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先程までと同じように魔物を散らしながら山を下り切り、麓の森を抜けた私たちは湖へ向かって歩いていく。
魔素鎮めを行うには最低でも湖のほとりまで近付く必要があった。
そうして湖に近付くに連れ、静寂と緊張感が圧し掛かってくる。
だが意外なことにも湖のほとりまでは誰にも邪魔されずに辿り着くことができた。
「湖の真ん中に行くのが一番だけど……」
「それじゃあ、何か出てきた時に援護できないわ」
湖の中心で魔素鎮めを行うのが最も効率的だが、そこまで行くにはノドカに運んでもらわなければならない。
だがこれには問題があり、ノドカはアンヤ以外となると同時に1人までしか運ぶことができないということだ。
「ごめんなさい~、みんなを~運べたら~よかったのに~……」
魔素鎮めを行うには最低でも私とスライムたちのうち、精霊へと進化している者が必要だ。
私が必要ということは私とノドカというメンバーで確定してしまう。
「でも主様とノドカ姉様の2人でやるなら、ここからみんなでやっても一緒じゃない?」
その通りなのだ。
魔素鎮めを完了させるまでのスピードは魔泉の規模、魔素鎮めを行う場所、参加する人数――というよりも彼女たちが持つ精霊の力の総量――によって変わる。
だから魔素鎮めを行う場所という要因は全員でやることでカバーできる。
魔素鎮めの最中は無防備になるので、何かが出てきた時に対処できなくなるが。
「全員でやる必要はありません。少し時間が掛かっても、いいじゃないですか」
コウカの挙げた案は、有事の際に動けるメンバーを残して魔素鎮めをするという最初の案と2番目の間を取ったような案だった。
その分、時間は掛かるが安全性は最も保障されるだろう。私もそれが現状では最もいい方法だと思っている。
だがコウカの案で決まりそうになった時にシズクが待ったをかけた。
その隣にいるヒバナも予想していなかったのか驚いている。
「み、みんな、想定が甘すぎる。相手の正体が分からないのに……か、簡単に決めちゃだめだよ」
「なら、どうするんです。相手の正体を確かめるためにわざと誘き寄せたりでもするつもりですか?」
「……ううん。あ、あたしが探ってみる。水の中なら、あ、あたしはノドカちゃんみたいにできるから」
シズクがやろうとしているのは、湖の中に魔力を通して水中の様子を探るということだろう。
ノドカが風で索敵するように、シズクは水を使うのだ。
でもそれは言葉で言うほど簡単ではない。
ノドカの魔法でもしっかりと様子を探れるのは100メートルくらいが限界だ。それ以上は大まかな動きしか分からないらしい。
この湖は当然、そんな小さなスケールではない。
水深だって、どれだけあるのか分からないのだから相当な集中力と魔力制御技術が必要だし、シズクには大きな負担がかかってしまうだろう。
でも、相手の正体が分かるに越したことはない。いないと分かれば、それはそれでいい。
「わかった。だったら私も一緒にやる」
シズクと私の2人でやれば、1人あたりの負担は相当減らせるはずだ。
「ゆ、ユウヒちゃん……うん、お願い」
力強く頷いたシズクが湖の中に手を入れたので、私は自分の手を彼女の手に重ねた。そして魔力を彼女の水の魔力と調和させる。
私の魔力制御はシズクには及ばないが、それでもないよりはマシだろう。
「正確な動きを知る必要はないから、極力薄く広げていこう」
シズクが私の言った通りに水中へ魔力を薄く広げていく。
この魔力の加減を間違えれば、もし何かいた場合に相手に感づかれてしまう恐れだってある。
魔力はどんどん広がっていくが、私はシズクの制御に付いて補助をするのでいっぱいいっぱいだ。
「弱い反応ばかり……? 違う、もっと深く……」
次にシズクは横だけではなく、より深い場所まで探るようにしたようだ。
「ふぅ……」
そこで初めてシズクが深い息を吐く。
探知範囲を広げると、それだけ負担が一気に増加してしまうのだ。
探知だけに集中できているおかげでまだ大丈夫ではあるがまだまだ湖は広い。
