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翌日、元日の朝
目が覚めて、布団をめくり枕横のスマホを手に取る。
時刻は8時20分
もう少し寝ようかな、と思ったとき
今日、毎年の如く家族での初詣があることを思い出したのと同時に
沼塚と約束をしていることも思い出した。
瞬間、眠気が冷めてだるい体を起こし
ベッドから起き上がると、部屋を出て1階へと降りてリビングへと向かう。
新年のあいさつを家族にし、机を見ると母さんが毎年作ってくれるおせち料理が既に蓋を開けてずらりと並んでいて
天井に向かって大きく伸びをする僕を見て母さんが言った。
「新年早々眠そうね。9時40分にはもう車乗って初詣行くんだからシャキッとなさいな」
「わかってるって」
「ほら、晋の好きな栗きんとんとかお肉もあるから食べちゃいなさい」
俺は自分の席に座って手を合わせいただきますと言っておせち料理に箸を伸ばす。
そしてみんなでしばらく食べて、時計を見る。
9時ちょうど
父さんは「車で待ってるからな」と言って
足早に着替えを済まして出ていき
母さんは素早く洗顔と着替えを済ませてドレッサーの前で化粧をし始めた。
僕も歯磨きと洗顔を済まし、2階に戻って準備をする。
部屋着から外着に着替えて、ズボンは3次元的に美しい立体的なポケットが17個ついたデニムカーゴパンツ。
トップスにはチャコールグレーのケーブルニット
その上に黒に近いグレーの中綿ジャケットを羽織る。
午前から行っても十分に寒さを凌げそうな厚手のハイネックだ。
勉強机の橋に置いている
先端が細く尖った無地の黒い櫛を手に取って
スマホ片手に内カメで髪型を確認しながら髪をとかす。
前のクリスマスのときは手一杯で忘れてたけど
新年も始まったし、髪セットして行こうかな…
なんて年が明けて謎に気分が上がっているのか、そんなことを考えて一旦スマホを机に置く。
その机の引き出しから使い慣れない丸い缶を取り出すと、スマホの横に無造作に置いて蓋を開ける。指先ですくうと、量が多すぎたのか、手のひらに広げるとベタベタとして焦る。
しかしちんたらしている時間もないので、よく擦り合わせてから髪に馴染ませていくが
伸ばし方とかセットの仕方をまるで知らないので、ワックスの付いていない手の甲を使ってスマホをうまいことタップしてGoogleで検索する。
(「初詣 男子高生 髪型」っと…)
画面をタップすると、バブルマッシュだったり
トップに出てきた髪型をそれぞれタップして画像を見たり動画を見たりしてもとくにピンと来るのがなくて
再び検索欄をタップして
「メンズ ヘアスタイル 初心者」
「黒髪 ショート ワックス セット」
と検索しまくった。
そこで見つけたのが「シースルーセンターパート」
なんか、韓国の人がやってて、さりげなくおしゃれな感じがする。
いかつくもないし、僕がしても不自然ではなさそうだし今の僕にちょうどいいかも。
そう思い、再び内カメにしたスマホを机の上に立たせて、鏡の代わりにする。
シースルーセンターパートのお手本セット動画を見つけたので、それを再生して見よう見まねでセットしていく。
前髪の分け目を微調整してみたり、ワックスの量をほんの少し足してみたり。
何度も何度も見て、角度を変えて確認する。
(結構いい感じ…?)
