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◻︎耳を疑うような事情
礼子が連れてきた、というか保護してきたのは高校1年生の女の子だった。
脳梗塞で倒れてほとんど寝たきりになってしまった祖母と、働かない父親とパート勤めの母親との4人暮らしらしい。
今日は秘密基地ではなく、私の家に礼子がやってきた。
「事故の時はありがとうね、それに、雪平さんにも連絡するように言ってくれたとかで。ちゃんと連絡あったから」
「こちらこそ、雪平さんにはお世話になったの。警察って事件にならないとなかなか動いてくれないから、雪平さんの知り合いの人に介入してもらって、なんとか結衣ちゃんを家から連れ出すことができたから」
礼子から聞いた話は、想像もしていなかった。
「もともとは体が不自由になってしまったおばあちゃんのことで、相談されたんだけどね…」
祖母は5年ほど前に脳梗塞で倒れて、それからは家で介護をしている。どんな仕事に就いても長続きしない父親の代わりに、母親がパートをかけもちして生活を支えていた。
結衣は、中学に上がる前から母親を助けるために祖母の介護と家事全般を手伝っていたそうだ。
「そんな中でも、なんとか高校に進学して頑張っていたんだけどね、夏休みが終わって二学期になった頃から不登校になってしまったんだって。多分、おばあちゃんの介護で疲れてしまってるから、デイケアを頼めないかって相談だったんだけど…」
「それはわかるけど、どうして家から連れ出すことに?」
何度目かの訪問の時に、祖母が何かを訴えてきた。
脳梗塞の後遺症で、言葉がほとんど話せないので、何を言ってるのかわからなかったそうだが。
枕元の薬の袋に、不自由な手でなんとか書いたらしい文字があった。
「“たすけて、ゆい”、そう読めたの。最初は結衣ちゃんがおばあちゃんに何かしてるのかと思って、そっとおばあちゃんに聞いたんだけど、違うって首をふって。思い切って結衣ちゃんに直接聞いたんだ、薬袋のおばあちゃんのメモを見せてね」
たどたどしい文字を見て、結衣は泣き出してしまった。
「話しやすいように用事を作って結衣ちゃんを連れ出したの。やっと話してくれた内容は、耳を疑いたくなるようなものだった…」
母親は、夜もパートに行くようになり家には体が不自由でほとんど動けない祖母と、祖母の介護や家事をやる結衣、それから働かない父親だけになる。
そんな中ある日、結衣は父親に性的暴行を受けたらしい。
「それから、母親がいない夜になると決まって父親が自分を犯しにくると、結衣ちゃんは震えながら話してくれたんだ。抵抗するとひどい暴力になる。もちろんお母さんはそんなことは知らない、話せないと。自分が我慢してさえいればいいと思ってたらしいの。でもね、おばあちゃんは気づいた、耳はよく聞こえるらしくて。それで、おばあちゃんからお母さんにデイケアを申し込んでとお願いしたみたいでね」
「なに、それ…」
そこにはいない、その父親をぶん殴ってやりたくなった。
「お母さんに事情を話して、おばあちゃんは短期の施設に入ってもらった。それから結衣ちゃんのことになって。保護施設には行きたくないと言うから、とりあえず秘密基地に連れてきたけど」
「これからどうするの?」
「まだ、考えがうまくまとまらないんだ。結衣ちゃんの心の傷を考えると…」
「きっと、お母さんもショックだよね」
「うん。でも、なんとかうまくおさまるように頑張るよ。あのおばあちゃんのメモを見た時、うちのばあさんのあの置き手紙を思い出したんだ。なんか、ばあさんに頼まれた気がしてね、ほっとけないよね」
法律とか青少年なんちゃらとか、色々難しいことがあるらしいけど。
「とりあえず、その父親、シメたい!!」
「落ち着いて、美和子。そこは刑事さんに任せるつもりだから」
私は思わず握り拳を作っていた。
「警察はどうするんだろ?」
「それがね、こういう事件は立証が難しいらしくて」
「そりゃそうか、証拠が出せないもんね。おばあちゃんの証言を取ろうにも、そんな体ではなかなか…」
「だから、とりあえずはお母さんにもこれからどうしたいか考えるようには話してある。離婚しようにも、そんな父親だと簡単にはいかないだろうし」
「そうだね」
「ごめんね、落ち着いたら秘密基地のことを結衣ちゃんにも話すから。それまでごめん」
「いいよ。早く普通になれるといいね」
まるでドラマの中の話が、こんなに身近に起きるとは思わなかった。
それにしても。
礼子の仕事は誰かを助けるための大事な仕事なんだと、改めて思った。
_____すごいな、礼子
「ねぇ、落ち着くまでは、お母さんも秘密基地に住んでもらったら?」
「そうだね、でも、いいの?」
「いいよ!」
私も少しだけ人助けの真似事がしたくなった。