――より広く、より深く続いていく。
苦しい。今にも維持している魔力バランスが決壊してしまいそうだ。
シズクにも相当な負担が掛かっていそうだが、それでも彼女は集中を保ち続けている。
「マスター、シズク、もう……」
「声を掛けちゃ駄目よ、集中を乱さないであげて」
コウカとヒバナの声が聞こえるが、今はその内容を把握する余裕すらもない。
――そうして、さらに探知範囲を拡張した時だった。
「……見つけた」
長らく口を開いていなかったシズクが、静かに呟いた。
それからじっくりと見つけた何かの様子を探っていく。
「大きい……これって……」
「シズク姉様、分かったの?」
「待って……水流が……気付かれて――ッ!? みんな伏せて!」
勢い良く振り返ったシズクが青ざめた様子で叫ぶ。
私が咄嗟にシズクの体を抱きかかえるようにして地面へと伏せた直後、轟音が鳴り響いた。
水飛沫が雨のように降り注いできて、私たちの体を濡らしていく。
――やがて轟音が鳴り止んだ時、振り返った私は目の前に広がる光景に愕然とすることになる。
「山の表面が、抉られて……!?」
まるで1本線を引いたかのように緑色だった山の表面が削り取られていたのだ。
「なに、これ……!?」
「す、水龍だよ……。最初からあたしたちの存在に気付いて……潜んでいたんだ、この湖の底で」
シズクが震えながら、敵の正体を口にする。
――水龍。それが今攻撃してきた敵の正体だというのだろうか。
山の表面を抉った攻撃、その正体は高圧力の水流――水流波だった。
「りゅ、龍種はだめ……っ」
「分が悪いわ! ここは――なっ、もうあんなに近くに……!?」
残念なことに逃げるという選択肢を取らせてくれる相手ではなかった。
大きな水飛沫と共に水龍が私たちの目前、100メートルほどの水上にその姿を現したのだ。
目測10メートルはある身体は青銀の美しい鱗に覆われている。そして水龍は私たちのことを完全に捕捉していた。
撤退しようとしても、周囲が山に囲まれているここから逃げようとすれば山を登らなければならない。だというのに、相手は山をも削る攻撃手段を持つ相手だ。
到底、逃げられるような相手ではないことは明白なのだ。
だが戦うにしても相手は水中戦のエキスパートでありながら、陸上への攻撃手段も併せ持つ相手でもあり、相性が悪すぎるとしか言いようがなかった。
その水龍がゆっくりと口を開く。
また水流波による攻撃をするつもりなのか。
「あれをもう一度撃たせるわけにはいきません! ダンゴ、私をアレに向かって思いきり吹き飛ばしてください、マスターたちはその間に立て直しを!」
「え、えぇ!? 吹き飛ばすって……」
怯えてしまって動けないシズクと突然の出来事が多すぎて頭の回っていない私に代わり、コウカが全員を仕切る。
――だが、吹き飛ばすって何をするつもりなんだ。
「ほ、本当にいいの?」
「時間がありません、早く!」
「わかった、やるからね!」
そう言って、ダンゴは盾の代わりに魔物から奪った棍棒を取り出して構えた。さながら野球のバッターのように。
棍棒の上にコウカが飛び乗るが、ダンゴの腕はコウカの体重ごと軽々と棍棒を支えていた。
「行くよ!」
ダンゴが叫び声と共に棍棒を振り抜くと、その上に乗っていたコウカは勢いよく水龍へと投げ飛ばされる。
そして彼女はそのまま――水龍の首へと激突した。
激突した瞬間、衝突部分から大きなスパークがまき散らされる。
水龍の身体が少し傾き、口から勢いよく放たれた水流波は空高く水柱を立てた。
その水が雨のように辺り一帯へと降り注ぐ。勢いさえ殺してしまえばただの水だ。これを浴びたところで害はないだろう。
それよりも――。
「コウカは!?」
――水中戦も空中戦もできないのに、あんな無茶をするなんて。
水龍の元に近付いたのはいいが、足場がないのだったら戦えるわけがない。
だが私が正面に目線を移した時、コウカは水の上を飛び跳ねながら水龍の身体に剣を振るっていた。
そう、どういうわけか水上で戦えていたのである。
よく見るとコウカが着水する瞬間にその足元から魔力が放出されているのが分かる。もしかしてあれで一瞬だけでも足場を作っているというのだろうか。