まだ自信はないけど、昨日までのぺたんとした髪よりは、少しだけ垢抜けた気がしなくもない。
いや、する。
「よし…っ」
と1人呟き、鏡を見て最終確認をする。
うん。まぁこんなもんかな。
にしても…沼塚なら、こういうのもさっとやってのけるんだろうな……
なんて考えがふと頭をよぎる。
似合ってるとか、そういうこと言われたいわけじゃないけど、少しくらい見てもらいたい。
そんな気持ちが、胸の奥でじわじわとくすぶっていた。
最後にいつもの白いマスクをつけて、スマホの充電が十分あるのを確認すると
ズボンの右ポケットにしまう。
櫛とワックスを勉強机の引き出しにしまうと
下の階から母さんの
「晋!まだー?!もう9時48分くるから早く降りてきて!お父さん待ってるから!」
という声が聞こえて、慌てていつものショルダーバッグをカバン掛けから取って
「い、今行くからー!」と聞こえるように返事をして部屋の電気を消して階段をドタドタと降りる。
玄関に行くと母さんが既に扉を開けて立って待っていた。
「もう、30分もなにしてたのよ。」
「いや、ちょっと髪セットしてただけ…」
「なに、女の子でも来るの?」
「いや、違うけど」
「だったらそんな時間かけてないでちゃちゃっと出てきなさいよ、まったく…」
「そ、そういう気分だったんだって…」
「はいはい、ほら。さきにお母さん車乗ってるから早く靴履いて来るのよ?」
「うん」
そう言って母さんは鍵を渡すとそそくさと車へと向かい、僕もその後に続いて、家に鍵をかけて玄関の戸を閉めた。
車の前まで着くと
母さんは助手席に載っていたので、僕は空いている後部座席に座り、お待たせと呟いてシートベルトをした。
「よし、みんな乗ったな」
父さんがエンジンをかけて車を発進させた。
僕は早速スマホを取り出して神社に着くまでの暇つぶしに放置ゲーをプレイする。
すると、母さんが口を開く。
「あなた、これ何時まで?」
「車なら7時時には返しに行くぞ」
「でしょ?レンタカーじゃなくてもバスとか電車でも良かったでしょうに」
すると、父さんがバックミラー越しに僕の顔を見て口を開いた。
「今日は特に混むだろうし、だから車がいいだろうと思ってな。晋も沼塚くんと合流するなら、帰りに乗せて行ってもいいしな。札幌引っ越してきたんだろ?」
本当に母さんはいつの間に言ったんだ、と思ったが、1階で母さんに初詣のことを話していたとき
ちゃっかり父さんも聞いてたんだ、と驚きつつ
「うん、まあ…沼塚に聞いてみないと分かんないけど」
それから神社まで30分ほど車に揺られながらスマホのゲームで時間を潰した。
神社に着くと、既に大勢の人が初詣に訪れていた。
駐車場にはもうたくさんの車が止まっていて、空いているところを探すのに少し苦労した。
やっとのことで父さんが車を停めてエンジンを切ると、 シートベルトを外して車から降りる二人に続くように車から降りて
スマホをズボンの右ポケットにしまうと、三人で神社の入り口に向かって歩き始めた。
午前十時、神社の境内に着くと、すでに多くの参拝客で賑わっていた。
澄み切った冬の空気
ぴんと張り詰めた寒さが肌を刺す。
それでも、新しい年の始まりを祝うかのように
空はどこまでも晴れ渡っていた。
僕はあとで沼塚と合流してから参拝をするということで、母と父が賽銭を投げ入れ
それぞれの願いを込めて静かに手を合わせるのを後ろで見守り
暫くぶらぶらと歩いて他愛ない会話をしていると
境内に響く鈴の音や、焚き火の煙の匂いが新年の特別な雰囲気を優しく包み込んでいて
確かに新しい年が始まったのだという実感が湧き上がってくる。
家族で初詣の醍醐味をほぼ済ませると
もう時刻は12時50分で、ちょうど沼塚との約束の10分前だった。
僕は沼塚にインスタで今どこにいるか聞いてみると、すぐに既読が着いて
「今、ついたとこ。神社の入り口で待ってるよ」
という返事が返ってきたので、僕は家族にそのことを伝えると
