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祖父から退院してほぼ完治したので三人で食事に行こうと声がかかった。
三人で会うのは病室で会った時以来である。
祖父も退院してきて元気に過ごしていると聞いてはいたが、美冬もなかなか会えなくて、会うのは久しぶりなのだ。
そんな声が掛かり、槙野が迎えに来ると言うので、美冬はデザイン室に向かった。
一時期は盗作騒ぎなどでガックリと湿った雰囲気になってしまったデザイン室だったが、美冬が何かにつけフォローすることで、最近は元気を取り戻しつつあった。
そのメンバーがいつものように美冬に服を選んでくれる。
その和気あいあいとした様子に美冬は本当に嬉しくなったのだ。
──みんな、元気になって本当に良かった!
いつものようにあれが似合うとか、こっちが可愛いと美冬はマネキン状態だ。
結局、肩の方が白いレースで下に向かうにつれ、濃いフューシャピンクのグラデーションの花柄の模様の入った珍しい生地を使ったワンピースを選んでもらってそれに着替える。
グラデーションもあり、華やかな服は普段外で着ることは出来ないけれど、こんな時ならば許されるのではないだろうか。
それに踵にリボンの付いたサテンの揃いのヒールまで用意があって、それはカタログ撮影で使ったものだとスタッフはにこにこしている。
本当に服が好きでそれを着ている人を見るのが好きと言う気持ちがたくさん伝わってきて、美冬はこの会社を守れて良かった、と心から思うのだ。
祖父が指定した店は祖父の馴染みの懐石料理で、一昔前まではいわゆる一見さんお断りで政治家などが接待で利用するような店だ。
今はそうではないと聞いているけれど、それでもふらっと気軽に入れるような店ではない。
美冬もこのようにきっかけがないと来店しないお店だ。
槙野はいつものように美冬を会社の前まで迎えに来てくれた。
華やかなワンピース姿の美冬を見て、槙野は目を細める。
「綺麗だな」
「ありがとう」
「服が」
──ぶん殴っていいかしら?
「服も、だな。そんな可愛い顔して見るなよ。キスしてほしいのか?」
「会社の前だからダメ」
「なるほど、会社の前じゃければいい、と」
その頭の回転の早さは別のことに使ってほしい。
「どうぞお姫様」
槙野が美冬のために助手席のドアを開けてくれる。
それに免じて、美冬はぶん殴るのは止めにしてあげたのだった。
「『くすだ』か、久しぶりだな」
「昔よりは敷居が高くないとは言うけどやっぱり庶民が気楽に行けるお店ではないものね」
「そうだよな。それにお祖父さんが予約してくれた個室はいわゆるVIPルームだからな」
「そうなの?」
槙野の言葉通り、仲居さんに案内されたのは門をくぐってお店の中に入ってから、迷子になりそうな廊下をぐるぐるとまわって、何やら奥の方の日本庭園を望むことができるお座敷だった。
挨拶を済ませると祖父がどうぞと勧めてくれたので、外の庭が見える席に座らせてもらった。
「ホント。素敵ね」
「この部屋はなかなか使えないからな」
そんな風に会話を交わしている槙野と美冬を祖父はにこにこしながら見ている。
美冬は祖父に笑顔を向けて首を傾げた。
「お祖父ちゃん、なかなか行けなくてごめんなさい。体調はどう?」
「もう完全だな。先週はゴルフもラウンドしてきたし」
美冬はそれを聞いて呆れた顔を向ける。
一体何が原因で入院をしたと思っているのか。
「ケガしないでよ」
「懲りたからな。それにゴルフをやるのには完全とはいかなくて、OBが出るほどの飛距離は出てないからなぁ」
「もー、なに言ってんのよ」
このまま美冬と話していても怒られるだけだと思ったのか、祖父は槙野に話の水を向ける。
「祐輔くんも今度行こう。君は凄そうだな」
そう言って祖父はゴルフの名門コースの名前を出した。
そのコースの名前を聞いて、槙野も嬉しそうな表情を浮かべている。
「ああ、いいですね。ご招待がある時くらいしか行けないコースだ」
「よし。招待してやろう。いつがいい?」
祖父が槙野から聞いた日にちを楽しそうにメモしているのを見て、うるさく言うのは止め、目の前の食事に集中することにした美冬なのだった。
食事が落ち着いてきた頃合である。
「で、何かあったらしいな?」
祖父の口元は微笑んではいたけれどその表情は鋭い。
「あ……うん。社内で……」
「うん。顧問弁護士からも話を聞いてはいる。叱ってやるなよ? 昔からの付き合いなんだ。それに美冬が頑張っていた企画が危うかったこともあって、経営に関わる可能性があると連絡してきたんだ」
「そんな、叱るだなんてしないわ」
ふむ、と祖父は腕を組んでいる。
「まあ、祐輔くんがいるから心配はしていなかったがな」
美冬は隣に座っている槙野を見た。
槙野は普通に澄ました顔で、お猪口を口元に運んでいた。
到着してお勧めの酒があるからと祖父がすすめるので飲んでいるのだ。
美冬は止めようとしたが、大丈夫だと笑顔を返された経緯がある。
槙野の事なので、任せておけばいいか……と何も言わなかった美冬だ。
槙野とは時折こういうことがある。
特に何も言わなくても何となく伝わっているような感じだ。
もしかしたら、ちょっとは気が合うのかもしれない。
(いやもう、すっごく合う! とかじゃなくて、ちょっとは! 他の人よりは!)
「美冬? どうした?」
「な、なんでもないっ!」
祖父はそんな槙野と美冬の様子をじっと見ていた。
「私も実のところは今回は祐輔に助けられたって思ってるわ」
「なんにもしてない。するべきことをしただけだ」
「そういうことを自然に言えちゃうところが祐輔のすごいところだと思ってるんだけど」
にっと笑って槙野は美冬を見る。
「それは褒めてる? だとしたら、普通に嬉しいな」
「褒めてます。いいところはいいところだもん」
「結婚については……」
祖父が口を開いたので、美冬と槙野は黙る。
「何か取引でもしているのかと思ったが、そうでもなかったらしいな?」
美冬はぎくん、とする。
確かに最初はそんなこともあった。けれど今は違う。
すると、槙野が机の下で美冬の手をぎゅっと握ったのだ。
(な……なにしてるのよ!?)
「甘やかされたお嬢様かと思えば頑張り屋で、会社の皆にも好かれていて尊敬されていて、俺にはもったいないくらいの人だと思います」
槙野が祖父に向かってそんな風に言うから、美冬も思っていることを言う。
「悔しいけど、私も尊敬してるわ」
「さっきの追加します。意地っ張りなようでいて、素直なところも可愛い」
「そうか……」
そうなのだ。
最初に祖父からのあれほどの突飛な話がなかったら、今、こうして槙野とここにはいなかっただろう。
こうして繋がれている手も、美冬は嫌じゃない。
堂々と祖父の前で言ってくれていることは、嬉しくて、照れてしまう。
祖父はふふっと笑った。
「うん。美冬、知っているか? 狼というのは一生に一匹しか番わないんだ」
唐突に祖父が言い出したことには驚いたけれど、槙野が黒狼と呼ばれている、と教えてくれたのは祖父なのだった。
「一生に、一匹?」
「とても愛情深い生き物でな。番が死ぬともう片方も死んでしまうようなこともあるらしい。一生にたった一人。黒狼なんて呼ばれるのは伊達ではなかったな」
それを聞いた槙野は軽く息を吐いて、美冬の手をぎゅっと繋ぎ直す。