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長雨が、終わった。
そして雨雲が消えたと同時に、日差しが眩しい程に強くなった。青い空には、どどんと入道雲があぐらをかくように座ってる。
季節は、もう夏である。
一時は退職しようと決めたノアではあるが、紆余曲折の末、今日も今日とて仮初めの婚約者業に励んでいる。
「……あっつ」
ギラギラと焼き付ける太陽の日差しを浴びて、ノアはパタパタと片手で首元を仰ぐ。
時刻は昼過ぎ。もうすぐ日課のアシェルとのお茶の時間なので、ノアは離宮の庭園をぶらぶらと歩いて時間を潰している。
アシェルは季節が変われど、政務で忙しい。
ノアはノアで、季節が変わっても、相変わらず出来損ないの生徒なので、グレイアス先生からお叱りを受け続けている。
ちなみに今日は、グレイアス先生が急用のため、授業はお休みとなった。
突然舞い降りた幸運に”お休みバンザイ!”と諸手を挙げて喜びたいノアではあったが、グレイアスの急務は、お国レベルのトラブルなので素直に喜べない。
「ノアさん、日傘くらい差しましょうや」
そう言ってノアの隣に立ち、日陰を作ってくれた茶褐色髪の青年は、呆れ顔になっている。
「……だって、雨降ってないのに、傘さすなんて変だよ」
「まぁ、男がそうしてたら変ですが、ノアさんは女の子なんで変じゃないっすよ」
「そんなもんかなぁ」
「そんなもん、そんなもん」
男尊女卑ではないし、女性を気遣う発言をしてくれているのはわかるが、腑に落ちない。
ノアがむむむっと渋面を作っても、茶褐色髪の青年ことアシェルの側近その1イーサンは、カラカラ笑うだけ。
季節が変わって、ノアの生活に、ほんの少しだけ変化があった。
まず最近、ノアがどこに行くにしてもイーサンが付いて回るようになった。
イーサンのことを嫌いではないけれど、できることなら自分ではなく殿下の傍に居てほしいとノアは常に思っている。
なにせアシェルは、盲目であり、過去に呪いを受けているのだ。身の危険度でいったら自分より桁違いに高い。なによりノアが心配でたまらない。
だから毎日それをイーサンにも、アシェルにも訴えているのだが、どうもこの話をすると二人は耳が遠くなるようで、まともに聞いてもらえた試しがない。
でも、納得できないノアは、今日もお茶の時間に訴えるつもりである。
苦手な勉強に関しては早々に諦めるノアではあるが、やると決めたら絶対にやりきる。
そんな無駄に前向きで粘り強さを持つノアではあるが、相手は善人の仮面を被った盲目殿下。どっちに軍配が上がるかは、予言者でなくてもわかるだろう。
「ところでノアさん、あそこに精霊がいるのって見える?」
「……んぁ?」
耳が良くなるキノコはあったかな?と、記憶を探っていたノアは、我ながらアホっぽい返事をしてしまった。
途端に「あぁ……やっぱ日傘持ってきましょう」と気遣うイーサンの視線が降ってきたので、慌てて質問に答えた。
「見えません」
「やっぱ、そっか」
「……はぁ」
わかっているのに、なぜ訊くの?
グレイアス先生から魔力ゼロとお墨付きをいただいてから、もう4か月以上経つけれど、発言が覆されることはない。
一度口にしたことを否定したくないなら、仕方が無いよねーと寛大な気持ちで許すが、ノアはこの城で精霊を一度も見ていないから、魔力がゼロなのは間違いない。
正直言って、魔力ゼロで生きてきて不都合さを感じたことはないので、今更魔力が芽生えたとしても使い道がないのでちょっと困る。ただキノコの精霊には、会ってみたい。
グレイアス先生は「そんなもん居ないわ」と秒で否定されたけれど、ノアは絶対にいると信じている。
「そっかぁー。ノアさん精霊見れないんだ。残念」
まだ見ぬキノコの精霊の姿を思い浮かべていたら、イーサンはひどく残念そうに呟いた。
それが何だか、弄りたくて言っている訳ではなく、切実な何かを伝えたいような気配だったので、ノアは首を捻ってイーサンに尋ねた。
「見れないとなんか困ったことでもありますか?」
「いや。別に困ることはないよ。ただ、このお城にいる精霊達、ノアさんに興味深々なんだよね」
「え!?そうなんですか」
そりゃあびっくりだと、ノアは素っ頓狂な声をあげた。
興味を持ってもらえるなんて、想像すらしていなかった。
「えへっ、えへへっ」
ロクに魔法文字を解読できないくせに、ノアは妙に嬉しくて気持ち悪い笑い声をあげてしまう。
だって、キノコ精霊とお友達になれる大チャンスかもしれない。だから現在進行形で、イーサンが「なんだ、お前?」という目で見ているが気にしない。
浮かれて変なステップまで踏み出したノアだが、精霊たちがこちらに興味を持っている理由は、なんとなくわかっている。
精霊姫の生まれ変わりなら、そりゃあ精霊達だって気にはなるだろう。
自覚もないし、恩恵も何一つ受けていないけれど、それでも精霊姫の生まれ変わりなのだから。