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「いい加減にしろ!」
刑事がついに痺れを切らし、怒鳴り声を上げた。現場の緊迫感を無視してクッキーを齧り、あろうことか内部犯がいるなどと毒を吐く柊に対し、刑事たちの忍耐は限界に達していた。
「これ以上、現場を混乱させるなら退席してもらう。……ひろみさん、まずは手順通りに進めましょう。四千万という大金、すぐに現金で用意するのは難しいはずだ。銀行に連絡し、警察の指示に従って——」
「……あの、それなら」
ひろみさんの隣にいた義弟の佐藤が、パツパツのスーツを窮屈そうに揺らしながら口を挟んだ。
「兄の遺した有価証券がいくつかあります。それを担保にすれば、私の付き合いのある銀行からすぐに融資を受けられるはずです。義姉さん、浩太郎くんのためだ、私がすぐに手配を——」
「後手に回るな」
柊の冷ややかな声が、佐藤の提案を遮った。
「犯人の土俵に乗って金を運ぶのが警察の手順かい? 随分と牧歌的な捜査だね。……安心しなよ。僕にいい案がある」
柊は立ち上がると、迷いのない足取りでひろみさんの前に立った。そして、困惑する彼女の両手を、優しく、しかし抗いようのない力強さで包み込んだ。
「柊さん……?」
「ひろみさん。浩太郎くんのことを頭に浮かべて。……あの子が今、何を見て、何を感じているか。強く、僕に伝えて」
室内の空気が一変した。
柊の瞳からは先ほどまでの不敵な光が消え、まるで深淵を覗き込むような、虚無的で透徹した色へと変わっている。
「柊さん……!」
ひろみさんの瞳に、狂信的な期待が溢れ出す。彼女にとって、これは数年前の「奇跡」の再現だった。
対照的に、周囲の反応は冷ややかだ。刑事たちは「何をふざけたことを」と言いたげに鼻で笑い、ママ友の吉田は、目の前で始まった怪しげな光景にきょとんとして固まっている。
だが、佐藤だけは違った。彼は落ち着かない様子で額の汗を拭い、柊の横顔を、まるで見えない刃物を突きつけられているかのような不安げな目で見つめていた。
「……音がする。水の音だ」
柊が、地を這うような低い声で呟き始めた。
「どこか、水のある場所。……冷たくて、湿ったコンクリートの匂いがする。暗い。浩太郎くんは震えている。……絶えず、低い機械音が響いている。換気扇か、あるいはポンプの音か……」
「浩太郎……浩太郎!」
ひろみさんが、柊の手にしがみつくようにして咽び泣く。
柊の発言からはまだ具体的な場所の情報は分からない。しかし、柊の口から発せられる言葉には、聞く者を無理やり納得させるような、異様な魔力が宿っていた。
「……充分だ。全部わかったよ」
柊は突然、ひろみさんの手を放した。
そして、室内の全員が息を呑む間も与えず、鋭い視線の先にある指を——真っ直ぐに突き出した。
その指が指し示していたのは、金を工面すると申し出た、義弟の佐藤だった。
「犯人は、お前だ」
柊の冷徹な声が、豪邸の静寂を粉々に打ち砕いた。
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