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悔しさと怒りが込みあげてくる。自分が冒険者として関わった出来事の裏には、常にウルゼンの影があった。迷宮洞窟に現れた凶暴なコボルトロードは、アベルたちの群れのボスだ。必死に仲間を守ろうと戦い、彼らの実験台に使われ、手に掛けたくなかった仲間たちを餌にまでするほど変えられてしまった。
討伐するしかなかった。あの状況では。それでも申し訳なくて、アベルたちにはなんと伝えてやるべきなのだろう、と胸が痛む。
「ねえ、ヒルデガルド。この資料、最後まで読んだら、迷宮洞窟の最深部で討伐したクリスタルスライムのことまで細かく書かれてるよ」
「……だろうな。あれもずいぶん奇妙だった」
ずっと引っ掛かっていた。なぜクリスタルスライムが餌場にするのも難しい場所で擬態して隠れていたのか。資料を見なくても分かることだ。たとえ本能的な魔物であったとしても操ろうと思えば不可能ではない。むしろ、捕獲さえできれば操るのは理性を持つゴブリンやコボルトよりも思考が邪魔をしない分、簡単だ。
「奴は最初から、私たちに討伐時の状況を聞いて資料を作るつもりだったのだろう。たとえ誰か死んだところで、奴の研究にはなんの影響もない」
「そんな……。可哀想なことをしたね……」
コボルトロードをただの強い個体程度に考えていたが、薬物投与による実験によって無理やり凶暴化させられ、同族を捕食するようになってしまったのを想えば「あれで良かったのかもしれない」とヒルデガルドは首を横に振った。
元に戻す方法を見つけるには、あまりに遅すぎた。
「ヒルデガルド、そろそろウルゼンが来るはずよ」
「ありがとう。あの男には自らの実験の代償を払ってもらわないとな」
騒がしい声が聞こえる。先ほどの見張りが彼女たちを指差して「あいつらが勝手に!」と怒鳴った。ウルゼンの近くに、遅れてアーネストも到着する。
「……フフ、やってくれましたねえ。ここは大賢者の間、魔塔の管理者以外が立ち入ることは許されておりませんよ。あまつさえここにある研究資料を持ち出そうなどと、随分身勝手なことを──っ!? な、なぜそれを持っている……!?」
ウルゼンの視線がイーリスの手もとにある研究資料に向く。動揺を隠し切れず声を荒げたのをヒルデガルドが突く。
「この資料にご執心だな。よほど書いてある成果が大事らしい」
「フッ……だからなんです? はやく返しなさい」
取り繕って彼はため息をつき、手を差し出す。
「今なら、資料を返せば入ったことは大目に見てさしあげましょう。もはや読まれたのであれば隠すまでもないですが、ご協力頂けるのなら──」
「図に乗るなよ。君の研究はここで終わりだ、ウルゼン」
イーリスを自分の後ろに下がらせ、一歩前に出る。ヒルデガルドに抗戦の意思を見たウルゼンが、仕方ないと手をやんわり広げて仰向けにすると、黒い煙が湧き、どこからともなく現れた魔導書を持って開く。
「……魔塔の規定に従い、あなた方を捕えます」
「殺すの間違いだろう? 行儀の良い男だな」
小馬鹿にされても彼は気にも留めず、冷たいまなざしを向ける。傍で腕を組んでみていたアーネストが退屈そうに「手伝おうか」と口にすると、「必要ありませんよ、たかが冒険者くずれの二流魔導師くらい」と堂々答えて、不機嫌にさせた。
「俺はあんたに言ったんじゃない。ヒルデガルドに言ったんだ」
「なんですって? まさか、貴方も彼女たちに協力を……!」
「魔塔で違法な実験が行われていると聞いて確かめにな」
ヒルデガルドが左右に指を振る。それを見て必要ないと判断した彼は、腕を組んだまま「見届けさせてもらおう」と、数歩下がった。
「いいでしょう。どのみち証拠がなければわたくしを咎めるには値しない。まずは、目の前の障害から取り除くと致しましょうか」
魔導書を構える。白く輝く魔法陣が現れ、細い光の縄が彼女たちを捕えようと奔った。だが、ヒルデガルドの目の前で容易く光の縄は弾かれ、ばらばらに千切れて消滅する。身じろぎせず、魔力の壁が阻んだ。
「ほう、やりますね。コボルトロードを討ったとは聞いていましたが」
「君でもできることが私にできないとでも思うか、ウルゼン」
初めて彼はわずかに目尻をヒクつかせた。
「口の減らない方ですねえ。たかがこの程度で勝った気でいるなど笑止千万。他の資料を駄目にしてしまうのは惜しいと思って加減しただけ……ですがわたくしの記憶と技術があれば復元も可能だ。その侮り、後悔させてあげましょう!」
今度は紅い輝きの魔法陣が現れた。熱を帯び、巨大な火球が放たれる。直撃すればただでは済まない威力だ。ヒルデガルドはそれでもぴくりともしない。爆炎が周囲を包み、轟音と共に部屋が吹き飛んだ。なんの遠慮もない、殺意に満ちた一撃にウルゼンは笑っていた。ただの事故、相手が抵抗したからやるほかなかったとでも言えばいい、と。
だが、凄まじい風が吹き、炎は瞬く間に消え、振り払われた煙の中からまったく無傷のヒルデガルドたちが彼を前にして立っている。どうしたことか、周辺だけが焼け、まるで三人を避けたかのようだった。
「ばかな……! なぜ私の《ブレイズボール》を受けていない……!?」
「ふうむ。確かに威力は優秀だ、認めてやろう。しかし、」
伸ばした腕。広げた手。雷鳴のような轟音と共に奔った閃光を掴み、翡翠の宝玉がはまった大杖を片手に握って彼に向ける。
「君の魔法が私に届くことは永遠にない。──覚悟はいいか、三流」