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sideいるま
「いるま〜充電器かしてー」
「あー…多分その奥にあるわ」
ソファからスマホを片手に振り向いたなつが尋ねる。
パソコンから1度目を離して、あそこ、と言うように視線を送って手元の作業に目を戻す。
さんきゅーと言いながらスマホを充電器にさした様子のなつは、何故かこちらへ向かってきた。
かと思えば突然背後から抱きつかれる。
「…なに」
「え?俺も充電してる」
「はぁー?…やりにくいから離れろ」
「えぇー。とか言って喜んでんじゃないっすかいるまさん」
「…はぁ…もうちょいで終わるから待ってろ」
「…へーい」
呆れたような視線を送ると、少し拗ねたように口をとがらせたなつは素直にソファまで戻っていく。
肩にはまだなつの香水の香りが残っていた。
シャンプーの匂いかもしれない。
少し甘酸っぱい、柑橘系の香り。
数秒その匂いに包まれながら、残りの作業を終わらせた。まだずっと、後ろから抱きしめられているみたいだった。
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side暇72
「いるまあがったー」
まだ少し湿る髪の毛をタオルでばさばさ拭きながらリビングへ顔を出す。
先に風呂を済ませソファでスマホを見ていたいるまが、俺の声に反応してこちらをみた。
と、ぎょっとしたような顔になる。
「ちょ、おまえ、髪乾かせよ」
「めんどいじゃん」
「…こっちこい」
呆れたように肩を落としたいるまが、ここに座れと言うようにソファを叩く。
「ん…」
「あんま動くなよ」
その一言を境にドライヤーの音にかき消されて、いるまの声もテレビの音も外を走るバイクの騒音も聞こえなくなる。
する…っといるまの長い指が俺の髪の毛1本1本をとかしていく。
根元から毛先まで丁寧に温風を当てられたあと軽く冷風に吹かれて、今までの日常の音が戻ってくる。
「お前髪綺麗なんだからちゃんとケアしろよ」
「はーい」
乾かし終わって満足そうないるまに釘を刺され、おれはとりあえずの返事を返す。
自分でやるより、いるまに乾かしてもらう方が好きだ。
周りの音が全部無くなって、いるまと俺だけの時間になる。
面倒見のいい所、優しいところ、でもちゃんと注意する所、そのどれもが俺だけに向けられるあの時間。大好きな時間。
いるまには悪いが明日も乾かさずに出よ…と心の内で誓い、いるまにお礼を言ってから肩にかけていたタオルを洗濯へ出しに行った。
昔から、あまり他人に好かれてこなかった。
顔が女っぽいとか、男が好きらしいとか、女寝とってそうとか、全部向こうの妄想や偏見、先入観でしかない。
でも噂って凄くて
瞬く間にあちらにもこちらにも
気づけば居場所は無かった。
それは家でも一緒だった。
成績が悪いと怒鳴られ、家事をやっておかないと叩かれ、ゲームなんてさせてもらえない。
小学校の参観日に親が来たのなんて奇跡だ。
だけど、誰にも見られている気がしなかった。
先生にも、クラスメイトにも、親にも、俺の事なんて見えていないかのよう。
「貴方は顔がいいんだから。お金持ちの女の子と結婚するのよ」
「私達を養ってちょうだいね」
どいつもこいつも顔顔顔。
生憎面がいい両親の元に生まれてしまったからにはこの顔で生きていくしかない。
だけどこんな顔大事にしたいと思えなかった。
今まで表面で取り繕うために使われてきた顔なんて。
そんな俺をいるまは受け入れてくれた。
性格も考え方も声も身体も
……笑顔も。
笑顔が好きなんて言われたことがなかった。
その時、この人は本当に俺の事を1人の人間として見てくれていると分かって涙が溢れた。
そんな俺にも、呆れたように笑いながら頭を撫でてくれた。
少し自分を好きになれた瞬間でもあった。
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sideいるま
「いーるま、手出して」
日曜の昼下がり。
今日も今日とて家でのんびりしていた時、ソファで隣に座っていたなつがふいにこちらを向く。
改まってなんだ…?と不思議がるも、言われるがままなつの方へ体を向ける。
「…はい。
………自分でやっといて、なんか、照れるわ、」
気づけば、左手の薬指に指輪がはめられていた。
