テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「京子さんは、よくこちらへ来られるのですか?」
男爵家の庭──。問われて京子は、始めて自分の見合い相手、恒彦の顔を見た。
鼻筋の通った端正な顔立ちだった。十二歳も離れているとは思えない、どこか愛嬌のある優しい目をしている。
送られる柔らかな視線に京子はどきりとした。
改めて、異性と二人きりなのだと思い知らされる。
そんな戸惑いなど、恒彦は気付いてないようで、静かに語りかけてくる。
「……さすが岩崎男爵家ですね。立派な庭だ。うちの庭なんて、比べものにならないな……」
手入れの行き届いた庭に、恒彦はどこか驚いていた。
「ああ、なんだか、矢継ぎ早に話しかけていますね」
まるで会話を押し付けているようだと恒彦は肩をすくめて笑った。
「男兄弟だけですし、職場でも女性は居ませんから、こうして話す機会も少ない。正直何をお話すれば良いのか焦っているんです」
少し照れ笑いながら恒彦は言った。
その笑顔が逆光のせいか、京子には眩しく感じられた。
「あ、いえ、その……」
自分も男兄弟なのだと、普通のお嬢様らしくないかもしれないと、京子は恒彦に言いかけた。
しかし、馴れ馴れしくないか。これはあくまでも見合い。どこかで、遠慮のようなものが京子を止める。
「……はは、ひと回りも離れてたら、いやですよね。普通……」
恒彦が、黙り込む京子へぽつりと言った。
どこかさみしげなそれに、京子ははっとする。と同時に何か喋らなくてはと気も焦る。
しかし、帯がきつくて、息苦しい。晴れ着の振り袖姿……。袖もどこか重かった。
いや、何よりも緊張が先にたつ。
「……そ、その、あの、白川様は、フランスへ?」
「はい?」
首を傾げる恒彦を見て、京子はしまったと思う。
当たり障りなく、庭の話をしておけばよかったのだ。
「ああ。そうですよね。気になりますよね。フランスだなんて……」
恒彦は、そのフランス行きがあるから、見合いを断られてきたのだと口重に言った。
「皆、フランスへ同行するのかと警戒して……」
「あっ、いえ、そのお、ただ、お聞きしただけで……」
京子は一人焦った。恒彦の物言いに、聞いてはいけないことだったのかもしれないと思ったからだ。
「いや、誰でも驚きますよ。ああ、赴任は私一人でと考えています……」
始めての海外赴任。自分も余裕がない。伴侶を守れるかどうか分からないからと、恒彦は胸の内を明かした。
「……それに、京子さんはまだお若い。結婚も早いでしょ?今回のことは、無理に受けなくてもいいんですよ?断ってくれて良いのですから安心してください」
女学校も卒業してないのにと、恒彦は京子の不安を口にした。
すべてお見通しだったことに、驚いた京子は思わず恒彦を見た。
無理強いさせられるわけじゃないのだと理解した京子は、少しだけ気が楽になった。
「……あの、お受けしなくても……よいのですか?」
「ええ、勿論ですよ。嫌なものは嫌ですものね」
安心させるかのように恒彦は、京子へ微笑んだ。
「あ、嫌って訳じゃなくて……突然だったので……」
「そうですよね。まして、フランスなどと聞いたら……」
恒彦は、小さく頷き、庭の散策を促してきた。
「もう少しだけ、私と付き合っていただけませんか?ここで京子さんを邪険にするのは、また、何かと問題になるでしょうし……」
恒彦は、家と家の対面を考えているようだった。
と──。
「うわっ!」
恒彦が叫ぶ。
同時に、ワンと子犬の鳴き声が……。
「あっ!シロ!また抜け出してきたの?!」
柴犬の子犬が尻尾を振りながら、植木の脇から飛び出してきた。
「もう!仕方ないわね!皆探してるわよ!」
京子は、子犬に駆け寄り抱きあげる。
「おば様が飼っているシロなんですよ!お部屋でじっとしてなくて。こうしてお庭へ逃げ出してしまうんです」
ふふふと、笑いながら京子は言うが、恒彦の表情は固い。
「京子さん。犬は繋いだ方がいい。というより、しっかりそのまま抱いていてくださいよ!」
「えっ?」
そこで、京子は気が付いた。恒彦の前だったということに。はしたなく、しゃがんでシロを抱きあげて、馴れ馴れしく言葉をかけてしまったことに……。
「あーー、できれば、そのままで。あまり側には……。そのお、私は犬が苦手で……」
子供の頃に野犬に襲われかけてから犬が苦手になったのだと恒彦は言う。
「あら、シロはおとなしいですよ。ほら、こんなに!」
京子は、思わず恒彦へ近づいていた。犬が苦手という感覚が分からなかったのだ。そもそもシロは、少しやんちゃなだけで、人に危害を及ぼす犬ではない。
そう、京子は説明しながら、恒彦へシロを抱いてみるかと問うていた。
「いや、それは、ちょっと!京子さん、それ以上その犬を近づけないで!」
恒彦は、ジリジリと後付さっている。本当に犬が苦手なようだった。
「あっ!すみません!私ったら……」
慌てて、京子は恒彦から離れた。
「いえ、分かっていただけたなら……いや、まいったなぁ」
恒彦は、ふうと息を吐いている。
「……動物……お嫌いなのですか?」
「いや、犬だけです。嫌いというわけではなく、どうも苦手で……」
恒彦の言い訳に、嫌いも苦手も一緒だと京子は、思わず吹き出してしまう。
「京子さん。笑い事じゃありませんよ!」
恒彦は、至って真剣にムキになった。
「あっ、ごめんなさい。シロ、向こうへやりますね」
「いや、いや、そこで離したら!こっちに来られても困るじゃないですかっ!」
ひっと、叫びのような声をあげ、恒彦は慌て退いた。
「あははは」
恒彦の必死さが妙に滑稽で、京子はつい笑っていた。
「京子さん!笑い事じゃないですよお!」
恒彦も抗議のために、京子へ食ってかかる。
「あははは!」
京子の笑い話止まらなかった。
それを見て、恒彦も、
「まいったなあ。本当に」
ひと言愚痴ると、つられて笑い出す。
「あー、犬が苦手ってことは、秘密ですよ。あまり人には言ってなくて」
大の男が、子犬にすら怯えるのはいかがなものかと恒彦は、恥ずかしそうに言った。
「はい。秘密にします!」
「ええ、約束」
二人は、自然ほほえみあっていた。
「そろそろ、戻りましょうか?京子さんの笑顔も見れたのだし」
「えっ?!」
突然の言葉に、京子は頬を染める。そして、シロを撫でる事で、さっと俯いた。
また、はしたないところを見せてしまった。そして、馴れ馴れしくしすぎてしまったか。
「行きましょうか?あー、そのシロは、ちゃんと抱いていてくださいね」
どこまでも犬に怯える恒彦だった。しかし、京子はそんなところに、どこか安心していた。
恒彦の素顔を見ることができた。それも京子には少し嬉しかった。
#普通
野々さくら
624
芙月みひろ
744
冬茉
皐志
440
コメント
1件
うわっ、第5話めっちゃエモかった〜!😭💕 最初はお見合いってことでピリピリしてた二人が、シロ登場で一気に距離縮まるの最高すぎる…!恒彦さん、あんなに優しくて落ち着いてるのに犬はダメなの?そのギャップに京子さんも自然と笑顔になって、こっちまでほっこりしたよ🥺✨ 年上の余裕っぽい雰囲気なのに素顔見せてくれた感じがもう尊すぎて…!次も絶対読みたい!