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今でも鮮明に覚えている。真っ暗な部屋の中月明かりに照らされた背の高い男が1人。こちらを向いたその顔はべっとりとした真っ赤な液体に染まっていた。
私はむせかえるようなその生臭い匂いに顔をしかめながらその男に声をかけた。
あなたはだあれ?
………クロ
真っ赤な口元からポツリとこぼれた小さな声は、そのまま血でベトベトの床に落ちて、彼の足元に転がる母と父のそばを転がって私の足元で止まった。
私はそれをゆっくりと拾いながら、長い夜の始まりに胸を躍らせている自分に気づく。
お前は?
いつの間にか目の前にその人が立っていてわたしを見下ろしていた。
え?
血の匂いが、鼻を撫でる。
名前。…お前の名前は?
小さく動くその人の口元から鋭い真っ赤な歯がのぞいた。
わたし、わたしの名前は……
不器用な私の言葉を優しく受け止めながらその人の左手が私の右頬を優しく包んだ。
痛むか?
…ううん
本当に?
…少しだけ、本当
そうか
腫れた頬の上を長い指がなぞる。優しく優しく、なぞってくれた。
ねえ、わたしのことも食べて
わたしは男を見上げた。長い黒髪の隙間に宝石のような輝きを見つけた。今日のお月様よりももっときれいな銀色の瞳。
怖くないのか
その鋭い眼差しがわたしを貫いていた。
こんなに優しく傷に触れてくれたあなたの一部になれるなんて素敵だと思ったから
しんと静かな月が綺麗な夜。
わたしは今でも、鮮明に覚えている。
そうか
月明かりの下でわたしの頭を優しく撫でてくれた冷たくて大きな手のひら。
細まる銀色の瞳が弧を描き、葉から落ちる雫のように小さな微笑みがこぼれた。
だが、お前の両親の血はまずいんだ。死ぬほどにな
あのときから、わたしの世界にはあなただけしかいなくなった。