「お前らの攻撃は読めてんだよ。諦めて、俺に殺されろって」
「アルベドはそんなこと言わない。アンタは、騙されてる。洗脳されてるの!」
「洗脳なんてされてねえよ。なら、お前が偽物だろ」
「にせ、もの?」
「エトワール、集中切らしちゃダメだよ。口車に乗らないで」
分かってる。と、ラヴァインの声に応えつつ、私はアルベドの攻撃を光の盾で受け止める。先ほどの攻撃を教訓に、三重もの障壁を作り、彼の攻撃防いだ。それでも、何枚もの光の盾はわられ、その隙を突いて横に飛んで回避するという形しか取れなかった。馬鹿力というか、光と闇の魔法の反発を上手く利用できているなと、さすがはアルベドだと思った。これじゃあ、拉致があかないと。
(声は届かないし、私のこと偽物って言うし……)
となると、やはり彼の後ろにいるのはエトワールなのではないかと。その信憑性が確実なものになってきた。ラジエルダ王国で目撃された女性はエトワールで間違いないだろう。でも、何でエトワールがいるのか。平行世界があると考えて、普通だったら、その他の世界にはいけないはずだし、時空を飛び越えてくるなんて出来ないだろう。魂だけならまだしも、身体ごと時空を飛び越えること何て出来るのか。思えば何でもアリナ世界だが、それでも違和感を覚える。
でも、兎に角私じゃないエトワールが、アルベドを唆して洗脳したと言うことで間違いないだろう。
そして、ラヴァインの言うことが正しいのであれば、そのもう一人のエトワールに力を貸している毒使いの魔道士がいると。けれど、彼らの目的は全く想像がつかなかった。
(ヘウンデウン教は、もう、混沌を復活させるとかは出来ないだろうし。世界滅亡を狙っているって言うんだったら、他の方法で?でも……)
エトワールは闇落ちして、混沌に乗っ取られたから、世界を滅ぼすほどの力を得ることが出来た。けれど、現在混沌は眠りについていて、和解も出来て、だからこそ、エトワールが混沌に乗っ取られて暴走という可能性はゼロに等しい。だからこそ、意味が分からないのだ。
エトワールがもう一人存在すること、ヘウンデウン教が動いていること。
何かあるのだろうか。エトワールに何か力が……
「おいおい、戦闘中に他事か?俺に集中しろよッ」
「ッ……」
慌てて作った光の盾は簡単に破壊され、私は先ほどのラヴァインのように木に打ち付けられる。カハッと口から、唾液が零れ、軋む背中を押さえながら、ヨロヨロと立ち上がる。その隙を彼が逃すはずもなく、長い脚で私の顔面を狙ってきた。
肉弾戦にも強いの忘れてた、と私はどう避けるか考えたが、それを防いだのはラヴァインだった。
「ほんと危なっかしい。他事とかやめてよ。勝つ気あるの?」
「勝つ気って……そりゃ、アルベドの事取り戻したいし」
「じゃあ、ほんと集中してよね。エトワールって、こういうのは慣れてないんでしょ?肉弾戦って言うの?魔法って便利だから、遠距離型のイメージだし」
と、ラヴァインは良いながら、アルベドに拳を打ち付ける。アルベドは、それを腕でガードすると、後ろへ飛ぶ。身のこなしが、矢っ張り違う。素人の私じゃ、真似できない。
いくら、エトワールの身体が丈夫というか、魔力に溢れていても、それを操るのは私だし、私の意識と、エトワールの身体が良い具合に合わさらないから、本来の力を出せないのかも知れない。若しくは、私がエトワールに憑依したせいで、運動音痴が発揮されているのかも。
どちらでも良いが、ラヴァインが味方をしてくれて、こうやって守ってくれるのはありがたかった。勿論、守られてばかりではいられないので、こちらも魔法攻撃を仕掛けなければならない。肉弾戦に持ち込まれればまあ、勝てない。だから、援護にまわろうと思ったのだ。
(けど、当てられない!)
意識が二つあるのかってぐらい、アルベドは私の攻撃もラヴァインの攻撃も見事に避けていた。経験の差はここにも出てくるのだと。こんなの経験なんてしたくもないんだけど。
「ねえ、兄さん。少しお話ししようよ」
「お前と話す事なんてねえよ。さっさと、エトワールをさしだしゃ、お前は見逃してやるって言うのに」
「お?優しいね。でも、俺にも引けないものがあるんだよ。エトワールと約束もしちゃったし。何よりも、兄さんと戦っていれば、思い出すか持って思って」
と、ラヴァインは自分が記憶喪失なのだと、アルベドに伝えた。アルベドは一瞬目を丸くしたが、またあの濁った瞳でラヴァインを見ると大きく舌打ちをする。何が彼のしゃくに障ったのだとか何が、彼を一瞬でも動かしたのかとか分からなかったが、ラヴァインは戦いながら、アルベドに話し掛ける方法をとった。
「俺気づいたら、浜に打ち上げられててさあ、それで、目を覚ましたら記憶が無いわけ。そこで、エトワールと出会って、今は二人で暮らしてるって感じ。羨ましい?」
いや、半分本当で半分嘘だろ、と突っ込みたくなったが、私は傍観し、その間に浄化魔法をと準備を進めていた。ラヴァインがアルベドの気を引いてくれている間、私は時間がかかる魔法の準備をと彼らの話を聞きながら、傍らで魔力を集める。アルベドはそれに気づいているだろうが、ラヴァインが気を逸らさせてくれないため、彼につきっきりにならないといけなかった。ラヴァインも先ほどまでと違って、何処か余裕が見えた。それは、自分の言葉にアルベドが耳を傾けたからかも知れない。だが、ラヴァインも思い出している途中といっていたため、まだ完全に思い出したわけではない。だからこそ、最後のピースが欲しいのだと、そういうことだろう。