母さんが、お父さんとお母さんは先に帰ってるからね、と言って父さんと一緒に車の方へと向かっていった。
僕は、沼塚とのやり取りを終えてからスマホの画面を暗転させ、再びズボンのポケットにしまう。
そして駆け足で沼塚が居るという入り口に向かっていくと、鳥居の下で沼塚が待っていた。
僕が走って近づくと、気づいたのかこちらに振り向いて手を振ってきた。
軽く手を振ると、僕が声をかけるより先に沼塚が口を開いた
「奥村、久々だね。あけましておめでとう」
「うん、おひさ…今年もよろしく」
そっけなく答えてしまったけど、内心沼塚に会えて浮かれているのが事実。
すると、そんな僕の顔を見てクスッと笑う
「っていってもゲーム一緒にやってたし、そんな会ってない気しないかも笑」
その爽やかな笑みに、僕は少し見惚れながら答える 僕の顔を見上げて話す沼塚にドキッとしながらも、なんとか言葉を返す。
「か、かも」
そんな会話を交わすと、早速参拝に行こうかということになり、神社の本殿の方へと向かう。
「奥村はなにお願いするの?」
「え?あー……特に決めてないけど、強いて言うなら……ゲームで新しい武器が手に入りますように」
「えー笑なんか俗物的じゃん笑」
「い、いいじゃん別に。そういうのは人それぞれだし……」
そんな会話をして、本殿の賽銭箱の前につくと
お賽銭を入れて二礼二拍手一礼をする沼塚に続いて僕も同じ動作をする。
参拝を終えて、お守りとか買う?って話しなって
断る理由もないしたまにそういうのを見てみるのも元日の醍醐味であろう、と思い
「んー、どれにしよっかなー」
と言いながら金運成就、学力向上、恋愛成就のお守りと睨めっこする沼塚に
「欲張りすぎ」と突っ込んで
「てか恋愛成就いる?もう付き合ってるのに」
ついそんなことを零すと
「いや、もっと奥村と青春したいじゃん?」
「…っ、ほんとばか正直だよね」
「奥村は何にするの?」
「え…やっぱ金運でしょ」
「ははっ、言うと思った」
「あと、一応恋愛成就も…」
「…奥村こそ素直じゃないね」
「なっ……!」
その後
それぞれお守りを購入し、その後に主役と言っても過言では無い御籤を引く。
「にしてもおみくじって、なんかドキドキするよね」
「あーわかる。大吉とか出ると嬉しいし、凶とかだとちょっと凹むし」
そんな会話を交えながら御籤箱から紙切れを一枚取り出す。
神様からのお告げ。
果たしてどんな言葉が書かれているのか。
「俺は……中吉か」
「なんか微妙だね」
「奥村は何だった?」
「えっと……」
沼塚の結果が良すぎて少し肩身が狭い気持ちになりながらも御籤紙を見つめる。
そこに書かれていた文字は……
「……凶」
「ありゃ…その、なんて書いてんの?」
「ろくなの書かれてないと思うけど……なになに?…恋愛が…悪化したり、トラブルが生じたりする可能性があります。とか、健康面は…体調を崩しやすい時期です、だって」
そう言うと、あからさまに反応に困ったように苦笑いする沼塚
「ま、まあなんかいいことあるって!来月には新作のゲームも発売されるし」
「慰めになってないっての…!」
そうは言いつつも、沼塚に言われると本当にそう思えてくる。
結果よりもこの瞬間の方が大事なのかもしれない。
その後僕らは御籤を結び付けた。
「そうは言ってもおみくじってなんだかんだ言っても結果が大事じゃん」
「まぁ確かに?でも俺は奥村と一緒に引けたことが一番嬉しいかな」
「そ、それは……っ」
その言葉にドキッとする。
沼塚はいつもストレートに感情を伝えてくる。
それが少し恥ずかしいけど、嫌いじゃない。
神社を出てから近くのファミレスで軽くお昼ご飯を済ませた後、僕らは駅に向かった。
「はー、楽しかった。あっという間だったな…」
「うん、ていうか凶だったのが心残りかも、なんか」
「うん。でもまだ始まったばかりだし、これからたくさん楽しいことあるでしょ」
「うん、住みも近くなったし…今年は色んなとこ出かけよ、奥村」
沼塚の言葉に頷きながら駅のホームへと向かう。
