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第八章 闇が還る月夜
第十二話 闇が還る場所 前編
城壁の向こう側で再び爆発音が響いた。
炎が夜空を赤く染める。
騎士達の怒号。
魔物達の咆哮。
帝都の外では、今もなお激しい戦いが続いていた。
ジントはゆっくり顔を上げる。
満月。
白い月光が静かに地上へ降り注いでいる。
その光の中で、黒い瘴気が無数に蠢いているのが見えた。
救いを求めるように。
「……まだ、たくさんいる」
小さな呟き。
その声を聞いた瞬間。
ダイチがハッと顔を上げる。
嫌な予感がした。
「ジント」
すぐに腕を掴む。
強く、逃がさないみたいに。
「……行く気なん?」
ジントは答えない。
ただ、城壁の向こうを見つめていた。
苦しみ。
恐怖。
絶望。
今夜の帝都には、ありとあらゆる負の感情が渦巻いている。
それがジントには分かってしまう。
感じてしまう。
助けを求める声みたいに。
シュンタが不安そうに口を開いた。
「お、おい……流石に無茶やろ」
「さっきまで倒れとったんやぞ?」
けれどジントは静かに首を横へ振る。
「……違うんだ」
黒い瞳が、ゆっくり上がる。
「怖くない。苦しくない」
「ちゃんと……」
一度、言葉を探すように目を伏せる。
「分かるんだ」
その声は驚くほど穏やかだった。
ジントはそっと、自分の胸元へ手を当てる。
そこに今、確かに感じていた。
還りたい。
受け止めてほしい。
あるべき場所へ戻りたい。
そんな、闇の奥底にある願いを。
「今まで、ずっと怖かった」
静かな独白。
「飲み込まれると思ってた」
「でも違った」
ダイチの瞳が揺れる。
ジントはゆっくり振り返った。
月光の下。
白いローブ。
黒髪。
その姿は今までよりずっと静かで、どこか美しくもあった。
「あれは……」
「苦しんでるだけなんだ」
その瞬間シュンタの背筋へ、ぞくりとした感覚が走る。
ジントの言葉が、あまりにも自然だった。
まるで闇が抱えている想いを、感じ取っているみたいに。
ダイチは唇を噛み締める。
目の前にいるのは、確かにジントだ。
ずっと一緒にいた幼馴染。
大切な存在。
なのに、今だけは、ひどく遠い。
「……ジント」
掠れた声。
すると。
ジントはふっと表情を緩めた。
その笑顔は、ちゃんといつものジントだった。
「大丈夫」
また、その言葉。
何度もダイチがくれた言葉。
今度は、ジントが言う側だった。
「オレ、ちゃんと戻ってくるから」
その言葉に、ダイチの胸がぎゅっと締め付けられる。
戻ってくる。
まるで、どこか遠くへ行くみたいな言い方だった。
「……一人で行かせるわけないやろ」
ダイチが低く言う。
青い瞳は、真っ直ぐだった。
「何回言わせんねん」
「オレは、お前の側におる」
その瞬間、ジントの黒い瞳が小さく揺れた。
嬉しい。
安心する。
でも。
怖い。
その感情が、胸の奥で静かに混ざり合う。
シュンタが空気を変えるみたいに頭を掻いた。
「……はぁ」
「なんや知らんけど、もう行く流れやんこれ」
困ったように笑う。
けれどその赤い瞳には、ちゃんと覚悟が宿っていた。
「しゃーない!付き合ったるわ」
その時だった。
――ドォォォン!!