(最後に、アルベドとラヴァインはこんな風に戦ってたし……)
混沌との最終決戦を思い出しながら、彼らを雨の中置いてきてしまったことを後悔しつつ、彼らが最後どうだったのか想像を膨らませた。それはもう、兄弟げんかの域を超えている殺し合いだった。私が割って入ってどうにか出来る次元じゃなかったし、はいったらきっと流れ弾で死んでいただろうと思う。まあ、あの時は、アルベドに私の作戦を伝えていたから、わざと私は誘拐されたフリをしたけれど。
「ねえ、兄さんは何も覚えてないの?災厄が終わった前夜のこと。俺は、それまでの記憶もぜーんぶ忘れちゃってるからあれだけどさ。アンタは覚えてるだろ?」
「覚えてねえよ。お前が俺の弟だって言う、ただそれだけを覚えているだけだ」
「何だ、じゃあ、兄さんも記憶喪失って奴?」
そう、ラヴァインが尋ねると、アルベドはすぐに「違う」と否定した。
「俺は、記憶喪失なんかじゃねえよ。ずっと、エトワールといた。彼奴のために尽くしてきたんだ」
「妄想凄すぎ。エトワールはここにいるし、つか、エトワールは他の奴のもんだし」
俺達は、負けたんだよ。と、何処か悲しそうに言うラヴァインを私は慰めること何てしなかった。だって、事実だし。彼らがどれだけ哀しんでいても、私の好きな人が変わるわけじゃなかった。だから。
「まあ、まあ。でもまだチャンスはあるかもだから。頑張っていこうよ。そんな、兄さんの都合の良いエトワールじゃなくってさ。今ここにいる本物のエトワールのこと、俺達で落とせば良いじゃん」
いや、私はものじゃない。
と、どれだけツッコミを入れればいいのかと思うぐらい、ラヴァインは次から次へと言葉を吐く。でも、そのどれもがぴんときていないのか、アルベドの中には揺らがないものがあるみたいで、眉を動かすばかりだった。
しかし、本物のエトワール、という単語に反応してちらりと私の方を見た。視線が合うと、心臓が飛び出そうになる。もしかして、思い出してくれた? と一瞬期待してしまうが、彼の目が冷たいことに気づいて一人で肩を落とす。
本当にどうしてしまったのかと。
「エトワールは、違う。そこにいるのは、偽物だ」
「いい加減にしなよ。兄さん。ここにいるのが、本物でしょうが!」
ラヴァインはそう言いながら、蹴りを食らわせると、少しアルベドの身体が傾いた。頭を抑えて、よろめき、アルベドは、苦しみに顔を歪ませた。洗脳の効き目が弱ったのかと、やるならいまだと、私は一気に魔力を集める。
(大丈夫、成功する……はず)
浄化魔法なんて、久しぶりに使うものだから、力量を間違えてぶっ倒れないかっていう心配もあった。でも、未来のことを心配するよりも、今を大事にしたい。そんな一心で、私はアルベドに向かって魔法をぶっぱなつ。白い光の球がアルベドを包み、彼はその光の中で悶えた。闇魔法の使い手だし、反動とか反発とかすると思う。それに、洗脳を解くには、彼の中にはいったものを取り除かないといけない。今は苦しいかもだけど、元に戻るから。と、私は下唇を噛んで、浄化がすむまで見守った。
それでも、彼の中に根を張った洗脳魔法はしぶとくて、浄化が追いつかなかった。
「まだ、やれる。絶対に助けるから……ッ!」
私は、さらに魔力を集め、彼に流そうとした。だが、その瞬間、アルベドに向かって闇色の弾が剛速球でぶつかる。私の光を全部喰らって飲み込んで、闇色がそこに広がった。それは禍々しい、あの混沌に似たものだった。
「……は、嘘、どういう」
混沌はもう眠りについたはずだ。そして、混沌とは和解出来た、理解し合えた。だから、混沌は私じゃまをしないはずなのだ。そう思って、真っ暗闇の中目を開けば、再びローブを被らされたアルベドと、小柄な同じくローブを被った女性が現われた。
「誰?」
「困るのよ。彼は、使い勝手の良い手駒だから。ここで、正気に戻られちゃ」
その声は聞き覚えのあるもので、ズキンと頭が痛んだ。目の前の多分女性……その女性が生理的に受け入れられなくて、吐き気も込み上げてくる。いったいどういう状況かと思って霞む視界で必死に彼女を見る。
ローブから見えたのは銀髪。そして、目深に被られたローブの奥から、夕焼けが除く。
(……もしかして)
「じゃあね。今はまだ貴方を殺せないけど……ううん、殺さないであげるわ。精々苦しんで、それから、私の為に死んで」
「まっ……」
そう言って、女性は転移魔法を使って、アルベドと共に去って行く。手を伸ばしたが、そんなの届くはずもなくて、アルベドを奪われたショックと、女性の正体に気付いて、私はその場に倒れ込む。浄化魔法でかなり魔力を消費してしまったからだろう。指に力が入らなかった。
(そういえば、ラヴァインは?)
彼はどうしたのだろう、と私は視線だけを漂わせ、ラヴァインを探した。すると、さく、さく、と草を踏みしめて、私の目の前にラヴァインがやってくる。よかった、無事だった、そう思ったが、彼の様子が何か可笑しかったのだ。
「ラヴィ……?」
「エトワール、俺、全部思い出したよ」
その言葉は、立て続けの絶望に打ちひしがれていた私を、さらにどん底に堕とすような言葉だった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!