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「精霊さんたちは、私のこと精霊姫の生まれ変わりってわかっているのかなぁ」
ノアは精霊たちがいると思う方向に手を振ってから、ふと思った疑問をイーサンにぶつけてみた。
「どうなんでしょうね。俺は精霊の言葉まではわからないもんで。……あと、そっちの方向には精霊はいませんよ」
「え?そうなんですか!?」
二重に驚いたノアを見て、イーサンも同じように驚いた。
「はあああぁ……かれこれ4ケ月以上経つのに、全然成果が表れないなんて……マジか」
「マジです。あ、でも最近初級の初級から、ただの初級にレベルアップしたんですよー」
「4ケ月以上経ってやっと!?」
「そう。4ケ月以上経ってやっとです」
「……へぇ。お頑張りになられたんですねぇー」
自分を見下ろすイーサンの表情は、間違いだらけの課題を採点するグレイアスと同じだった。
(私としては、興味が一切無いのに、レベルアップできたことが奇跡に近いんだけどね!)
ノアは、手入れが行き届いた芝生を蹴ってふてくされる。
ちなみにイーサンの目はこげ茶色であるがその瞳の奥は、紫色にキラキラと不思議な輝きがある。
これは【煌眼】と呼ばれ、魔力がある証だ。すなわちイーサンは、殿下の側近で、魔法剣士で、超花形職業のエースなのだ。
グレイアスは濃紺の瞳に銀の輝きがあり、ものすごく魔力がある。ただキラキラと輝く瞳で嫌味を言われる側としては、迫力倍増なので手加減してほしいと切に願っている。
「……ま、ぼちぼち頑張ってください」
「ええ、そうします」
きっとイーサンは出来損ないの自分に対して、苦言を呈したいと思ったのかもしれない。
だが、ぐっとこらえる様子が伝わってきたので、ノアも素直に頷く。
こんな会話をしながら、アシェルが来るまでやることがないので、さして広くはない庭園を歩き続ける。
ノアとしては花壇の植え込みを覗いてキノコ探しをしたいが、アシェル専用の離宮には、それなりにメイドがいるので、不審な行動をすると大騒ぎになってしまうのだ。
このクソ暑い最中、襟詰め長袖スタイルのメイドさん達を汗まみれにするのは、本意ではないので、グッとこらえている。
「……殿下、遅いですねぇ」
「そっすね」
「会議長引いてるのかな?」
「多分。ノアさんが呼びに行ったら、すぐにお開きになりますよ?」
「いやぁーそれは、ちょっと無理。出過ぎた行動ですよ」
ぶらぶら歩きながら中身の薄い会話をするノアとイーサンの背後に、音もなく近付く側近を伴った青年がいた。
「おまたせ、ノア。遅くなってごめんね」
そう言いながらノアを後ろからぎゅっと抱きしめたのは、到着が遅れていたアシェルだった。
「謝らないでください、殿下。お仕事お疲れ様です」
「ん、疲れた。早くノアと一緒にお茶を飲みたいな」
「はい。では行きましょう」
後ろから抱きつかれたというのに、ノアは至って冷静だ。
しかもぐるりと身体の向きを変えると、アシェルの手を取って歩き出した。
空気を読む魔法を使ったのかどうかわからないけれど、イーサンは手をつないで歩き始めた二人の邪魔にならぬよう、そっと身を引く。側近その2であるワイアットも同じく。
そして側近二人は、同時に「あっつ」と呟いてみるが、ただいまの季節は夏なので暑いのは当然である。
だからその真意にノアは気付かないし、アシェルは、涼しげに聞き流すだけ。
「殿下こっちですよ。足元に気を付けてくださいね」
「ありがとう、ノア」
アシェルの手をつないで歩くノアは、彼の半歩前を歩いている。
眼の光を失ってからアシェルは訓練を重ねて、この離宮とお城の中の執務室なら躓くことなく歩けることができるようになった。
しかし暑さが苦手の彼は、夏の季節は感覚が鈍るらしく、歩行に不安を覚えている。
だから長雨が終わってから、こうして歩くときはアシェルの手を引くことが、ノアのお仕事の一つに加わった。
暑さが苦手なら、王族らしい豪奢な服を簡素にすればいいのにと思うノアだが、見た目重視の彼らは、そういうことはできないらしい。
ツッコミどころ満載のアシェルの主張だが、ノアは全面的に信じている。なぜならまだノアにとって、アシェルは心配でたまらない存在だからだ。
少しは怪しむべきだが、頼られることに喜びを覚えてしまう性分のノアは、これっぽっちも気付かない。むしろ追加されたお仕事に張り切っている。
「今年はノアが居てくれたから、庭でお茶が楽しめる。ありがとう」
「いえいえ、とんでもないです。でも、早く涼しくなると良いですね」
ノアはアシェルの体調を気遣って発言したけれど、そう言われた盲目王子はちょっと……いや、かなり面白くなかった。
「実はね、季節の変わり目も結構、歩きにくかったりするんだ」
細く長く息を吐いて遣る瀬無さそうに笑えば、ノアが小さく息を飲む。
心の中でにんまりするアシェルに、ワイアットとイーサンは同時に苦笑した。