とはいえ、しっかりとした足場ではないので踏む込みが効かないのか、斬撃が水龍に通っているようには見えない。
その上コウカが通ったすぐ後を水柱が追うように噴き上がっていく。おそらく、あれは水龍の攻撃だろう。
そして水柱を回避し続けていたコウカに水中から水龍の爪が切り裂かんとばかりに振り上げられる。
あの子はなんとか剣で防いだようだが、その衝撃で空中に打ち上げられてしまった。
コウカは空中で態勢を立て直した直後に水龍の身体を蹴り、こちらへ戻ってこようと試みている。
だが陸地までは100メートルほどの距離があった。蹴りの勢いだけでは到底戻ってこられるような距離ではない。
「ダンゴ、岩を飛ばして! 大きさは適当でいいから! コウカなら空中でそれを足場にできる!」
「え……えぇっ!?」
自分でも言っていることが滅茶苦茶だと思うが、足場がなければ作ってあげるしかない。
ノドカの風ではコウカの身体を支えられないから、頼れるのはダンゴしかいないのだ。
ダンゴは驚きながらも私の言った通りに岩を作ろうとしてくれたので、調和の魔力で生成を補助する。
そして完成した1メートルサイズの岩をコウカの近くを狙って打ち出した。
「コウカ、それを足場にして! ダンゴ、もっと作るよ!」
コウカは空中で態勢を立て直しつつ、飛んでくる岩を器用に蹴ることで陸地へと戻ってこようとする。
だが水龍が見逃してくれるはずもなく、大きな咆哮を上げながら彼女へと近づこうとしていた。
そうして距離が縮まったことでわかったが、水龍の首には黒い焦げ跡がある。多分最初にコウカが攻撃した跡のようだが、それほど大きなダメージは与えられていないみたいだ。
また、それ以外に傷がないことからその後の攻撃は通ってなかったと見てもいいだろう。
「マスター、少し無茶をします! でも、信じてください!」
途中からまた水上を飛び跳ねるようにして陸地まで戻ってきていたコウカに私は問い掛ける。
「何をする気なの!?」
「あれを一撃で仕留めます! ダンゴ、もう一度わたしを打ち飛ばしてください」
「またぁ!?」
ダンゴが驚愕の声を上げるが、身体は既にコウカを打ち上げる準備をしていた。
これ以上何をするつもりだというのだ。一撃で仕留めるなんて、そんな方法が……。
――いや、あるじゃないか。昔、圧倒的に格上の相手だったオーガジェネラルを倒してみせた攻撃が。
あの時のコウカは1度目の進化を迎えたばかりだった。それなのにBランク相当の魔物だったオーガジェネラルを倒してみせたのだ。
今のコウカの力はあの時とは比べ物にならないほど増しているはずだ。きっと、さらに威力を増したあの攻撃なら水龍すらも倒せる。
だが、あの攻撃には明確な弱点が存在したはずだ。術式の構築に非常に時間が掛かるうえに、それが完了するまでほとんど何もできないという弱点が。
相手に察知されてしまえば、妨害されるか簡単に避けられてしまう。
私はみんなと一緒にダンゴによって打ち上げられていったコウカを見送る。
「何か策があるのね?」
「うん……でもそれには時間が必要なんだ。それに水龍の注意をコウカから逸らす必要だってある」
そうは言ったものの、水龍の視線は完全にコウカを狙っている。
水龍の周りの水が浮かび上がり、幾つもの球が形成されていた。それらは、まっすぐにコウカへ向かって飛んでいく。
――水龍は魔法も使うのか。
それはどこからどう見ても魔法だった。
シズクがよく使っている魔法のスケールを大きくしたようなものだが大きくなった分、勢いは増している。
空中を移動しているとはいえ、今のコウカは無防備だ。危うく衝突してしまうかと思った――その時だった。
突如飛来した火弾によって、水球は爆散する。
次に水龍が恨めしい目を向けるのは私たちだ。
「それしかないんだったら……それに賭けるわ。シズもやるわよ!」
「……うん! み、水魔法だったらあたしの方が上のはずだから!」
そして、水龍が私たちの方を見ている隙にその頭上を通り過ぎていったコウカは――水中へと逆さまに落下していった。
――本当に信じても大丈夫なんだよね、コウカ?