驚いて目を見開いていると、いたたまれなくなったのかなつが口を開く。
「っなんか言えよ」
「え…これ、え?」
未だ状況が把握出来ていない俺に、なつは頬を赤らめながらも自分の左手を見せる。
「お揃い、いいだろ」
その薬指には、俺と同じデザインの指輪が光っていた。
「…おい泣くなよ!?」
「え?」
気づけば、頬を涙が伝っていた。
嬉しい
嬉しい嬉しい。
「ずっと……大切にする」
「…笑。おう」
自分の薬指についた指輪を愛おしそうに見つめる俺を、なつは柔らかく笑って見ていた。
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♪~~~
風呂場からなつの歌声が聞こえる。
あいつ…毎回歌うな、これ。
彼にとって余程思い出深い曲なのだろうか、毎日必然的に俺も聞かされているので覚えてしまってきている。
だけど何故か嫌いじゃない。
なつが歌うからだろうか。
なつの歌声はすきだ。
儚いけど力強い。それでいて何か癖になるものがある。
俺は、自分の声があまり好きじゃなかった。
周りからも言われ続けていた事が、自信を無くすきっかけにもなったのかもしれない。
だけど、そんな俺をなつは肯定してくれた。
声だけじゃない。
歌も匂いも性格もも身体もクセも、全部好きだと真正面から言ってくれる。
そのおかげか、自分のことも少し好きになれた気がした。
「あがりましたー」
「おー」
珍しくなつが先に風呂に入っていたので、俺はスマホの画面を閉じ、風呂場へ向かおうとする。
その行く手をなつが拒んだ。
「なんだよ」
「今日はいるまの髪俺が乾かすから乾かしてくんなよ。いつものお礼」
「おーさんきゅー」
なつは満足そうにリビングへ向かっていった。
「なつーあがった」
「ほい、ここ来い」
なつがいつもの俺のようにソファをぽんぽんと叩く。
片手にはドライヤーが握られていて、準備万端のようだった。
「じゃ、お願いします」
「うぃー」
カチッと音がして、ドライヤーの音が耳を支配する。
乾かされてる側ってこんなに何も聞こえないんだな…と新たな発見に新鮮な気持ちになる。
周りの音が何も聞こえない空間は、なつと俺だけの時間のよう。
ここには俺たちしかいない
この世界に2人きり───────
ふと、自分の左手で光る指輪を見つめる。
なつの左手は俺の髪をぱらぱらっと払う。
たまに指輪の感触が頭部に感じられて少し痛い。
でも…音が聞こえない世界でも、2人繋がっているという事が認識できて嬉しかった。
「…るま、…おーい、いるま?」
「…っは、なに」
「乾かし終わったけど」
「あぁ…ありがと」
なつに名前を呼ばれてハッと我に返る。
あれ、今まで、どこに………
「いるま、大丈夫か?」
「…おう」
気づけば髪はサラサラになっていて、シャンプーの匂いが鼻をかすめる。
「俺のヘアオイルつけてよいるま」
そう言ってなつが取り出したのはあの柑橘系の香りがするヘアオイル。
「これ、朝起きたらサラサラんなってる」
そう言いながら数滴、自分の手のひらに出して俺の髪にわしゃっと馴染ませる。
途端なつの香りに包まれる。
ずっと、なつに抱きしめられているかのよう。
全てをなつに包み込まれたよう。
全てを支配されたよう───────。
「…なんか、お揃い増えてくな笑」
そう言って笑うなつの香りに、少し頭がくらくらした。
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1度、なつからの連絡がぱたりと途絶えた事があった。
なんでも、引越しをしていたらしい。色々ミスがあってずっと処理に追われていたそうだ。
数日、数週間、数ヶ月、なつがいない不思議か時間が流れて行った。
「引っ越してから連れてきてやるよ笑」
と悪戯そうに笑ったなつは、未だにどこに引っ越したのか教えてくれない。
だから、俺の家へ来る。
それもまあ日常茶飯事だから何も不思議に思わない。
「…いるま、それずっとつけてくれてたんだ、嬉し」
そういうなつの視線の先には、俺の左薬指がある。
「当たり前だろ。お前だと思ってつけてた」
「ふは!なんだそれ笑」
「…笑うなよ。そういうお前もじゃん」
眉を下げて笑うなつにすこし不貞腐れたように言い返す。
「俺も、お前だと思ってつけてたよ」
