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「ところでひとつ質問があるのですが、皆さんの御主人様はどなたですか。もしかして話題になっていらっしゃるとってもお強い御方だったりしますか?」
「んなことテメェが知る必要はねぇ」
「それくらい教えてくれたっていいじゃありませんか。売られていく可哀想なハーフエルフちゃんの小さな小さな願いくらい叶えてくれても、きっとバチは当たりませんよ♪」
「殴っても蹴ってもケロッとした顔で立ち上がりやがって気味悪ぃ。殴られ慣れすぎてんのか知らねぇが、調子狂うんだよ」
「そんなことはいいですから、ほ~らぁ、教えてくださいよ。御主人様はどなたなんですかぁ?」
いよいよ面倒になった男は、自分たちの主人が裏街の顔役だと簡単に白状した。
しかしいわゆる強い弱いで語られる人物ではなく、権力を持った普通のヒューマンらしく、どうやらミアが探している人物とは違うようだった。
「そうですかぁ。私が探している方とは違うのですね。しかしこれは困りました。奴隷になってしまう上、目的の御方まで見つからないでは、私は何のためにリールまでやってきたのでしょう?」
「いちいち意味不明な……。ほれ、着いたぞ。手続きをするから、黙ってそこに入ってろ」
金属で設えた格子状の箱の棒一本に手錠を付け替えられたミアは、家畜を入れるようなクッションも何もない板に乗せられ、命じられるまま馬鹿正直に箱に収まり正座した。
奴隷商に話しかけた男は、持っていたタグを渡してから、何やら会話しているようだった。
ボーッとその様子を眺めていたミアは、結局何一つ現状を打破する方法が思い浮かばず、間抜けそのものの顔で、「困りました」と落ち込んでいた。しかし――
「ッんだと、それはいつの話だ?!」
突然男が声を荒げた。
口の前に指を立て、静かにと制した奴隷商に対し、男はミアの顔をチラリと確認してから、冷や汗混じりに舌打ちした。
「聞いてねぇぞ、なんで今日に限ってあの野郎が?!」
「こちらとしましても突然だったため仕方なく。周知する時間も足りず……」
「まさか……。掘り出し物でも出るってんじゃねぇだろうな。騙し合いはなしだぜ?!」
「決してそのようなことは。恐らくは先方も思いつきか何かと……」
「よりにもよって、こんな粗大ごみしか出せねぇ日に限って、クソッ!」
酷く慌てた様子でミアの箱を転がした男は、そのまま台車に載せ施設の中へと移動させた。
そして適当な場所に箱を放置し、急いでどこかへ行ってしまった。
「ちょ、ちょっと。私をそのままにしないでください!」
薄暗くカビ臭いその場所は、奴隷を一時的に保管しておく倉庫のようだった。
ミアの目が暗さに慣れてくると、周囲にも同じく沢山の箱が並べられており、ところどころから鼻をすするような声や、悲観し泣いている者の声が聞こえた。
自分も昔はそうだったなぁとほっこり過去を振り返り背筋を正したミアは、再び考えを巡らせた。
これからどうするのがベストなのか。
一人緊張感なく、う~んう~んと唸り続けた。すると――
「どうしたんだい。どこか身体でも悪いのかい?」
不意に誰かがミアに話しかけた。
自分の世界に没入していたミアは、声に気付かず無視していたが、さすがに五度目の質問で気が付いた。
「は、はぇ?! あの、ど、どこも悪くないです!」
「ならいいのだが。……しかしだとしたら、どうしてそんなに唸っているんだい?」
声の主は、ミアの隣の箱の人物だった。
辺りが薄暗く、人物の顔はわからなかったが、「悩んでいるだけですよ」とミアが端的に返事をすると、「そうかい」と呆れたように返した。
「キミはここがどんな場所かわかっているのかい。ここは、これから始まる奴隷売買の下見所だよ。直に主催者や貴族の奴らがやってくる」
「はい、きっとそうなのでしょうね」
「いや、そうなのでしょうねって。普通は不安や悲しみで打ちひしがれ、話すことすらままならないと思うのだが」
「へ~、そうなんですか。でもですね、私はもう慣れっこですから!」
なぜか胸を張って答えたミアは、用事がないならもういいですかと会話をぶった切った。
しかし隣の誰かは、普通に話してくれたミアの存在が惜しくなったのか、半ば強引に会話を続けた。
「ところで聞いたかい。どうやら今日の市は特別なんだって」
「へ~。それは大変ですねぇ~」
「そんな他人事みたいに。これからキミがどこへ売られていくかの瀬戸際なんだよ、少しは興味を持ったらどうだい」
「あ、はい、そうですねぇ」
「……なんでも噂では、リールだけでなく、ここいら周辺の裏の世界で名の売れた人物が参加するんだって。もしそんな人物に買われたと想像してみてください、きっと私たちは、人体実験の材料にされ殺されてしまうに決まってる」
「へ~、殺されちゃうんですかぁ。……へ、殺されるぅ?! え、私、殺されちゃうんですかぁ!!?」
「いや、まぁ、……キミは関係ないかもね(コイツは誰も買わないか……)」
勝手に会話を始め、勝手に会話を打ち切った誰かが喋るのをやめると、また再び静寂が訪れた。
余計な情報を吹き込まれ、ますますミアの頭は混乱していたが、自分のことだけで精一杯の環境下ではミアの悩みを解決してくれる者など現れるはずもなく、無闇に時間だけが過ぎていった。