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story.2
石田からの”お姫様抱っこ”という発言に、あからさまに動揺してしまった。
これは本気でヤバイ事になった──
なぜなら、どれ程の醜態を晒してしまったのか?という最重要事項を一つも覚えていないからだ。
なんとか思い出そうとしても頭が痛くて思考が回らない。
でもこの状況だ。迷惑をかけてしまったに違いない。
「あの…本当にごめんっ!このお礼は近いうちにするから!」
「いや、気にしてないんで。まだ休んでてください。顔色ヤバイですよ。」
「うん、ごめん」
(正直、会話しているのも辛い…。自分の細胞全てが弱っている事がわかる)
「──実は頭が痛すぎて動けない…」
「ですよね。どう見ても無理って感じですよ。じゃあ、薬が効くまでは大人しく寝て下さい。」
「ベッド、占領してごめん。」
「いや、俺もちゃんと寝たんで大丈夫です。」
──!
(そうだ、さっきまで一緒に寝てたんだった…)
「それなら良かった!」
明るく振る舞うのもギリギリで、申し訳ない気持ちと羞恥心で不本意にも泣きそうになる自分がいる。
「無理しないで下さい。俺は別部屋にいますから。ゆっくりしてて良いですよ。」
そう言うと石田は部屋から出て行った。
感謝と申し訳なさを感じながら布団に潜ると、やっぱり良い匂いがした。
しばらく痛みと戦いながら心細くなっていると、少しずつ効いてきた薬の効果と二日酔いの疲れで、いつの間にかまた眠ってしまっていた。
◇
なんだかよく眠れてしまった…。
そして、案の定”自分のベッドではない”場所で目覚めた。
痛みもだいぶ落ち着いている。
あんなに頭痛に襲われたのは久しぶりだったから「このまま死んだらどうしよう…」なんて内心は不安でいっぱいだった。
少しスッキリとした気分で起き上がると、上半身が裸のままの自分を再認識してしまった…
(──あ、やっぱ夢じゃなかった。)
ここが石田のベッドだった事も同時に思い出した。
若干の現実逃避をしたまま、起き上がった時に出来たシーツのシワを見つめていると寝室のドアが開いた。
「おはようございます。体調はどうです?落ち着きましたか?」
「うん!おかげさまで!」
ドアが開いた瞬間から胸の前で布団をしっかり抱えている──みっともない自分が恥ずかしい。
気まずいけど、なんとか笑顔で返した。
「先輩の鞄は玄関にあります。あと、酒も。」
”酒”という言葉を聞いてゾッとした。
(──あぁ…酒、酒か…。これさえ呑まなきゃこんな事にならなかったのに。)
「石田、ごめん。あと、本当に助かった。ありがとな。で…俺の服は…?」
笑って誤魔化しながら石田に洋服の行方を聞いた。
「これです。」
手渡されたスーツからも良い匂いがしてくる。
(…洗濯済み?)
「何から、何まで申し訳ない。」
やり取りの後、着替えようとしたが視線を感じた。
「じゃあ、着替えようかな…えっと──」
ベッドまで借りて、渡された洋服からは良い匂いまでするのに”着替えを見られるのが恥ずかしい”から部屋から出て行って欲しいとは言えない。
言葉選びに迷ってしまい、石田の顔を見上げると視線が合った。
「また向こうの部屋で待ってるので、支度が出来たら来て下さい。」
それだけ言うと、石田はあっさり部屋から出て行った。
(石田には悪い事をしてしまったよな…。迷惑かけちゃったし、本当だったら怒ってもおかしくないのに優しいし……早く帰らないと。)
自分がどんな状態だったのか詳しく聞く勇気もない。
こんな気持ちのまま、これから誰もいない自宅へ帰らなくてはいけない事がより一層気持ちを沈ませた。
◇
寝室を出て隣の部屋へ入ると石田はソファに寝転がっていたが、俺が部屋に入って来た事に気付き、座り直した。
「ごめん!本当にお世話になりました!」
精一杯の誠意を込めて深々と頭を下げた。
(──勢いをつけ過ぎて回復途中の三半規管にダメージを受けた。)
「あの…。」
薬が効いた事で、これ以上ここにはいる必要はない。むしろもう逃げ出したい気持ちの方が大きくなっていた。また話しが始まってしまったら、何で酔っていたのか聞かれそうでまずい。
「いや、本当、なんかごめんな!マジで近々お礼するから、あと……色々助けてもらったのにこんなこと、言うのも申し訳ないんだけど、このことは会社では秘密にしといて!えーと、玄関こっちだっけ?なんか石田んち広いよな!」
「3LDKです。」
石田がどんな表情をしていたのか、見る余裕もないまま早口でまくし立ててしまった。
「いいなー、しかも綺麗だし、羨ましいよ!あ、荷物もありがとな。じゃあ、お邪魔しました!」
「…はい。」
バタン!!
◇
ラストスパートは完璧だった…はず。有無も言わさずにこちらの要望だけを相手に的確に(?)伝えた。余計な詮索もされずに何とか生還出来たので万事オッケーだろう。うん、そういう事にしておこう。
(石田が何か言いかけてたけど、もう戻れない。くそっ!昨日から本当に最悪だ!)
足早にマンションのエントランスから表に出ると、見慣れた景色が目に入った。
(──ここ、俺のマンションの入り口に似てないか?)
すかさず振り返ると、視界に飛び込んで来たのは見慣れた自分のマンショだった。
そう、石田響は次郎と同じマンションに住んでいたのだった。
(えっっ!?)
念の為、地図アプリで自分の位置を確認する。
位置情報のピンは自宅を指していた。
三階にある自宅へ行く為に困惑したままエレベーターへ乗り込んだ。自分の部屋まで行くと──響が次郎の部屋の前に立っていた。
「先輩、教えようとしたら行っちゃうから…」
「ってか、なんで部屋知ってんの?!え?俺言ってた?!」
「昨日、かなり酔っ払ってましたけど、一応部屋番は言えてたので。でもその後は泣きまくってて会話にならなくて。」
──!!
「あー…うん。そうだっかー。悪かったな。じゃあ、ありがとう…。」
こちらを見ているであろう石田の視線を痛いくらい感じながら、またもや作り笑いで誤魔化してしまった。
鍵を開けて家に入ろうとした瞬間──
ガッ!
────!!!
ドアが閉まらない。
ドアの間には石田響の靴のつま先が挟まっていた。
「石田くん、他に何かありますか?」
早く扉を閉めたいと気持ちと、すでに家バレしていた動揺でパニックになりかけていたところにつま先で妨害され、もう完全にキャパオーバーだった。
怖くて目なんて絶対に見れない。
しかし…
「お大事に。」
それだけ言うと、サッとつま先が引っ込んでドアが閉まった。
(え、怒ってるの?優しい?歳下怖い…何考えてんのかわかんない…)
適当に荷物をドサッと置くと、荷物と同じ様な勢いで自分もリビングにあるソファに倒れ込んだ。
「なんなんだよー!もう、やだ!!」
恥ずかしいし、悲しいし、極めつけに具合いも悪いので、とりあえず叫んだ。
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