テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
第8話 「母からの手紙」
「……『司波仁』」
瑠衣は手紙に書かれた名前を、もう一度読み上げた。
静かな部屋。
誰も口を開かない。
手紙を持っているのは瑠衣。
その隣に仁。
少し後ろに杖道。
「……仁」
瑠衣が顔を上げる。
「これ……どういうこと?」
「分からない」
仁は短く答えた。
「俺も初めて見る」
「でも、母さんが仁の名前を書いてる」
「ああ」
「しかも、最後に」
「……」
仁は手紙を見る。
宛名は――
『瑠衣へ』
その下に。
小さく。
『そして、司波仁へ』
と書かれている。
「……俺に何の用だ」
仁は呟いた。
杖道が手紙を受け取る。
「まず、内容を最後まで読もう」
「うん」
瑠衣は頷く。
そして、手紙を開いた。
『瑠衣へ。
この手紙を読んでいるということは、あなたはもう自分の過去を知ろうとしているのでしょう。
ごめんなさい。
あなたを一人にしてしまって。
本当なら、ずっとあなたのそばにいたかった。
あなたが七歳になったあの日。
私はあなたを連れて、あの家から逃げようとしました。
けれど、失敗しました。
あなたを守るためには、私一人では足りなかった。
だから私は、あなたをある人に託そうとしました。
その人の名前が――』
そこで文章が途切れている。
「……?」
瑠衣が眉を寄せる。
「ここで終わってる?」
仁が紙を見る。
「いや」
「え?」
「破られてる」
手紙の下半分が切り取られていた。
「……誰かが破った?」
「おそらく」
杖道が手紙の端を見る。
「かなり古いな」
「じゃあ、残りは……」
瑠衣が呟く。
仁が答える。
「探す」
アニオタちゃん
23
3,102
るあ
108
24
「……」
瑠衣は手紙を握った。
「母さんが、俺を誰かに託そうとした」
「そうだ」
「それが仁?」
「分からない」
仁は首を振る。
「俺はその頃、まだ――」
言葉が止まった。
瑠衣が見る。
「まだ?」
仁は何も言わない。
杖道が仁を見る。
「仁」
「……」
「話したほうがいい」
「分かってる」
仁は少し黙った。
そして。
「七歳の頃の俺は、両親と暮らしていた」
瑠衣は目を見開く。
「……」
「その頃、父親はある事件を追っていた」
「それって……」
「ノクターン」
仁が答える。
瑠衣の表情が変わる。
「父さんが?」
「そうだ」
「……じゃあ」
瑠衣は手紙を見る。
「母さんは、仁のお父さんに俺を預けようとしてた?」
「可能性はある」
杖道が静かに言った。
「仁の父親は、あの頃からノクターンを追っていた」
「じゃあ……」
瑠衣は震える声で言う。
「俺と仁って、昔から……」
「関係があった可能性はある」
仁が答える。
瑠衣は黙った。
しばらくして。
「……なんか」
「何だ」
「すごいな」
「何が」
「俺たち」
瑠衣は苦笑する。
「今まで知らなかったのに、昔から繋がってたかもしれないんだ」
「まだ確定してない」
「分かってるって」
瑠衣は笑った。
「でも、ちょっと嬉しい」
仁が瑠衣を見る。
「何で」
「だって」
瑠衣は笑う。
「母さんが仁を頼ろうとしてたってことだろ?」
「……」
「だったら、母さんも仁なら俺を守れるって思ったのかもしれない」
仁は答えなかった。
ただ。
少しだけ目を伏せた。
その日の午後。
ホークアイズの事務所。
三人は、仁の父親について調べ始めていた。
「……」
瑠衣は資料を読んでいる。
「おっさん」
「何だ」
「仁のお父さんって、どんな人?」
杖道の手が止まる。
「……立派な人だった」
「へぇ」
「俺が尊敬していた人物だ」
「仁に似てる?」
杖道は少し考える。
「似ているところもある」
「じゃあ、やっぱ仁も――」
「瑠衣」
仁が遮る。
「何?」
「仕事しろ」
「はい!」
瑠衣が資料に戻る。
数秒後。
「……仁」
「何だ」
「お父さんの資料、全然ない」
「ああ」
「何で?」
「消されたんだろう」
「誰に?」
「分からない」
瑠衣が唸る。
「難しいなぁ」
杖道が言う。
「だが、一つだけ分かる」
「何?」
「仁の父親は、ノクターンをかなり深く追っていた」
「……」
「そして、事件が起きた」
瑠衣が顔を上げる。
「事件?」
杖道は少し黙った。
「仁の両親が亡くなった事件だ」
瑠衣は何も言えなくなった。
仁も黙っている。
「……ごめん」
瑠衣が小さく言う。
仁が見る。
