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「霊感ねぇ」
周りに人がいないからだろうか、つい口を出た。
遥だって子供の頃から感がよくて、行動の先を読んでしまう傾向のあることは周りから気持ち悪がられてきた。
自分では無意識でやっているからどうすることもできないが、周りには異質に見えるんだと気づいてもいたし、だからこそいろんな人間がいるんだと理解している。
でもなあ・・・
さすがに、「私霊感があるの」と言われるとは思ってもいなかった。
そもそも、この世に霊感なんて非現実的なものが存在するとは思っていない。
いつもの遥なら、「気のせいだ」と一蹴しただろう。
でも、先日詐欺師を怪しいと見抜いた萌夏を知っているから笑い飛ばすことはできなかった。
「しかしなあ・・・」
いきなり「オーラ」がどうのこうの言われても、頭が追い付かない。
トントン。
「お弁当なんて、珍しいわね」
普段はあまり声をかけてくることのない礼がお茶を入れて現れた。
「そうか?」
いつもは外食か雪丸の買ってきた弁当で済ませることの多い昼食。
こんな風に弁当を持ってきたのは初めてだ。
「萌夏ちゃんも一緒に食べればいいのにねえ」
「うるさい」
そんなことをすれば萌夏が働きにくくなるだけだと、遥にだってわかっている。
「それにしてもすごい品数」
昨日から体調を崩して食欲のない遥のために、いろいろなものを詰め込んだおかずと数種類のおにぎり。少しでもいいから食事をしてほしいとの萌夏の気づかいだ。
「お料理上手ないい子ね」
お茶を置いたらさっさと出ていけばいいのに、礼は立ち去る様子がない。
「弁当が食いたいのか?」
礼の方に差し出してみる。
どう見ても一人分の量じゃないのはわかっているから、残すくらいならその方がいい。
「バカね、萌夏ちゃんが遥のために作ったものをいただけるわけないでしょう」
「バカって・・・」
まったく、上司を上司とも思っていない奴だ。
まあ年上だし、10代のころからの友人だから仕方がないとも思うが、
「で、最近どうなんだ?」
「え?」
礼の困った顔。
***
遥がまだ中学生のころ、当時高校生だった雪丸の友人として礼に出会った。
高校生にしては大人っぽくてきれいな子だなと思うだけだったが、話してみると飾らない性格にひかれた。
そのあっさりとした物言いと行動力は雪丸とも似ていたし、同い年の二人がいい友人なのもすぐにわかった。
「無理するなよ」
「わかっているわよ」
高校を卒業した後事情があって2年ほど家にいた礼と、高校中退で大検を受け受験勉強をした雪丸。
2人は二十歳になってから大学に入り、24歳で社会にでた。
雪丸の方は受験勉強に2年かけたせいで一流国立大を卒業し自分の力で平石建設に就職したが、礼は就活に苦戦していた。
家庭の事情もあり1つの内定もらえないまま秋を迎えていた礼に、遥が口をききここに就職できた。
「いじめられてないか?」
縁故入社のせいで、風当たりが強いのは遥も知っている。
「もう、いくつだと思っているのよ」
「27」
おにぎりを頬張りながら言った遥を、キッと礼が睨む。
「本当に無理するなよ。お前の体が1番だから」
「わかってるわ。遥も、萌夏ちゃんを大切にね」
「ああ」
言われなくてもそのつもりだ。
***
礼が出て行った後、一口大のおにぎりを3つほど食べおかずもいくつか平らげた。
病み上がりにこれだけ食べれば充分だろう。
トントン。
「珍しいですね弁当なんて」
書類を持って入ってきた高野が不思議そうな顔で見ている。
「たまにはな」
「体はもういいんですか?」
「ああ」
万全とはいかないが、仕事はできるようになった。
この男高野空とは同い年。
一般的には同期ってことになるんだが、学生時代から外部役員として経営にかかわり役職付きで入社した遥とは扱いが違う。
まあそれも、本人が望んだことではあるんだが。
「最近、おじさんの所に顔を出しているのか?」
「・・・」
この話題になると無口になるのは、いつものことだ。
遥自身、平凡な生い立ちだと思ったことはない。
恵まれた環境だが、それなりにコンプレックスだって抱えてきた。
それは、苦労人の雪丸や礼も一緒だろう。
そして、こいつもいわくつきの過去を持っている。
「琴子おばさんが萌夏ちゃんのことを気にしてますよ」
仕返しのように意地悪い顔。
「余計なことは言うなよ」
「ええ、わかってます。だから俺のことも放っておいてください」
なるほど、交換条件ってわけか。
こいつとの付き合いは雪丸とは別の意味で長い。
今は本人の希望で『高野』と呼んでいるが、子供の頃は『空』『遥』と名前で呼んでいた。
「屈折しているな」
「お互い様です」
遥の周りにはどうしてこう訳アリが集まるんだか・・・
「今夜は営業の若手で飲み会ですから、萌夏ちゃんを借りますよ。邪魔しないでください」
「ああ」
邪魔なんてするか。好きなだけ飲めばいい。
「じゃあ、失礼します」
最後まで部下としての態度を崩すことなく、高野は出て行った。
***
「琴子おばさんかぁ」
一人になりつい口を出た。
空の奴は母さんのことを琴子おばさんと呼ぶ。
子供の頃からずっとだ。
それにしても、母さんがわざわざ空に探りを入れているってことは、それだけ萌夏のことが気になるんだろう。
先日駐車場で社長に鉢合わせしてしまったし、いとこである父さんや社長と親しい母さんの耳にも入るだろうと思ってはいたが、さすがに早いな。
まあか母さんのことだから必要以上に干渉してくることはないだろうし、父さんだってトラブルを起こさなければ口出ししないはず。今の平石家は反抗期真っただ中の弟のことで手いっぱいのはずだから。
トントン。
「お時間です」
いつものように雪丸が声をかける。
「わかった」
「あの、次長?」
言いにくそうに雪丸が遥を見ている。
その顔を見てすぐに気づいた。
「今日はまっすぐ帰る。どこにも寄らないぞ」
「しかし・・・」
きっと社長に俺を連れ出せと頼まれたんだろう。雪丸が困り果てている。
だが、このタイミングで社長と飲みたくはない。
絶対に萌夏のことが気になっているだろうし、なんだかんだと洗いざらい聞き出されてしまいそうで怖い。
「社長には俺から連絡するから」
「お願いします」
平石建設代表取締であり、平石財閥を支える主要メンバーでもある社長。
子供の頃は『陸仁おじさん』と呼んでよく遊んでもらった。
夏や冬になれば、毎年のように空と一緒にキャンプに連れて行ってもらった。
いつもおしゃれで、面白いことばかり言って場を和ませることの多い大好きなおじさん。
その印象が一変したのは一緒に仕事をするようになってからだ。
一旦仕事となると一切の妥協を許さない仕事の鬼で、あれだけかわいがっていた遥にも本気で叱責する。
遥は平石建設と関わるようになって初めて、働くということの意味を教えられた。
そして、どんなに厳しくてもこの人についていこうと思えた。
『すみません、体調が悪いので今日は帰ります』
遥から社長に宛てたたった1行のメール。
それ以降は電源を切った。
こうでもしなければ、陸仁おじさんの誘いは断れない。