その優しい顔のまま、なつは自分の左手をかざした。
「お前とずっと居れたらな…」
「…いつでも待ってる」
「笑、ありがと」
そのなつの左手に自分の左手をからませてぎゅっと握る。
そうしないと、何故かどこかへ行ってしまう気がした。
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「お、いるまちゃん〜」
こちらに手を振りながら歩いてくるのはすち。
「よ」
俺も軽く手を振り返す。
その俺の隣にはなつもいる。
見ていたスマホから顔を上げると何も言わずにすちに手を振った。
これから3人で飲もう、という話になっている。飲み屋でも良かったが、せっかくなのですちの家で料理も振舞ってもらうことにした。
にしてもすちから誘うって珍しいな…なんて考えながら歩いていると、すちの家に着く。
「おじゃましまーす」
「どうぞ〜」
促されるままリビングへ向かい、なにか手伝おうとキッチンへ赴く。
なつは、そんなに大人数は要らないと察したのかリビングでスマホを見ていた。
「なんか手伝うことある?」
すちにそう尋ねると、
「えっとねぇ〜、………いるまちゃん、それ…」
左手の薬指にすちの視線が行く。
「あぁ、これ?なつとおそろ。かっこよくね?」
「…うん…」
歯切れの悪い応答に疑問を抱いて顔を上げると、その指輪を何故か寂しそうに見つめているすちがいた。
「?すち?」
「あ、ごめん。えっといるまちゃんにはね、」
着々と準備も進み、すちの料理もある程度完成したところで飲み会はスタートした。
他愛もない話が弾んでいく。
すちの天然ボケに俺が突っ込むと3人が笑う。
ふいにすちが真剣な目になって俺を見る。
「…いるまちゃん、香水変えた?」
「…いや、……あ、ヘアオイルかもしれん」
「ヘア、オイル……」
「1回なつにつけてもらってからずっと使ってるんだよな」
「……ひまちゃん……」
「あ、そういやこの前なつと撮った写真見て欲しくてさ笑、」
「…いるまちゃん!!」
「え……なに」
急に目の前のすちが大声を出した。
驚いて顔を上げる。
すちの目には……大粒の涙が溜まっていた。
「いるまちゃん、もう、目を覚ましてよ……
ひまちゃんはもう、
いないんだよ」
「は?」
何を言い出したんだこいつは。
目から涙を零すすちに、情報処理が追いつかない。
「何いってんだよ、なつは、ここに、」
いない
いない
いない?
「な、…つ?」
さっきまで隣にいた。
3人で1緒に笑っていた。
楽しそうに、あの柑橘系の香りを漂わせながら。
サラサラな髪を揺らしながら。
左手には光る指輪をつけながら──────
「なつ、…?なつ?なつなつなつなつなつ?…なつっ!なつ!!なつなつなつなつなつなつなつなつなつ!!」
「いるまちゃん!!
やめて、もうやめてよ……!!戻ってきてよ…」
正面からすちに抱きつかれた。涙が肩に落ちる。
掠れた声で、でも力強いその声に、暖かい体に、何故か自分自身も涙が零れていた。
「ひまちゃんは…もう居ないの…もう、いないんだよ……」
消え入るような声ですちが言う。
聞きたくない、
聞きたくないと耳を塞ごうとするにも、手が動かない。
左手の薬指の圧迫感だけが、俺を支配する。
「ひまちゃんは………あの日、」
やめろ
やめろ
嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ聞きたくない聞きたくない
そんなわけない。そんなわけが無い
「殺されたんだよ」
「…あ、……ぁ、あぁぁ”っ」
気持ち悪い
腹の中を
脳の中を何かがぐるぐる駆け巡る
自分の髪からだろうか、柑橘系の香りに頭がくらくらする
目の前が霞む
涙で?
わからない
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い
思い出してはいけない何かが、喉をつっかえる
出てくるな出てくるな出てくるな
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い
「いるまちゃん……いるまちゃん……!!」
抱きしめられたまま背中をさすられるすちの手の温もりだけで、どうにか意識を保っている。
「な……んで、」
「いるまちゃん」
「な、つは、」
「いるまちゃん…」
「もう、いない…?」
「…っいるまちゃん!!
