられてメンタルがゴリゴリに削られた。私はもう上村家から卒業して、一人の女として幸せになりたいの。もう私を気にするのはやめて。私の幸せを邪魔しないで」
言ったあと、私はパッと走り始めた。
「っおい!」
後ろで亮平が焦った声を上げたのが分かったけれど、とにかく走りまくって雑踏の中でまこうとした。
中華街には家族で一回来たのと、恵と来たのとで二回だけ。
複雑な土地ではないと思うけれど、慣れてもいない。
でも適当に走ったら端まで行けるはずだ。
向かう方角を決めた私は、ときどき角を曲がりながらひたすらに走った。
「はぁっ……、はぁ……っ」
冬だというのにコートの中で汗を掻き、足を止めたのは玄武門をくぐったあとだった。
近くにはスタジアムがあり、人通りはあるけれどお店からは離れている。
亮平が車を停めたところから大分離れているし、もう見つかる事はないだろう。
「…………疲れた……」
大きな溜め息をついた私は、そのまま最寄り駅に行こうかと思ったけど、行き先を山下公園に変えた。
どうせこうなったなら、ちょっと海でも見て黄昏れてやろうと思ったのだ。
私は途中にあったコンビニで温かいほうじ茶を買い、海に向かってブラブラ歩く。
昔来た時は楽しかったのになぁ……。
来る相手と話す内容が違うだけで、こんなに気持ちが違うとは。
(また後日、仕切り直ししよう。尊さん、誘ってみようかな。上書きしてもらうのいいかもしれない)
私はなるべく尊さんの事を考え、彼との楽しい思い出で頭の中を一杯にしようとする。
(好きだよ。尊さん。……好き。……好き、好き、好き、好き)
私は一歩あるくごとに心の中で「好き」と呟き、努めて頭から亮平を追い出そうとした。
海辺につくまで何回の「好き」を心の中で言ったか分からない。
やがて私は目の前に広がる海を見て、「はー!」と息を吐いた。
「きもちー」
風が強くて寒いけど、鬱屈とした気持ちを吹き飛ばしてくれそうだ。
私は海を望むベンチに座り、お茶のペットボトルを開けた。
クピクピ……、と飲んで温かい息を吐き、呟く。
「……何やってるんだろ」
これだったら会社で働いていたほうがまだマシだ。
だって近くに尊さんがいるもの。
(好きでもない人に想われるのが、こんなに苦痛なんて)
今までだって痴漢に遭ったし、ストーカーにも遭った。
でも相手は関わりのない第三者で、ちゃんと対処すればなんとかなった。
(けど、亮平は結婚しても〝家族〟として顔を合わせなきゃいけない)
憎んでいる訳じゃないし、いなくなってほしいとまでは思わない。
ただ、積極的に関わりたくないだけだ。
「もー……、やだ……」
私は考え事をしながらお茶を飲み、脚を組んで寒さから身を守るように腕も組む。
そのまま、目を閉じて潮騒に耳を澄ませた。
どれぐらい、そうしていただろうか。
(……ちょっと寝てたかも)
ふ……、と目を開けた時、同じベンチに人が座っているのを視界の端に認め、ギョッとしてそちらを見た。
「えっ?」
「かーのじょ、お茶しない?」
コメント
2件
おぉっ!ナンパしてきたのはもしや....😍💕💕
はぁ?????手を繋ぐ?????やっぱりおかしい亮平…繋ぐわけないじゃん🌀🌀🌀 朱里ちゃん逃げれてよかったよ😮💨っで…ナンパしてきたのは…🤭