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「――今日も“仲睦まじい”お姿、まことに微笑ましゅうございます!」
花壇の前で侍女が頬を紅潮させてそう言ったとき、オリビアは笑顔でうなずきながらも、内心では思っていた。
(……どこが?)
隣に立つアルベール王子は、まるで冷気でも放っているかのように静かで冷たい。まっすぐ前を見つめたまま、一言も喋らない。ましてや微笑むなんてありえない。
噂ではこうだ。
――西の国・ユーラナイトの第一王子アルベールと、オルスカ公爵家の令嬢オリビアは、幼い頃からの婚約者であり、愛し合う理想のカップル。
でも、当の本人たちはというと……まったく会話が成り立っていない。
「……あの、王子。さきほどの侍女の方、あなたのファンみたいですよ。少しでも笑ってあげたら……」
「必要ない。」
バッサリ。
オリビアはまた微笑んだ。いや、微笑まざるをえなかった。なにせ、侍女たちは後ろでうっとりしながらこうささやいていたのだから。
「まあ、王子は本当にオリビア様にだけ厳しいのね……きっと特別な存在だから……!」
「いつも冷たくしてるけど、目が彼女のこと追ってるし……」
「まるで少女小説のような関係……!」
(――追われてないし、目も合ってないし、特別な存在っていうか多分、嫌われてるし……)
オリビアは静かにため息をついた。
確かに、彼女は“白銀の令嬢”と呼ばれるほど、色素の薄い髪と透き通るような水色の瞳を持ち、周囲からは「まるで天使」と讃えられていた。
けれど、その容姿がまた、第一王子の厄介な沈黙と組み合わさって、誤解に拍車をかけていた。
「……婚約破棄、進めたほうがいいわね……」
小声でつぶやく。
彼女はすでに弁護士との相談も始めていた。優雅な令嬢を装いながらも、裏では密かに“いつでも破棄できるように”と準備をしているのだ。
ただ――その動きは、王子に微妙な影響を与えていた。
***
「……オリビアは今日も婚約破棄の準備か……」
アルベール王子は玉座の控室で、書類を読みながら小さくつぶやいた。
完璧な横顔、美しい金髪、冷たい印象の蒼い目。
けれど、その瞳の奥はぐちゃぐちゃに焦っていた。
(あいつ、いつか本当に破棄するつもりじゃないだろうな……?)
彼女があまりに堂々と準備を進めるから、最近では見張りまでつけさせてしまった。もちろん本人にはバレないように。
だがそのことさえ、「監視されてる……やっぱり嫌われてる……」と逆効果になっているとも知らず。
「なぜこんなことに……」
小声でそうつぶやくアルベールに、側近のエドワルドが言う。
「……王子、そもそも貴方様が、令嬢とまともに会話しないからでは?」
「会話しようとしたら……顔が直視できん……! まぶしすぎて……!」
「……はあ」
アルベール王子がオリビアを嫌っているなどというのは、真っ赤な誤解だ。
むしろ彼は、彼女の白髪と透き通るような目に、出会った瞬間から心を奪われていた。
だが、美しすぎるものの前では不器用になるのが彼の悪癖だった。
「……どうすればいいんだ……婚約破棄なんて……されたら、俺、俺……」
「……泣きますか?」
「泣くわけないだろう!! 泣くかもしれんけど!!!」
「お気持ちだけは、しっかり伝わりました。」
エドワルドはため息をつきながら、王子のために「彼女の好きな紅茶」や「好物」などを調査してメモし始めた。
***
その頃、オリビアは自室で紅茶を飲みながら呟いた。
「……まったく。いつになったら“噂だけの関係”を終わらせられるのかしら」
彼女の目には、王子の不愛想と沈黙が「心底嫌われている証拠」としか映っていない。
ただ一つ、分かっていないのは。
その“噂だけの関係”に、彼女が少しずつ、ほんの少しだけ――期待を寄せ始めていること。