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俺にとって彼女は、ただの幼馴染だった。小さい頃からずっと一緒で、泣いている時は笑わせて、困っている時は手を貸す。それが当たり前の関係だった。
彼女は少し不器用で、人とうまく距離を取れないところがあった。だから俺は、自然とそばにいることが多かった。彼女にとって俺は「笑顔にしてくれる魔法使い」らしい。そう言われた時、なんだかくすぐったかったけれど、少し誇らしくもあった。
中学に入ってから、俺は部活にのめり込んだ。毎日練習で帰りは遅く、休日も大会や遠征。気づけば彼女と過ごす時間は減っていった。
――でも、俺たちは幼馴染だから。離れても大丈夫だ。そう信じていた。
けれど、俺は気づかなかった。
彼女がいじめられていたことに。
彼女が笑わなくなっていたことに。
「部活が忙しかったから」
「練習や試合に時間を取られて」
「学年が違うから」
そう言い訳したい。でも、本当はただ、見えていなかっただけだ。自分のことで手一杯で、彼女の小さな変化に目を向けなかった。彼女がどんな顔をして帰っていたのか、どんな風に毎日を過ごしていたのか。そんなこと、考えもしなかった。
彼女が教室で浮いていることにも。彼女が陰口を叩かれていたことにも。彼女が物をなくしていることも。信用できる人がまた一人、また一人、居なくなっていたことも。俺は、なにも気づかなかったんだ。
それに気づいたときには、もう遅かった。
彼女は学校に来なくなった。初めは体調を崩したのだと思っていた。けれど、一週間経っても、一ヶ月経っても、教室の彼女の席は空いたままだった。笑わなくなっていたことにすら気づけなかった俺に、今さら何ができるだろう。
やがて彼女は学校に来なくなった。
気づけば、不登校になっていた。
その時初めて、自分の愚かさを思い知った。
俺は何をしていたんだろう。ずっと隣にいるつもりで、実際には彼女を一人にしていたのだ。
だから、毎日会いに行くことにした。部活が終わったら彼女の家に寄って、他愛のない話をする。最初は彼女も顔を見せてくれなかった。ドア越しに声をかけても、返事はなかった。
それでも、通い続けた。部活で汗だくになった身体のまま向かった。中学を卒業した。高校生になった。毎日、通った。どうしても会えない日は連絡を取った。
無自覚の好き、なのかもしれない。けれど、それ以上に「償い」の気持ちが大きかった。俺が気づかなかったせいで、彼女を苦しませた。だから、そばにいることで少しでも笑顔を取り戻してほしかった。
やがて、ドアの隙間から彼女の顔が覗いた。
「、、、来なくていいのに」
そう言いながらも、ほんの少しだけ口元が緩んでいた。
「俺が会いたいだけ」
俺も口元を緩ませていた。
俺が行く理由を、周りに聞かれたらなんて答えただろうか。
「幼馴染だから」
「心配だから」
――きっとそう言ったと思う。でも、本当は違う。彼女が笑ってくれないと、俺が困るからだ。俺が、寂しいからだ。
日が経つごとに、彼女は少しずつ笑うようになった。最初はぎこちなく、次第に自然に。昔とはどこか違うけど、笑顔になった。俺はその笑顔を見て、心の底から安堵した。
でも俺は言わない。
「学校に行け」
「外に出ろ」
なんて、絶対に言わない。
彼女には無理をしてほしくない。ただ、笑っていてくれればそれでいい。
――それが俺の望みだ。
彼女の笑顔を守りたい。その気持ちが「好き」だということに、最近になってようやく気づいた。
でも、伝えようとは思わない。伝えたら彼女を困らせるだけだから。
彼女は俺に恋なんてしていない。ただ俺が勝手に支えているだけで、俺が勝手に償いをしているだけだ。俺が「好きだ」と言えば、きっと彼女は笑顔を見せてくれるだろう。でもそれは、本心からじゃない。俺を傷つけないための笑顔になるかもしれない。そんなのは嫌だった。
だから、俺は魔法使いのままでいる。
どんな時も彼女を笑顔にする、その役割を果たし続ける。
無自覚の片思い。
それでいい。彼女が笑ってくれるなら、それだけで十分なんだ。
だって、君の笑顔が大好きだから。
また今日も彼女の家のチャイムを押す。