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「俺に何か用?雇い主っ」
なんか、すっごい。初めに抱いた感想はそれだった。尻尾はバタバタと忙しなく右に左に跳ね回って、かわいい三角のお耳はピンと立っている。太刀らしくシャープな線を描く頬はほんのりと上気していて。ぺかぺかと眩しい笑みでこちらを見つめ返す八丁念仏に、私から話しかけたというの圧倒されていた。
否、耳と尻尾はただの幻覚である。眼の前にいる彼は、成人男性の体を持って顕現された普通の刀剣男士だ。声が震えないよう気をつけながら、そっと用件を切り出す。
「えっとね、万屋に行くんだけど護衛に着いて来てくれないかな」
「全然構わないけど、俺でいいの?今日の近侍は鶯の兄さんだよね」
「鶯丸には今別の用事を頼んでいるから、手が空いている子にお願いしたくて」
真っ赤な嘘だ。鶯丸は今頃、執務室で相談料かつ口止め料として渡した月兎屋の抹茶羊羹(税込3950円)を茶菓子にお茶を飲んでいることだろう。
数時間前のことである。捌き終えた書類の誤字脱字を確認しながら、八丁念仏に惚れたかもしれない、と突然切り出した私を鶯丸は微かに目を丸くしつつ見返した。机の上にいくつかタワーを作りあげている書類は、見直すだけでも一苦労だ。
「急にどうしたんだ」
「鶯丸って八丁くんの同派でしょ?好みとか、いい情報知ってないかなって。それに大包平よりも隠し事に向いてそうだし」
私はあまりにも赤裸々にぶちまけてしまった。一応弁解をしておくと、年度の替わり目でただでさえ忙しい時期に近所の本丸で起こった襲撃の救援や、ある刀が起こした事故の尻拭いが重なり疲れ切って口が緩くなっていたのである。
これが軍事に関することなら流石に意地でも洩らさないが、まあ自分の恋路の話なので。別にいいやと約3徹目の脳が判断を下してしまった。矮小な人間の脳なぞ、所詮この程度である。けっ。
「ふむ。主は、八丁念仏のどこを好きになったんだ?勿論いいやつではあるが、100振り以上の名刀がここには揃っているだろう」
面白そうに口角を少しだけ上げて、問うてくる。どうやら鶯丸はこの戯れに付き合ってくれるようだ。
好きなところかあ。口の中で疑問を転がしつつ考える。いくつか思いつくが、恋心を抱く決め手になるかと言われると困ってしまう。うちの子はみんないい子で、こんな私を慕ってくれているのが信じられないほど見目も中身も素晴らしいもの。
そもそも、まだ自分が本当に八丁くんに惚れているかも断定しづらいのだ。いや、そんな状態で相手の家族へと相談している事自体がおかしいのだが。まあ、疲れているからしょうがないね、と舌を出す。雑にかわいこぶって誤魔化しても、刀達はしょうがないなあと乗ってくれる。審神者たちが刀達を可愛がっているように、あちらも主達を猫可愛がりしているのだ。猫と和解せよ、にゃんにゃん。
「あ、」
好きなところでは、ないけれど。きっかけのようなものは思い出した。
「ん?」
鶯丸はからかうような笑顔を浮かべ、私が喋るのを促す。
返答としては成り立たないけど、まあいっかと一人で納得してそっと言葉を舌に乗せた。