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恵
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#連載小説
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星キラリ

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広大な礼拝堂の中で、薔薇の美少女は怯えていた。
石の床は冷たく、素肌に直接触れる感触が身を縮めさせる。高い天井のアーチは暗く、ステンドグラスから落ちる光はほとんど届かない。どこに逃げればいいのか。何から逃げればいいのか。答えのない問いが、頭の中で反復する。
そのとき、四足で駆けてくる足音がした。
パタパタ、という軽い着地音。暗闇の奥から、何かが近づいてくる。次の瞬間、犬耳が生えた美少女が、四つん這いのまま姿を現した。灰色のショートヘア。ぴんと立った犬耳と、腰のあたりで揺れる尻尾。何も着ておらず、白い素肌をさらしている。瞳は鋭く、しかしどこか遊び心を含んだ光を宿していた。
犬耳美少女は、薔薇の美少女の前まで這い寄ると、ためらいなく顔に鼻先を寄せた。頰を舐め、首筋を舐め、鎖骨から胸へ、お腹へ、そして下腹部へと、熱い舌を這わせる。くすぐったい。薔薇の美少女は肩をすくめ、小さな声を漏らした。
「……くすぐったいよ」
それでも舌は止まらない。徐々に感覚が変わり、くすぐったさの奥に、甘い熱が広がっていく。気持ちよくなってしまう自分が、恐ろしかった。犬耳美少女が顔を上げたとき、口元に白い犬歯が見えた。次の瞬間、その歯が太腿の柔らかい肉に、ガブリと食い込む。
「きゃあっ……!」
悲鳴が礼拝堂に響く。血は出ていない。だが、次にどこを噛まれるかわからない。恐怖が先に立ち、薔薇の美少女は無意識に能力を発動させた。肌の下から緑の蔦が伸び、犬耳美少女の腕と胴を絡め取る。棘が浅い赤い線を残す。これで止められる——そう思った矢先、犬耳美少女は尻尾を振り、蔦を引きちぎった。力任せに、簡単に。そして再び、四つん這いで距離を詰めてくる。
薔薇の美少女は、走った。
石の床を素足で踏み、暗い通路へ飛び込む。後ろから、犬の足音が追ってくる。息が切れ、肩が上下する。そのとき、どこからともなく声がした。
「藤代雪乃さん! さあ逃げるのです! 逃げないと噛まれますよ!」
——藤代雪乃。
その名前を呼ばれた瞬間、薔薇の美少女の足が止まった。自分の名前だ。都内の大学二年生。この女子高の生徒ではない。学院に通う美少女たちを「飾る」ために、外部から入り込んでいた存在。薔薇の能力を使い、詩織を十字架に、結衣を台座に、遥を蝶の群れに晒した張本人。
藤代雪乃は、かつてある能力を持っていた。夢の中で蝶になれる能力。その力は消えた。空白の時期が続き、夜ごとに「可愛い女の子を飾りたい」という欲求だけが膨らんでいった。その夢想の最中、声がした。願いを聞き届ける、という声。能力を授ける、という声。彼女は頷いた。翌朝から、白い肌に真っ赤な薔薇が咲くようになった。香りで眠らせ、蔦で絡め、学院の中庭に「作品」を並べるようになった。欲望のままに使いすぎた 。それが、今の罰に繋がっている。
「……嫌、逃げたくないのに……」
泣きながらも、雪乃は再び走り出した。当て所などない。礼拝堂の通路は分岐し、同じような石壁が続く。犬耳美少女の足音は、まだ後ろにいる。噛まれる。また噛まれる。太腿の痛みが、走るたびに脈打つ。声の主は誰なのか。六枚の翼の美少女なのか。白タキシードの美少女なのか。答えは出ない。ただ、逃げるしかなかった。
藤代雪乃は、暗闇の奥へ消えていった。
続く。
コメント
1件
おお、第84話! ここでようやく薔薇の美少女=藤代雪乃の正体と背景が明かされたね。もともと蝶の能力者だったのに、それを失った空白と欲望が、あんな「飾る」行為に走らせたのか……。逃げる描写の生々しさと、噛まれる恐怖と甘さが混ざる感覚がめちゃくちゃ印象に残ったわ。それにしても、声の主は誰なんだろうね。続きが気になる〜!