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天幕から天幕へと行ったり来たりしている間に陽が落ちて、外はすっかり暗くなっていた。
レナードが出て行ってから、しばらくはラズールが何か言いたそうに、僕の方を気にかけていた。僕が王の座を降りると言ったことについて、詳しく問い詰めたいに違いない。でも怒られたから、聞いてもいいのか迷っているのだろう。いつも堂々としているのに、僕の前でだけ、そのような態度を見せる。僕がラズールを大切な家族と思っているように、ラズールも僕を大切な家族と思ってくれているからだ。いや…それ以上の気持ちを寄せてくれているのだったな…。ラズールには、やはり僕からきちんと説明をしよう。
僕は逸らせていた目をラズールに合わせる。
ラズールの頬がピクリと揺れて、呼ばなくても僕の前に来た。
「話があるんだ。最後まで聞いてくれる?」
「はい。あまりよい話ではないようですが」
「そんなこと言わないで。ラズールの意見も聞くけど、もう決めたことだから…ごめん」
「…謝らないでください。それに、あなたが一度決めたら譲らないことを、俺はよく知っています。でも…文句は言わせていただきますよ」
「ふふっ、いいよ…」
まだ何も話していないのに、泣きそうになってきた。
そんな僕に気づいて、ラズールが右手を伸ばし僕の頬に触れる。
「落ち着いて、最後まで話してください。ゆっくりで大丈夫ですよ」
「うん…」
僕は椅子から立ち上がると、ラズールの胸に額をつけた。顔を見ると泣いてしまうからだ。
ラズールは、いつものように僕を優しく抱いて、髪を撫でてくれる。
僕は小さく息を吐き出すと、ようやく話し始める。
「ねぇラズール、僕の身体の痣に、赤い痣が出てたの、見た?」
「え?出てましたか?背中にはありませんでしたが」
そうか、背中にはまだ出ていないのか。背中にまで出てしまった時が、最期ってことなのかな。
僕は「めくって見て」と左腕を上げる。
ラズールが、器用に右手だけでボタンを外して袖をめくり、驚きの声を出した。
「これはどういうことですかっ?」
「胸から腰にかけての蔦の先に、赤い痣が出てる。でも背中にはなかったんだね?」
「はい…着替えの時に目に入りましたが、このような赤い痣はありませんでした。これは、何か意味が」
「あるよ。僕がもうすぐ死ぬってこと」
「は?バカなことを!冗談はやめてください!」
怒鳴りながら、ラズールが僕の左腕を強く掴む。そして右手で僕の背中を強く抱き寄せる。
左腕はギリギリと痛いし、強く抱き寄せられて息は苦しいし、僕は離せと叫びたかったけど、ラズールの胸の痛みの音が聞こえるようで、何も言えなかった。
少ししてラズールが僕の左腕から手を離した。でも抱きしめる腕の力は緩めてくれない。
僕はくぐもった声で「苦しいよ…」と文句を言う。
「すいません、力の加減ができません。フィル様はその痣が現れたから、王の座を譲ると言い出したのですか?」
「そうだよ。僕は心のどこかで、呪いなんてただの噂かもしれないと思ってた。でも僕にかけられた呪いは、本物だった。僕が王になったから、バイロン国が攻めてきた。王になったから、もうすぐ死ぬんだ」
「でもっ、あなたがなりたくてなったんじゃない!フェリ様が亡くなられて、仕方がなかった!それに…男が女のフリをして王になった例があると大宰相から聞いてますっ」
「ああ」
僕は小さく首を振る。
母上の部屋の引き出しの底に隠されていた本を読んで、わかったんだ。初代女王から今日までの三百年余り、王になった男はいない。女のフリをして王になった男もいない。僕を姉上の代わりに王にするための、ウソだったんだ。
ラズールの胸から顔を上げて、ラズールの目を見ながら、そのことを告げる。
いつも表情の乏しい端正な顔が、みるみる険しくなり「うそだっ」と叫ぶ。
僕はラズールが泣いてるように見えて、思わず手を伸ばした。だけどその手を掴まれた。
「痛い…緩めてよ」
「では呪いは本当に?」
「だからそう言ってるだろ?おまえは聡いんだから理解してよ」
「…そのようなこと、理解したくありません」
「してよ。だからね、死ぬ前に王の座をネロに譲りたいと思ってる。僕と同じ銀髪のネロも、イヴァルの正当な王族だから。それにネロには呪いがかけられていないから」
「どうしてわかるのですか?それに譲った後は…どうされるおつもりですか」
「リアムに会いに行くよ。死ぬ前にリアムに会いたい。僕の気持ちを伝えたい。リアムの腕の中で死にたい」
「嫌です。行かせたくありません」
「うん、そう言うだろうと思った。…ラズール、おまえが望むようにはできないけど、どうしたいか話してみて」
「俺はっ…」
ラズールが、掴んでいた僕の手にキスをする。そして頬に当てながら目を閉じる。
「俺の傍にいてほしい。あなたが本当に呪いで死ぬというのなら、俺の腕の中で眠ってほしい。俺はあなたを送った後、すぐに追いかけます」
「僕を追って死ぬの?」
「ええ。俺の生きる目的が無くなりますから。あなたがいない世界で生きてはいかれません」
「ありがとう…ラズール」
僕の声に、ラズールが目を開ける。
僕はラズールに微笑んだ。
「でもダメだよ。おまえは死んではダメ。これは命令だよ」