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不意に、ジェルが激しく咳き込み、手元を狂わせたかのようにカップをテーブルに置いた。
硬い石の音。
「ジェル!? 大丈夫……っ?」
異変を感じて駆け寄ろうとした私の手首を、彼は人間業とは思えない速さと正確さで掴み取った。
見上げた彼の瞳には、薬に侵された朦朧とした様子など微塵もない。
そこにあるのは、冷徹な月の光のように冴え渡り、すべてを見透かした鋭い光だった。
「……シェリー。このお茶には、少し『スパイス』が強すぎたようだね。僕には刺激が強すぎる」
血の気が一気に引き、全身が氷ついた。
彼は飲んでいなかったのだ。
最初からすべてを知っていて、私が毒を盛る瞬間を愉しんですらいたのか。
恐怖に震え、逃げようとする私を、ジェルは強引に引き寄せた。
そのままソファへと押し倒され、視界が激しく反転する。
ジェルの鍛え上げられた重みが、逃げ場のない圧力となって全身にのしかかる。
「僕に、何を言わせたかったんだい? 僕が君を騙し、王女に仕立て上げたとでも?それとも、僕が君の忌まわしい過去を殺して、今の君を作ったと…そうやって僕を責めたいのかい?」
「……っ、ジェル、離して……! お願い、やめて!」
「嫌だね。君がそんな風に、不実な牙を剥いて僕を試そうとするなら。僕も、相応の愛し方を君に教えなければならない」
必死に抗う私の唇を、ジェルの熱い唇が乱暴に塞いだ。
それは、これまでの紳士的な慈しみの接吻とは一線を画す
略奪者のような、深く、狂おしいまでの口づけ。
息をすることさえ許されないほどの圧倒的な熱量に、必死で繋ぎ止めていた思考が白く塗りつぶされていく。
「ん……っ、あ……」
拘束された腕の中で、私の意識は彼の放つ甘い猛毒にあてられたように、とろとろと溶け始めていく。
ジェルは私の耳元に唇を寄せると
微かに震える熱い吐息とともに、逃れられない呪縛のような言葉を囁いた。
「君に必要なのは、残酷な真実じゃない。僕の腕の中にある熱と、僕が与え続ける安らぎだけ」
「…他の何者にも、君を定義させるわけにはいかないんだ。君の過去も、君の真実も、すべて僕が支配する」
ジェルの長い指が、私の白銀の髪を執拗に絡め取る。
その瞳に宿る執着は、もはや愛という言葉では括れない、どろりとした狂気を帯びていた。
疑惑を晴らすはずだった、決死の夜。
私は、ジェルの完璧すぎる「溺愛」という名の、底の見えない沼地へ。
さらに深く、引きずり込まれていくのを絶望とともに感じていた。