電車に乗るとすぐに眠気が襲ってきた。
隣の沼塚も眠そうに目を擦っている。
「疲れたね」
「うん……でも楽しかった」
「俺も。来年もこうして新年を祝えたらいいな」
「うん…」
電車が揺れながら進んでいく。
窓の外には北海道の冬景色が広がっている。
この景色も、沼塚と一緒に見るだけで特別なものになる。
これからもずっと隣にいてくれたらいいのに……なんて。
そんなことを思いながら電車に揺られていると、たくさん歩いたせいか眠気に襲われて、ガクンと沼塚の肩に寄りかかってしまい。
「あ、ごめ」と言って離れようとすると
沼塚は僕の手首を掴んで僕の頭を引き寄せた。
「寝てて、いいよ。着いたら起こすから」
「そ、そう…じゃあ…」
その温かい言葉に安心して瞼を閉じるが、沼塚の体温にドキドキして仕方なく、眠れそうになかった。
「奥村、頬冷たいね」
と言ってマスクの隙間から頬に触れてきて、寝るどころじゃない。
「……寝れないっての」
「ははっ、ごめん」
電車の窓から見える風景がどんどん変わっていく。
寝れずに、沼塚の肩に寄っかかったまま
その景色を見ながら沼塚と話していると
あっという間に時間は過ぎていった。
それから数日後────…
僕は沼塚の家に遊びに来ていた
初めてのことだった。
これが初めて彼氏の家に来た彼女の心境というものなのだろうか。
部屋に入る前は多少の緊張があったが、中に足を踏み入れると
そこには相変わらずゲーム機や漫画が散乱しており、すぐに友人の家に来たという感覚に切り替わった。
身構えすぎたか…と、僕は内心で呟き
一息つく。
沼塚が「適当に座っててよ」と言って部屋を出ていったので、僕は本当に適当にベッドに腰かけ
周囲を見渡した。
ベッドはごく普通の青いシングルベッドだ。
枕元には漫画が積み重ねられ、壁にはアーティストのポスターが貼られている。
ベッドの足元にはテレビとゲーム機が置かれ、床にはゲームソフトが散らばっている。
案外普通の部屋だな……と、僕は思いながらベッドの上に座って漫画に目をやっていた。
そこへ、コップに入れたコーラを二つ持った沼塚が戻ってくる。
それを受け取った僕は、「ありがと」と言って一口飲んだ。
「はあ、暑い日はコーラに限る…っ」
「ね、奥村アイス食べる? 冷蔵庫あるけど」
「え、食べる」
沼塚は冷蔵庫からアイスを持ってくると、「好きなの食べていいよ」と差し出した。
僕はアイスを一つ選び、袋を開ける。
アイスはバニラ、チョコ、ストロベリーの三種類。
どれも美味しそうだったが、僕はバニラを選んだ。
部屋に戻った沼塚がベッドの近くに腰を下ろすと、僕も自然とその隣に座り
アイスを食べ始めた。
マスクの下の方を指でつまみ空間を作り、そこからバニラアイスを口に運び舐める。
一口含むと、口内に冷たさとバニラのまろやかさが広がり、熱った身体を冷やしてくれた。
そうしてアイスを食べ終えると、沼塚が話を切り出した。
「ねえ奥村」
「ん?」
「奥村ってさ、俺のどんなとこが好きなの?」
突然の質問に、思わず喉がつまりそうになる。
「えっ、なに…急に」
沼塚の方を見る。沼塚は真剣な眼差しで僕を見つめていた。
「いや、今までの付き合いの中でさ。俺のどこが好きなんだろうなって思って」
沼塚の視線に気まずさを感じつつ、僕は考えを巡らせる。
「ええ……どこって言われても……」
僕がそう答えると
沼塚は少し不服そうな顔をして
「そこまで考えてなかった感じ?」
と聞いてきた。
「そんなんじゃ……ないけど」
僕は曖昧な言葉を返す。
すると「じゃあ教えてよ」と、沼塚が急かすように問いかけてきた。
その真っ直ぐな目に耐えきれなくなり、僕は目を逸らして答えた。
「えー……なんでそんなこと知りたいの」
「なんでって……奥村のこと知りたいから」
暑さのせいか、幼稚園児のような会話に僕の心臓が小さく跳ねた。
沼塚はいつもそうやって僕の心を揺さぶる。
どこが好きかなんて聞かれても、恐らく、好きになり、目で追うようになった決定的な瞬間は