「何で謝る」
「いや……」
瑠衣は目を逸らす。
「俺の話で、仁の昔のことまで……」
「気にするな」
「でも」
「これは俺の問題だ」
仁は淡々と言う。
「お前が謝ることじゃない」
瑠衣は黙った。
「……そっか」
仁が資料を見る。
「それに」
「ん?」
「俺も知りたい」
「……」
「お前の母親が、なぜ俺の名前を残したのか」
瑠衣は少しだけ笑った。
「うん」
夜。
瑠衣は眠れなかった。
ベッドの上で、何度も寝返りを打つ。
「……」
眠れない。
一ヶ月の間に。
暗い部屋で一人でいることが、少し怖くなっていた。
昔の家。
父親の声。
女の子らしくしろ。
いい子にしろ。
逆らうな。
そして。
一ヶ月前の記憶。
「……」
瑠衣は布団を握る。
「……大丈夫」
自分に言い聞かせる。
「ここはホークアイズだ」
そう呟く。
「仁も、おっさんもいる」
その時。
廊下から足音が聞こえた。
「……!」
瑠衣の身体が強張る。
扉の前で足音が止まる。
コンコン。
「瑠衣」
仁だった。
「……仁?」
「起きてるか」
「うん」
扉が開く。
仁が顔を出す。
「眠れないのか」
「……ちょっと」
「そうか」
仁は部屋に入る。
「何か怖いのか」
「……」
瑠衣は少し迷った。
「昔の夢、見そうで」
「……」
「また、あの家に戻る夢」
仁は黙っている。
「俺さ」
瑠衣は笑おうとした。
「もう大丈夫だと思ってたんだけど」
「……」
「まだ怖いみたい」
「そうか」
「……ごめん」
「だから謝るな」
仁は即座に言った。
瑠衣が少し驚く。
「……」
「お前が悪いことをしたわけじゃない」
「……うん」
「それに」
仁は扉のほうを見る。
「眠れないなら、起きてればいい」
「え?」
「無理に寝る必要はない」
瑠衣は目を丸くする。
「……それだけ?」
「ああ」
「なんかもっと、こう……」
「何だ」
「励ますとか」
「必要か?」
「……いや」
瑠衣は笑う。
「仁らしい」
「そうか」
「うん」
少し沈黙。
そして。
瑠衣が言った。
「仁」
「何だ」
「ここにいていい?」
仁は一瞬だけ瑠衣を見る。
「好きにしろ」
「……そっか」
瑠衣は安心したように笑った。
「じゃあ、もうちょっといる」
「分かった」
二人はしばらく何も話さなかった。
ただ。
同じ部屋にいた。
それだけで。
瑠衣は少しずつ眠くなっていった。
翌朝。
「……寝不足だ」
仁が言う。
「仁もじゃん」
「お前のせいだ」
「俺!?」
瑠衣が笑う。
「だって俺、ちょっと話してただけじゃん!」
「二時間な」
「そんなに!?」
杖道が呆れた顔をする。
「お前たちは夜中まで何をしていた」
「仁が付き合ってくれた!」
「仁?」
杖道が見る。
仁は黙る。
「……」
「まあいい」
杖道は机に新しい資料を置く。
「見つかった」
瑠衣が駆け寄る。
「何が?」
「手紙の続きだ」
「え!?」
瑠衣が資料を見る。
そこには。
破られた手紙の一部。
『その人の名前は――』
その下。
かろうじて残っている文字。
『司波……』
「……」
瑠衣が息を呑む。
「やっぱり……」
仁が見る。
「俺の父親だ」
そして。
その下には。
もう一文。
『彼なら、瑠衣を守ってくれる』
瑠衣の目が潤む。
「……母さん」
その瞬間。
事務所の電話が鳴った。
仁が取る。
「ホークアイズ」
『……司波仁か』
「誰だ」
『お前の父親のことを知っている』
仁の目が鋭くなる。
「話せ」
『条件がある』
「何だ」
『物怪瑠衣を一人で来させろ』
「断る」
即答。
瑠衣が仁を見る。
『なら、父親のことは何も教えない』
「……」
仁は黙る。
電話の向こうから。
『お前の父親が最後に追っていた場所を知りたいか?』
仁の目が変わった。
「場所は」
『廃校になった研究施設』
「どこだ」
『旧・第七研究区画』
仁が地図を見る。
「……」
そこは。
ノクターンの拠点の一つだった。
『瑠衣一人で来れば、すべて教える』
電話が切れた。
「……」
瑠衣が言う。
「俺、一人で行く」
「駄目だ」
仁が答える。
「でも――」
「駄目だ」
「仁!」
「お前を一人で行かせるわけないだろ」
瑠衣が黙る。
杖道が言う。
「仁の言う通りだ」
「おっさんまで……」
「お前一人で行く必要はない」
瑠衣はしばらく二人を見る。
そして。
「……分かった」
「素直だな」
「だって」
瑠衣は笑う。
「俺も三人で行きたいし」
仁が頷く。
「それでいい」
その日の夜。
三人は旧・第七研究区画へ向かっていた。