胸のうちに燻る不安は消えないが、それでもあの子を信じて戦い続けるしかない。
「ユウヒ、私もシズも支援は必要ないわ。魔力制御が一番下手なダンゴの補助をしてあげて!」
ヒバナの魔法を調和の魔力で強化しようとしたが、そんな彼女からの言葉によってそれは断念する。
たしかにヒバナの火魔法もシズクの水魔法も相手との相性が良くないため、水龍へと攻撃が当たっているものの大したダメージを与えられていない。だから今は水龍が放つ魔法を迎撃することに徹している。
ノドカもそちらを防ぐことに注力しているようだ。
「なっ、ヒバナ姉様! ボクは下手なんかじゃ……」
「どちらにせよ、現状ではあなたの魔法が一番の有効打になり得るのよ、ダンゴ!」
だがダンゴが持つ地属性の質量的な攻撃であれば、相性など関係なく相手にダメージを与えられるはずである。
相手から近付いて来てくれるというのも僥倖だった。こちら側の攻撃は当たりやすくなるし、水深が浅くなっているので相手は潜って回避することができない。
それに、水上に体を出している状態だとその動きも鈍ってしまうようだった。
「なんだか、あんまり強くないね」
ダンゴがボソッとそんな言葉を漏らした。
たしかに攻撃の一つ一つは脅威であり、こちらの攻撃だってあまり通らないのだが、愚鈍にも私たちへの接近を試みては不利なフィールドに自分から突っ込もうとするなど、龍という割には少々拍子抜けではある。
シズクも先程までの取り乱しようが嘘であったかのように、今では冷静に対処できている。
「……た、多分、本当に生まれてすぐなんじゃないかな……」
予測よりも早く発生したスタンピード。それがこの水龍が生まれた影響なのだとしたら容易に説明ができる。
生まれたばかりの水龍が湖の中にいる魔物やその周囲にいる魔物にいる魔物を無差別に攻撃したのだろう。
そしてその脅威から逃れるためにどの魔物もこの湖に近付かなくなり、魔物がこの魔泉から溢れる結果になった。そんなところか。
だが絶対的な種族的格差で圧倒してきたせいで、この水龍はまだ戦う術を知らない。
人間の存在も知らないから、魔法への対処方法もほとんど身に付けられていないのだと予想できた。
「【ロックフォール】」
水龍の頭上に構築された魔法術式から、1メートルから2メートルの疎らな大きさの岩が複数、降り注ぐ。ダンゴの魔力に調和の魔力を混ぜ合わせて作った強力な魔法だ。
水龍は水魔法を全て岩の迎撃に宛てはじめる。
それに加えて水掻きのついた腕も使って捌こうとするが、数が多すぎて次第に防ぎきれなくなっていた。
大きな岩が次々と水中に落下していくため、水龍の姿は水飛沫でほとんど見えなくなる一方、水龍が近付いて来てくれたおかげでコウカの潜った地点には直撃しないので、誤射の心配はない。
水の流れの変化は心配だし、そもそもコウカが潜り始めて1分くらい経っているのも心配ではあるのだが。
幸いにして、コウカとの魔力経路は繋がっており、そこから魔力が次々と供給されていっているので攻撃の準備をしていることを依然として感じ取ることができていた。
「流石にこれは効いたよね!?」
「……う~ん、まだまだ~元気そう~」
ダンゴの魔法が終わるまでの間、完全に足を止めてしまった水龍には大きな傷は見えないものの所々体表の鱗が剥がれ落ちている。
「う……自信あったんだけど……」
「もともと時間稼ぎが目的でしょ。効果としては十分じゃない?」
ヒバナがショックを受けているダンゴを励ます。
完全に水龍が足を止めてしまっていることから、効果は十分だったと判断できる。
だが水龍の怒りを買ってしまったようだ。
水龍が咆哮を上げ、その顔をまっすぐにこちら側へと向けてくる。
「まさか、またアレを撃つ気なの!?」
それは水龍が水流波で攻撃しようとする合図だった。
さっきはコウカが居たおかげで何とかなったが今はそのコウカはいない。彼女と同じようなことをできる者はこの場にいないのだ。
相手はもう攻撃準備に入ってしまっている。ダンゴがさっき使ったような魔法をもう一度使うのにも時間が足りない。
だったら――。
「真正面から迎え撃つよ!」
決してそれしか方法がないからと自棄になったわけではない。
みんなの力を合わせれば防ぎ切れると思ったからやるのだ。
「シズと私でできるだけ勢いを殺すわ!」
「うん!」
早速ヒバナとシズクが杖を構えて、残された時間の中で最大限の魔法を準備する。
だが、そこへ状況に見合わないのんびりとした声で待ったが掛けられた。
「その前に~わたくしが~結界を張ります~!」
その時間でヒバナとシズクは、術式の構築をより緻密なものにできるはずだ。