『飯田に虐められていた僕を何度も助けてくれたとき』以外にはない。
優しい、面白い、顔がいい、といった部分は後から気づいた好きなところだ。
だが、それを馬鹿正直に理由として述べるのも気恥ずかしくて。
「……顔とか?」
一呼吸置いてから、そう答えた。
「それ以外は?」
「え、性格とか…」
「他には?」
「ええと……笑うと可愛いとか…友達思いなとことか、好きなとことか……たくさん、あるし…その…っ」
僕が言葉に詰まっていると、沼塚はニヤリと笑って言った。
「ふっ…もういいよ」
「え?」
「奥村が俺のこと大好きってわかったから」
沼塚は僕の顔を見て微笑むと、急にギュッと抱きしめてきた。
その言葉と体温に、顔が熱くなる。
耳まで真っ赤になっているのが分かった。
「ぬ、沼塚……!」
「なに?」
「ち、近いって……」
沼塚が顔を覗き込んでくる。
その距離に心臓が高鳴って仕方がなかった。
沼塚の吐息がかかり
息苦しさで胸がいっぱいになる。
「俺とハグするの嫌?」
今、その問いかけはずるいと思った。
そんな風に言われたら、どうしようもないではないか。
僕は無言で首を横に振った。
すると沼塚は満足そうに笑い、僕の頭を撫でた。
「ならいいじゃん」
その仕草に、再び心臓がドキリと跳ねる。
「そ、そういう問題じゃ……っ」
ふと沼塚に視線を向けると、すぐ目の前に整った顔があった。
驚いて瞬発的に顔を逸らしてしまう。
顔が熱い。きっとまた真っ赤になっているだろう。
「ねえ奥村、こっち向いて?」
「え、なんで」
沼塚に顔を向けることができず、僕はそっぽを向いたまま答える。
すると沼塚は僕の頬に手を添え、無理やり顔を合わせてきた。
「彼氏からのハグ待ちの男がここにいるんだけどなぁ」
真っ直ぐな眼差しにドキッとする。
その視線に耐え切れなくなり、僕は目を逸らして答えた。
「こっち、見ないでってば」
「なんで?」
「だって今、絶対変な顔してるから…」
「変じゃないよ。かわいい」
「そんなことない」
「そんなことあるよ。ほら」
そう言って沼塚は再び僕の頬を撫でる。
その手つきが優しく気持ちよくて、僕はされるがままになっていた。
「奥村、好きだよ」
「…そ、そういうの…いちいち言わなくていいから」
僕はやり場の無い手を沼塚の背中に回す。
すると沼塚は嬉しそうな顔をして笑った。
その笑顔に胸が締め付けられる。
「奥村ってそういうとこあるよね」
「どういうこと?」
「素直じゃないところ」
「……沼塚が素直すぎるんだよ」
「そうかな?」
「絶対そう、僕のこと好きすぎでしょ」
「うん。好きすぎて困ってるくらい」
「なにそれ……沼塚こそ、なんで僕のこと好きになったの…?」
僕がそう聞くと、沼塚は少し照れ臭そうに笑って答えた。
「えー……なんでって言われてもなぁ」
「なに……?」
「いや、好きになった理由か……ええと……」
沼塚は少し考えるような素振りを見せた後、言った。
「最初は、面白いって思ってたんだよ」
「おもしろい?」
「うん。マスクしてたのが気になった決め手?」
「ば、バカにしてない……?」
背中から手を離し、沼塚の言葉に少し不満そうな顔をして沼塚の顔を伺うと
「してないって、悪い意味じゃなくて。赤面症なとことか、素顔見たとき普通に可愛かったし」
と言った。
「か、可愛くないってば…!」
「ははっ…奥村、すぐ赤くなるの…面白いよね」
「やっぱからかってる……っ!!も、もう知らない…」
背中を向けてそっぽを向くと、沼塚が後ろから抱きついてくる。
「拗ねちゃって」
「拗ねてない、熱いし離して…っ」
「じゃあこっち向いて?」
僕は首を横に振る。すると沼塚は僕の肩に顎を乗せて言った。
「奥村ってツンデレだよね」
「ちがう……っ!」
「ははっ……ほんと面白いなあ」
沼塚の吐息が耳にかかり、くすぐったい。
「ねぇ奥村……」
「なに?」
「奥村ってさ……」
「うん」
「俺とキスすんのやだ?」
「えっ……?」
予想外の言葉に、僕は驚いて声を上げた。