大丈夫、大丈夫だから、俺の目を見て、落ち着いて」
すちの体が離れる。
赤い瞳がこちらを真っ直ぐに見つめる。
その澄んだ色がなつと重なって─────
「いるま!笑」
「…っ”あぁああ”っ!!!!」
そうだ
そうだ
なつはもう、いないんだ。
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sideすち
「いるまちゃん…いるまちゃん…!!」
目の前で子供のように泣きじゃくるいるまちゃんの背中を優しく撫でる。
ひまちゃんは、数ヶ月前、
引っ越し業者を装った男に
殺された。
なにが根拠がわからない。
ひまちゃんは何も悪くなかった。
こんなのってない。
なんで
なんで
数ヶ月ぶりにあったいるまちゃんは、…前見た時よりも随分痩せていた。
以前までサラサラだった髪の毛も、乾かしていないのだろうか?随分ぱさぱさしている気がする。
そして何よりも、
「なつーいくぞ」
いるまちゃんはいないはずのひまちゃんと会話をしていた。
いないはず、というかいるわけが無い。
もちろん、彼の隣を見ても誰もいないし、ここに居るのは2人だけ。
でも彼は確かに誰かと会話している。
知っていた。
いるまちゃんが依存体質なこと。
ここまでとは想像していなかった。
彼は、
いるまちゃんは、
ひまちゃんに、ひまちゃんと過ごした思い出、時間、匂い、全部に
縛られていた
「…すち」
ぼーっとした様子のいるまちゃんが俺の名前を呼ぶ。
慰め方はわからない。
でも狂気から解放できたことにひとまず安心する。
「………いるまちゃん」
「俺、……どう、したら」
「大丈夫。大丈夫だよ。いるまちゃんはひとりじゃないから。それにさ、ひまちゃんもきっと、見守ってるよ」
彼のつけているリングに目をおとす。
以前ひまちゃんに会った時、彼の薬指にもついていたことを思い出す。
嬉しそうに見せてくれた。
『これ、実は裏に名前入ってんだよね、おれといるまの笑』
愛おしそうに見つめていた。
『いるまには内緒な。いつか、俺から言う』
覚悟を決めたような瞳だった。
彼の口からいるまちゃんにその言葉は伝わることはなく、そのまま帰らぬ人となった。
いるまちゃんは、ひまちゃんが亡くなったことを信じきれていないようだった。
だからずっと縛られて生きていた。
きっと、ご飯もお風呂も寝るのも買い物も、彼が隣に見えていたのだろう。
なつは生きてる、なつはここにいる、そう言い聞かせて。
「辛かったね……いるまちゃん…」
「…っすち……っ」
もう一度抱きしめると、今度は彼の両手が俺の背中に回った。
この呪いから、いつか彼を解放してあげたかった。
愛という呪いから───────
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「なつ…」
未だに、なつが隣にいるような気がする。
なつの香りがするような気がする。
そんなことはなくて。
全部俺の想像で。
幻覚で。妄想で。
薬指の指輪を撫でる。
どこかにいるなつと繋がっている。
そう思って耐えてきた。
でももう無理だった。
あの柔らかい笑顔が
優しい声が
澄んだ瞳が
綺麗な歌声が
あの柑橘の匂いが
隣にないとダメだった。
「なつーあがったー……」
風呂上がり、ドライヤーを持ってリビングに声をかけてみる。
でも返事が返ってくることはなくて。
俺は1人でソファへ向かう。
片手にはなつの使っていたヘアオイルがある。
要項をみたら、飲み込むと人間には危険な毒が使われていることを知った。
温もりのないソファに腰を下ろす。
ヘアオイルの蓋を開ける。
思い切り口の中に流し込んで飲み込む
ベトベトしていて飲み込みずらい
そこをなんとか喉を通らせる
体になつの香りが充満していく
大好きな
大好きなあの
なつの香りに包まれながら
朦朧とする意識の中、指輪を強く握りしめた
『いるま〜髪〜』
『はいはい』
『いるまこれ気に入った?』
『…なつの匂いだから好き』
『んだよそれ笑』
『なつ!』
『ちょ、いるままって!』
『せっかく来てんだから早く!』
『そんなにはしゃぐいるま久々に見た笑』
『いるまねむい〜』
『赤ちゃんやん……』
『いるまの作るオムライスうまい…』
『うれし』
『朝昼晩食える』
『嘘つけよ!笑』
『お揃い、増えてくな笑』
『なつとならなんでもいい』
『なんだよそれ笑』
『リングも、匂いも、…汚いところも全部、なつとお揃いにしたい…』
『そこまで行くと怖くねぇ?笑 夢に出てきそ』
『お前とずっと、居れたらな…』
『……いつでも待ってる』
『笑、』
『いーるま!』
『いるま!』
『いるまぁ……』
『いるまっ』
『いるまー?』
「いるま、俺今幸せ」
「…そんな結婚したみたいなこと言うなよ笑」
「ほぼプロポーズ」
「いや独特すぎだろ」
「…ふはっ」
「…ふっ」
「俺も、今しあわ██████�����
『これからも』
「いるま!笑」
『ずぅっと』
「なつ!笑」
いっしょ!
コメント
3件
💬 失礼 します . 主様 の 書き方 好き すぎますっ ✨ ノベル をこんなに 上手に 書ける なんて 凄すぎ です .ᐟ .ᐟ フォロー 失礼 します . これからも 頑張って ください .
どうしても物語に没入して欲しくて死ネタって書きませんでしたすみません!😭