車の中。
瑠衣は窓の外を見ていた。
「……」
「緊張してるか」
仁が聞く。
「ちょっと」
「そうか」
「でも」
瑠衣は笑う。
「三人だから平気」
杖道が前を向いたまま言う。
「それならいい」
やがて。
古びた研究施設が見えてきた。
「……ここか」
仁が車を止める。
三人が降りる。
施設の入口には。
古いマークが残っている。
ノクターン。
瑠衣がそれを見る。
「……」
「どうした?」
仁が尋ねる。
「いや」
瑠衣は首を振る。
「なんか……見覚えある」
「入ったことがあるのか?」
「分かんない」
瑠衣は頭を押さえる。
「昔……一回だけ」
「無理に思い出すな」
杖道が言う。
「大丈夫」
瑠衣は目を閉じる。
そして。
ゆっくり開く。
「行こう」
三人が中へ入る。
長い廊下。
古い研究室。
そして。
一番奥。
鍵のかかった扉。
仁が開ける。
中には。
一つの机。
その上に。
写真があった。
瑠衣が近づく。
「……母さん」
写真には。
若い頃の美咲。
そして、その隣に――
仁の父親。
さらに。
もう一人。
幼い仁。
そして。
幼い瑠衣。
「……!」
瑠衣が息を呑む。
「俺たち……会ってたの?」
仁も写真を見る。
「……」
その瞬間。
部屋のスピーカーから声が響いた。
『ようこそ』
三人が振り向く。
『物怪瑠衣』
瑠衣の顔が強張る。
『そして、司波仁』
「誰だ」
仁が問いかける。
『お前たちは、ようやくここまで来た』
「姿を見せろ」
『その必要はない』
そして。
スクリーンが点いた。
そこに映ったのは――
一人の女性。
「……」
瑠衣の目が見開かれる。
「……母さん?」
画面の中の女性は。
確かに。
物怪美咲だった。
そして。
彼女は静かに言った。
『瑠衣』
「……!」
『あなたがここまで来ることを、ずっと待っていた』
瑠衣の目から涙が落ちる。
「母さん……」
『ごめんなさい』
画面の中の美咲が微笑む。
『あなたを守れなくて』
瑠衣は一歩前に出た。
「違う」
声が震える。
「母さんは……」
そして。
「俺を守ろうとしてたんだろ?」
美咲の表情が変わる。
『……そうよ』
「じゃあ、なんで俺を置いてったの?」
『それは――』
画面が乱れる。
「母さん!」
『瑠衣、聞いて』
ノイズの中。
美咲が必死に言う。
『あなたの父親から逃げて』
「え?」
『そして、司波仁を――』
画面が途切れる。
「母さん!」
真っ暗。
瑠衣は呆然と立ち尽くす。
「……」
仁がスクリーンを見る。
「……切れたか」
杖道が周囲を警戒する。
そして。
研究施設の奥から。
カツン。
足音。
「……誰かいる」
仁が言う。
瑠衣が振り向く。
暗闇の奥から。
ゆっくり。
一人の男が姿を現した。
「……父さん」
男は瑠衣を見る。
そして。
仁を見る。
「久しぶりだな」
仁の目が鋭くなる。
「……お前か」
男は笑った。
「ようやく三人揃ったか」
瑠衣が一歩前に出る。
「父さん」
男が瑠衣を見る。
「何だ」
「母さんはどこ?」
男は答えなかった。
代わりに。
静かに言った。
「お前の母親が司波家にお前を預けようとした理由を知りたいか?」
瑠衣の目が揺れる。
「……知りたい」
「なら」
男は笑う。
「お前自身が思い出せ」
その瞬間。
施設の照明が一斉に消えた。
暗闇。
そして。
瑠衣の耳元で。
幼い頃に何度も聞いた声が響いた。
『女の子らしくしなさい』
「……っ!」
瑠衣の身体が固まる。
「瑠衣!」
仁が呼ぶ。
「……仁」
「俺の声を聞け」
「……」
「ここは、あの家じゃない」
「……」
「お前は一人じゃない」
瑠衣の震えが少しずつ収まる。
「……うん」
杖道も隣に立つ。
「瑠衣」
「おっさん……」
「帰るぞ」
「……うん」
瑠衣は二人を見る。
そして。
強く頷いた。
「絶対、帰る」
暗闇の中。
父親の笑い声だけが響いていた。
――第8話・終。
第9話へ続く。
コメント
2件

うわ、めっちゃ重い展開……読んでて息苦しくなった。 瑠衣の母親が仁の父親に託そうとしてたって事実、しかも幼い頃の二人の写真まであるって……ずっと前から二人は繋がってたんだね。それがちょっとだけ救い。 そして仁の「好きにしろ」ってセリフ、何も言わずにそばにいるだけの距離感がすごく仁っぽくて、逆に泣けた。無理に励まさないけど、いてくれるって安心感。 ラストの父親の登場と「お前自身が思い出せ」って言葉、何か鍵がありそうで続きが気になりすぎる……!