病室のドアに貼られたプレートには「特別室3」と書かれている部屋の中は、ホテルのスイートと見間違うほど広くて静か。
ベッドの上でタブレットをいじっていた勇斗は、廊下の足音が近づくのを聞いてニヤッとした。
「きたー!ねえ今日ちょっとおそい!」
ドアが開く。
いかにも医療従事者であろう白い服に、首から名札、胸ポケットにペンを挿した看護師――吉田仁人。
「はい、おはようございます、佐野さん。今日の体調はどうですか?」
「もー何も話聞いてくれないんだけど〜。看護師さんがくるの遅かったから体調わるい、死にそうです」
「……はいはい、元気そうで。」
仁人は軽く笑いながらも、手際よくカルテに目を通し、体温計を取り出した。
勇斗はいつものように、わざと可愛らしい上目遣いで彼を見つめる。
「ねー看護師さーん?」
「なんですか」
「名前じんとって言うんだよね?じんとって呼んだ方がいいー?なんて呼ばれたい!?」
「呼ばなくていいです」
「おーいじんとー、こっち見てー?」
「……見てますけど?」
小さくため息をつく仁人の耳が、わずかに赤くなっていた。
勇斗はその反応に満足げに笑って、ベッドに背中を預けた。
⸻
次の日の朝。
仁人がいつも通りのチェック表とペンを持って病室に入ると、そこには佐野とスーツ姿の男がいた。
「……あ、ごめんなさい」
勇斗の取引先か何かだろうか。
仁人は少し気まずそうにドアを閉めかけたが、男が明るい声で言った。
「おー!大丈夫大丈夫!構わずやってくださいよ、看護師さん!お忙しいと思うんで!」
「は、はい……」
断りきれず、仁人はいつも通り体温計を勇斗に渡した。
スーツ姿の男は明らかに仁人のことを見ている。
「…この仕事長いんすか?」
「え、あ、まぁ、はい」
「へぇ〜、にいちゃん可愛い顔してんね〜。まじで付き合えるわー」
勇斗の眉がピクリと動く。
仁人は引き笑いを浮かべて「はは、ありがとうございます」とだけ答えた。
だが男はさらに調子に乗り、仁人の肩に手を回してきた。
「手ちっちゃいね〜。細いし、ほんとに看護師さん?首も綺麗ね〜、色白さんだ」
「……あの、仕事中なので」
明らかに不快そうに体を引く仁人。
男はさらに顔を近づけ仁人の顎に手を添えてキスしようとしてきた。
反射的に仁人は体を逸らして逃げた。
勇斗はそれを見て、すぐにベッドの上で声を張り上げた。
「うわー!もうすぐ朝礼の時間じゃないですかー?!遅刻しちゃうよ!ねぇ〇〇さん、会社戻らないとやばくないっすか!?」
「え、あ、そっか、もうそんな時間か!いやでも今日は、」
「ですよねー!行ってらっしゃい!!」
勇斗は笑顔で手を振り、むりくり男を部屋の外へ押し出すように見送った。
ドアが閉まった瞬間、笑顔がスッと消える。
「大丈夫?…じんと」
「大丈夫です。仁人って呼ばないでください」
「いや、大丈夫じゃないでしょ、あんなのムカつく!!」
「あー話聞いてない…」
勇斗は静かに息をついて、ベッドの端をぽんぽんと叩いた。
「ねえこっち来て」
「え?」
「いいから」
仁人が近づくと、勇斗はその手を取って、さっき触られた方を優しく撫でた。
「上書きするね」
「は?」
「は?とか言わないの!ムカついたから。俺以外に触られたくねえし俺の専属看護師仁人」
「……」
仁人は困ったように笑いながら、けれど少しだけ頬を赤くした。
「嫉妬ですか?」
「嫉妬っていうか、俺の専属なんだから当たり前じゃん」
「雇ってるのはあなたじゃないですよ、病院です」
「でも俺専用でしょ?」
そう言って、勇斗はふいに仁人を引き寄せ、軽く抱きしめた。
「……ありがとな。嫌な思いしたの、消えた?」
「近い!ちょっと、佐野さん?はなれて!」
少しだけ勇斗の胸の中で笑った仁人に、勇斗もつられて笑う。
「なにその顔、かわい」
「黙っててください、あと離してください」
「はいはい、じんとはツンデレだね〜」
仁人がハグされた照れ隠しに勇斗から解放された瞬間、軽く勇斗の肩を叩いたら心電図の機械がピッと鳴った。
「うわ!仁人が俺のこと叩くから体調悪くなった!看護師としてどうなの!」
「はいはい、安静にしてください」
コメント
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書いて下さりありがとうございます🙇♀️ めちゃくちゃ良かったです、次回も楽しみにしています。