「ええ、それでいいわ。ダンゴ、あなたは最後の砦。その盾でちゃんと防いでよ」
ヒバナも自分とシズク、ノドカだけでは防ぎきれないと考えているらしく、薄っすらと笑みを浮かべて大きな盾を持つダンゴに全てを託す。
「だ、ダンゴちゃん。前に教えたエンチャントだよ」
「姉様……うん、任せて! ボクがみんなを守ってみせるから!」
ダンゴが笑顔を浮かべながら力強く頷いた。
次の攻撃を防ぎきるためには、アンヤを除いた5人全員の役割が重要だ。
その中では最後に受け止めるダンゴもそうだが、勢いを殺すために他の3人の役割も捨て去ることはできない。
だから、私は魔力を4人全員へと調和させた。
「来る!」
水龍の口から水流波が勢いよく飛び出すと同時にノドカが自分の足で大地を踏みしめた。
それは自分が空中に浮かぶための魔法制御すらも全て防御に回したという証だった。
「【リフレクション・ウインド】~!」
温かい風が吹き抜ける。
一見、何も変化がないように見えるが私達と水龍の間に風の結界が形成されている。
それにこの結界は一層だけではない、何層も重ね合わせた強力な結界だ。
風の結界とぶつかり合った水流は少しずつ結界を突き抜けて、陸地へと迫っている。
だが迫ってくるごとに、風の結界によって遮られることで、僅かではあるが勢いを弱めることに成功しているようだ。
そのまま限界まで耐えてみせたもののノドカが私にしな垂れかかってくると同時に風の結界は全て突破されてしまった。
でも、次の準備はとうにできている。
「お疲れ様、ノドカちゃん!」
「あとは任せなさい!」
「【レイジング・ストリーム】!」
「【レイジング・ファイア】!」
シズクとヒバナが背中合わせに並び立ち、それぞれの杖をまっすぐ水流へと向ける。
そして、相手の勢いに負けないくらいの激流と烈火で対抗する。
激流と烈火は渦を形成するように絡み合い、寸分違わずに相手の水流と激突する。
拮抗し、互いに押し合っていた2つと1つの流れはどちらが押し勝っているのか一見、判別が付かないものであった。
「ほんと……!」
「反則……!」
しかし、最初は拮抗していた2人の魔法が次第に押され始める。水龍が1段階、水流波の勢いを上げたのだ。
だがそれでもあの子たちは決して退こうとはしない。
2人は後ろ手で手を繋ぎ合うと、限界ギリギリまで耐えてくれた。
その結果、無理をして出力を上げたのであろう水流波の勢いが通常時よりも弱まっていた。
「姉様たち、後はボクが!」
「ごめんなさい、頼むわ……!」
「大丈夫! シズク姉様に教えてもらった魔法で!」
座り込んで、肩で息をしている2人の前に大盾を持ったダンゴが躍り出る。
彼女は重心を落として大盾を両手で構えると正面から水流を受け止めた。
エンチャントで強化しているのか、あの子の盾は壊れることなく水流を受け止め続ける。
しかし――。
「くぅ……!」
少しずつ、ダンゴの身体が地面を抉りながら後ろへと押し下げられていく。
相手の勢いを抑えきれないのだ。弱まったとはいえ、その水圧は凄まじいものだった。
あの子がその小さい体からはち切れんばかりの雄叫びを上げ、何とか踏ん張ろうとするも状況は変わらない。
――だから、私はそんな彼女の背中を支えるのだ。
アンヤをノドカへと預けた私はダンゴの背中を目掛けて駆けていき、その体を後ろから支える。
私ができるのは決して魔力の支援だけではないはずだ。
「主様……!」
「負けないでダンゴ、もう少し……!」
轟音が周囲に鳴り響く中、私はダンゴを必死に励まし続けていた。
◇◇◇
コウカは水底に潜みつつ、水龍を一撃で倒すための準備をしていた。
深度を増す度に太陽の光すら次第に遮られていくこの水中で、彼女は己の体内に魔力を圧縮し続けている。
――そしてユウヒ達の決死の抵抗が水龍の注意をそんな彼女から逸らし続けてくれていた。
水中にもユウヒ達と水龍の戦闘の音は聞こえていたが、コウカは決してその集中を切らさない。
そして今まさに彼女自身が信じる最強の技が、その鋭利な牙を剥き出しにして敵を貫かんとしていた。
体内に圧縮された魔力と共に外へと溢れ出した電流がコウカの身体からその周囲へ流れると同時に凄まじい勢いで水が泡立ち、眩い光が水中で煌めく。
(――【ライトニング・インパルス】)
その瞬間、水中を稲妻が駆けた。
水を掻き分けながら突き進む稲妻が一瞬で水面にまで到達し、水龍の腹を容易く切り裂いたのだ。
さらに水中でも抑えきれない爆発的なエネルギーがその行き場を求めて吹き荒ぶ。
そして体内を蹂躙する膨大なエネルギーの奔流に呑まれた水龍は全ての力を失い、血を噴き出しながらゆっくりと――崩れ落ちた。