「ま、前も言ったけど…僕だって、し、した……い、けど」
「けど?」
「マスク…外したら……っ、赤面したら…恥ずかしい」
「赤面してる奥村……好きな男がここにいるんだけど」
「ぜ、絶対無理…ぬ、沼塚だもん、あとからからかう気でしょ…」
「しないよ」
「信じられない……」
「じゃあ賭けてみる?」
「は……?」
沼塚の言葉に、僕は訳がわからず聞き返す。
「もし俺がからかったら、もう二度とキスしないっていう賭け」
「え……っ」
「どう? 嫌ならやめるけど」
「…………」
僕は少し考えた後、答えた。
「わ、わかった……」
僕がそう答えると、沼塚は嬉しそうに笑った。
「よし。じゃあマスク外して?」
「う……うん……っ」
僕は深呼吸して覚悟を決める。
そしてゆっくりとマスクを外すと、沼塚の顔を見つめた。
「……」
「どう?」
「ど、どうって……っ」
「恥ずかしい?」
「そりゃ恥ずかしいよ……っ!」
「じゃあキスしよ」
「ちょ……待って……っ」
僕は慌てて止めようとするが間に合わず、沼塚に唇を奪われた。
「んっ……!?」
それは一瞬のことだったが
沼塚の唇は柔らかく暖かくて
なんだか頭がクラクラするような感覚に陥った。
「……ぷはっ……」
唇が離れると、僕は大きく息を吸い込んだ。
「奥村、かわいい」
「う、うるさい……っ」
沼塚が優しく微笑むと、僕は恥ずかしくなって俯く。そんな僕に沼塚は言った。
「奥村、好き」
「……しらない」
「ほんとにかわいい」
「……っ」
「ねぇ奥村」
「……なに」
「俺は奥村がどんな姿でも好きだから安心して」
「え…」
「だからもっと自信持っていいよ」
「……っ」
その言葉に胸の奥がきゅっと締め付けられ、それと同時に身体が熱くなるのを感じた。
すると沼塚は僕の顔を見て言った。
「奥村ってほんと分かりやすいよね」
「だ、黙って…」
「気付いてない?…息子たってるけど」
そう言われ、自分の下半身を確認すると
ズボンの上からでも分かるくらいにそこに膨らみができていた。
「はっ?! こ、これは…し、自然に…」
「俺とキスしたから…? なんかえろい」
「……っ、そ、そんなガン見しないで」
「照れてるところもかわいい」
「…そんなドキドキさせても何も出ないから…っ」
「出ない? ナニが出ないって?」
「すぐ下ネタに直結させる…!」
「ははっ、でもさ、いずれはキス以上のことも俺はしたいからね?」
「キス、以上…?」
「そりゃ、セックスしかないじゃん」
「せ、せ……っ、で、でもどっちが」
「え? どっちって…?」
「い……っ、挿れられる、方…」
「そんなん俺が奥村に挿れたいけど」
「はっ?! ぼ、僕が…?!」
「どう見てもそうじゃない?」
「ぼ、僕が陰キャだからってそう言ってるんでしょ…! 掘られる側だって。」
「ほっ…あはははっ、そんな直接的な表現しなくてもいいじゃん」
「わ、笑うな! 絶対挿れられるのは沼塚だから…!」
「ええ〜……まあいいよ、その時決めれば。俺が絶対挿れるけどね?」
沼塚は笑いながらそう言うと、再び僕を抱き締めた。
「てか、さっきからなんでそんなくっつこうとするの…」
「そりゃ学校じゃ『手繋ぐのもダメ』って奥村に言われてるし? こういうときにたくさん触れときたい」
その言葉にドキッとして、ぶわっと顔に熱を持つのを感じていると
「今奥村、すっごい可愛い顔してる」なんて軽々と言ってきて、言葉に詰まった。
「っ……!」
「だめだ、奥村が可愛すぎて死にそう」
僕は赤い顔のまま俯くと、顎を持ち上げられ
「奥村からも、してよ」
「……わ、わかったから、目、瞑って…」
沼塚が目瞑ったのを確認し、そっと触れるだけのキスをする。
すると沼塚は嬉しそうに笑って言った。
「奥村、やばい…めっちゃ好き」
その言葉に胸がぎゅっと締め付けられる。
「僕の方が…好き、だし……っ」
僕がそう言うと
「あ、やっとデレた」
「違……っ!」
沼塚は満足そうに微笑み、再び唇を重ねてきた。