遠方で巨大な爆発音が響いた。
続いて、夜空を裂くような金色の閃光。
ハヤトだ。
さらに、凍て付くような銀光が走る。
ジュウタロウも戦っている。
だがその光さえ、黒い瘴気の波に飲み込まれ始めていた。
帝都の夜が、限界へ近付いている。
ジントはゆっくり城門の方へ歩き出した。
その後ろをダイチとシュンタが続く。
満月の光が、三人の背中を静かに照らしていた。
◇
帝国の門がゆっくり開かれる。
重い音。
その向こうには、瘴気に染まった夜の闇が広がっていた。
黒い霧。
遠くで上がる炎。
負傷し倒れる兵士。
響き続ける咆哮。
そして絶え間なく続く戦闘音。
城外は、人々の恐怖と魔物達の咆哮に包まれていた。
門兵達が息を呑む。
月光の下、馬車を降り外へ歩き出そうとするジントを見る。
白いローブ。
黒髪黒眼。
周囲へ静かに集まり始める黒い瘴気。
その姿はどこか恐ろしく、それでいて、目を逸らせないほど神秘的だった。
「ま、待ってください!」
若い門兵が思わず叫ぶ。
「外は危険です!」
「これ以上は――」
けれどその言葉の途中で、門兵は凍り付いた。
ジントの周囲へ集まっていた瘴気が、まるで呼吸をするみたいに揺れたからだ。
黒い霧は、暴れない。襲わない。
静かに、ジントへ吸い寄せられていく。
安心する場所を求めるように。
シュンタが小さく呟く。
「……ほんま、なんなんやろな」
誰へ向けた言葉でもなかった。
その時、城外から騎士の悲鳴が響く。
「うわあああっ!!」
続いて巨大な魔物の咆哮。
ダイチが顔を上げる。
「……行くぞ!」
三人は一気に駆け出した。
夜風が吹き荒れる。
城壁外周では、既に騎士団が押され始めていた。
魔物の数が多すぎる。
倒しても。
倒しても。
瘴気が再び形を成していく。
終わりが見えない。
「くそっ!!」
火属性の騎士が、巨大な獣型魔物を斬る。
赤い剣閃がその体を砕く。
けれど砕けた身体はすぐ黒い瘴気へ変わり、そして再び蠢き始めた。
騎士達の顔へ絶望が広がっていく。
その瞬間、一人の騎士が目を見開いた。
「……なっ」
視線の先。
月光の中を、黒髪の青年が歩いてくる。
その周囲では、無数の瘴気が帯のように揺れていた。
魔物達が一斉に動きを止める。
赤い瞳。
黒い影。
その全てがゆっくりジントへ向けられる。
空気が変わる。
騎士達は、本能的に理解した。
今、何かが起きようとしている。
ジントは静かに目を閉じた。
聞こえる。
苦しみ。
悲鳴。
憎しみ。
恐怖。
この帝都に溢れる、無数の闇。
以前なら、押し潰されていた。
飲み込まれていた。
けれど今は違う。
全部、分かる。
そして、受け止められる。
ジントはゆっくり両手を広げた。
その瞬間。
――ゾワッ。
帝都全体の瘴気が、一斉に揺れた。
騎士達が息を呑む。
魔物達が咆哮を上げる。
そして黒い霧が、一斉にジントへ向かって流れ始めた。
帰る場所を見つけた潮流みたいに。
「な……!?」
「瘴気が……!」
誰かの震える声。
黒い帯が、夜空を埋め尽くしていく。
瘴気。
闇。
苦しみ。
それら全てが、ジントへ集まっていく。
けれどジントは苦しそうじゃなかった。
白いローブが、月光と闇の中で静かに揺れる。
その姿はまるで、世界に溢れた全ての闇を、静かに受け止めているみたいだった。
遠方。
戦場の最前線で黄金の剣を振るっていたハヤトが、ふと動きを止める。
風向きが変わった。
瘴気の流れが変化している。
ジュウタロウもまた、銀の瞳を見開く。
黒い瘴気が全て、一方向へ流れていた。
城の方角。
そして、二人は見た。
満月の下、無数の闇を纏いながら静かに立つジントの姿を。
先ほど大聖堂で見た光景とは違う。
苦しみに呑まれているのではない。
闇を受け止め、還るべき場所へ導いている。
その表情は、まるで夜空に浮かぶ月のように穏やかだった。
コメント
3件
どうしましょう。なんだか泣けてきました…少ない言葉の中に全部の思いが伝わってきて、読んでいてここまで心理描写に引き込まれることなんてないので圧巻です😭✨あーもう大好きです!
うわ……第32話、めっちゃ重くて美しかったです🥀 ジントが「闇をちゃんと分かる」って言ったとき、胸がギュッてなりました。今までは飲み込まれる怖さだったのに、「受け止められる」に変わった瞬間、彼の成長を感じられて泣きそうに……。 ダイチの「側におる」、シュンタの「付き合ったるわ」も、熱かったです🔥 仲間がいてよかったね、って素直に思いました。 瘴気が一斉にジントへ還っていく描写、めちゃくちゃ幻想的で、映像が浮かびました。続きが気になりすぎます……! 次話も静かに待ってますね🌙