テラーノベル
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とある異世界の野原で1人女優声優の
野口瑠璃子は仕事から帰宅してそのまま寝落ちしていたところ、異世界の野原にいた。
草むらが、ぬるりと揺れた。
「……?」
足元で、水を踏んだような音がする。
瑠璃子が視線を落とした瞬間、半透明の青い塊が、ぽよんと跳ねた。
「……ス、スライム?」
ゲームでしか見たことのない存在が、そこにいた。
小さい。けれど、確実に“敵”だと分かる存在感。
スライムは、ゆっくりと瑠璃子の方へにじり寄ってくる。
「え、待って、待って待って……!」
反射的に後ずさる。
剣も、魔法も、何も分からない。
今の自分は、ただの一般人だ。
「無理無理無理!!」
瑠璃子は踵を返し、全力で走り出した。
背後で、ぽよ、ぽよ、と追ってくる音がする。
――街だ。あそこまで行けば、誰かいるはず。
必死に走り、石造りの街の門をくぐる。
スライムは門の前で立ち止まり、ふよん、と消えるように姿を失った。
「……はぁ……はぁ……」
息を切らしながら、瑠璃子はその場に膝をつく。
街の中は、いかにもRPGらしい光景だった。
防具を着た冒険者、魔法書を抱えた人、荷馬車。
そして、ひときわ目立つ建物――ギルド。
「……ここ、だよね……」
半ば吸い寄せられるように、瑠璃子は中へ入った。
カウンターの向こうに立っていたのは、
落ち着いた雰囲気の受付嬢。
「いらっしゃいませ。冒険者ギルドへようこそ」
その声を聞いた瞬間、瑠璃子はぴたりと固まった。
(……え?)
どこかで、何度も聞いたことのある声。
胸がざわつき、顔を上げる。
「……え……?」
受付嬢も、瑠璃子の顔を見て一瞬目を見開いた。
「……瑠璃子ちゃん?」
「……うえしゃん?」
沈黙。
数秒後、二人は同時に小さく息を吸った。
「「……え!?」」
慌てて周囲を見回すが、誰も不思議そうにはしていない。
この世界では、“声優が異世界にいる”こと自体が、異常ではないかのようだった。
上田麗奈は、すぐに咳払いをして、受付嬢の表情に戻る。
「……こほん。失礼しました。
初めての方ですね?」
「は、はい……さっき、スライムが出て……」
「でしたら、まずはこちらを」
差し出されたのは、一冊の分厚い本と、紙とペン。
表紙には、はっきりとこう書かれていた。
《冒険者ギルド 入門書》
「ギルドに登録するには、必要事項の記入をお願いします。
名前、得意な“声”、経験の有無などを……」
「“声”…?」
瑠璃子が聞き返すと、上田は少しだけ微笑んだ。
「この世界では、声は立派な力ですから」
ペンを握る瑠璃子の手が、わずかに震える。
(……やっぱり、夢じゃない)
こうして野口瑠璃子は、
“冒険者”としての最初の一歩を踏み出すことになった――。
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