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りいあ
95
#ちぐけちゃ
ここね
68
普通って何?
俺は、可愛いもんが好きや。
ふわふわしたぬいぐるみ。
キラキラしたアクセサリー。
淡い色の文房具。
小さなリボンがついたポーチ。
そういうもんを見ると、今でも自然と目がいってしまう。
でも――
「男の子やのに」
その言葉を聞くのが、俺は怖かった。
俺は男の子。
せやから、可愛いもんが好きなことは「普通」やない。
ずっと、そう思ってた。
でも、本当にそうなんやろか。
***
小さい頃の俺は、何も気にしてへんかった。
可愛いもんを見つけたら、
「可愛い!」
って言った。
欲しいもんがあったら、
「これ欲しい!」
って言った。
誰かにどう思われるかなんて、考えたこともなかった。
そんな俺には、大切な友達がおった。
白くて、ふわふわした羊のぬいぐるみ。
名前は――
「もふちゃん」。
俺がつけた名前や。
もふちゃんは、いつも俺のそばにおった。
朝起きたら「おはよう」。
幼稚園から帰ってきたら「ただいま」。
嫌なことがあった日は、ぎゅっと抱きしめる。
夜になると、
「今日な、こんなことあってん」
って、一日の出来事を話した。
もちろん、もふちゃんは何も喋らへん。
それでも、俺にはちゃんと聞いてくれてるように感じた。
俺にとって、もふちゃんはただのぬいぐるみやなかった。
大切な友達やった。
***
ある日、家族でおもちゃ屋さんに行った。
店の中には、たくさんの可愛いもんが並んでいた。
俺は目を輝かせながら、棚を見ていた。
その中に、淡いピンク色の小さな人形があった。
「これ欲しい!」
俺が指差すと、父さんが少し笑った。
「え? 男の子なのに?」
「……なんで?」
「男の子やったら、こういうのよりロボットとかやろ」
そう言って、別のおもちゃを見せられた。
俺はその人形を見つめた。
ほんまは、あっちが欲しい。
でも――
「男の子やったら」
その言葉が、頭に残った。
「……これでええ」
俺は別のおもちゃを選んだ。
家に帰っても、あんまり嬉しくなかった。
部屋に戻ると、ベッドの上でもふちゃんが待っていた。
俺はもふちゃんを抱きしめた。
「俺、ほんまはあれが欲しかったんやけどな」
もふちゃんは何も言わない。
俺は少し笑った。
「……もふちゃんには言ってええよな」
***
それから、少しずつやった。
「男の子なんやから」
「そんな色、女の子みたいやで」
「もっと男らしくしなさい」
家族からそう言われるたびに、俺は自分の好きなもんを隠すようになった。
ピンクが好き。
紫が好き。
ふわふわしたものが好き。
可愛い服が好き。
でも、それを言わない。
欲しくても、欲しくないふりをする。
ある日、文房具屋さんで淡いピンク色の筆箱を見つけた。
俺はしばらく、それを手に持っていた。
「これ……欲しい」
そう思った。
でも、隣にいた母さんが言った。
「それ、女の子みたいやない?」
俺は黙った。
「……別のにする」
結局、黒い筆箱を買った。
帰り道。
俺は買ったばかりの筆箱を見つめた。
嬉しいはずやのに、なんか寂しかった。
家に帰ると、もふちゃんを抱きしめた。
「……俺、何が好きなんやろ」
昔は、そんなこと考えたこともなかった。
好きなもんは好き。
それだけやった。
***
小学生になって、学校でも同じことが起きた。
俺は昔から女の子っぽい顔をしていた。
大きな目。
柔らかい顔立ち。
よく、
「女の子みたいやな」
と言われた。
最初は気にしてへんかった。
でも、ある日の休み時間。
友達に、
「昨日な、めっちゃ可愛いぬいぐるみ見つけてん」
そう話した。
すると、
「え、ぬいぐるみ?」
「男やのに?」
笑われた。
周りにいた子たちも笑った。
俺も笑った。
「……変やんな」
自分から言った。
本当は、変なんて思ってへん。
でも、そう言ったほうが楽やった。
それから俺は、学校で自分の「好き」を話さなくなった。
可愛いものを見つけても、見なかったことにする。
欲しいものがあっても、我慢する。
「何が好き?」
そう聞かれても、
「別に」
と答える。
そうやって、俺は少しずつ自分を隠していった。
***
そして、中学生になった。
俺の部屋には、今でももふちゃんがおる。
昔より毛は少しへたっている。
何度も抱きしめたせいで、ところどころ形も変わっている。
耳についていたリボンも、少し色あせている。
それでも、俺にとっては大切な宝物や。
ある夜。
俺はベッドに座って、もふちゃんを眺めていた。
「なあ、もふちゃん」
返事はない。
「俺って、変なんかな」
もちろん、返事はない。
それでも俺は話し続けた。
「可愛いもんが好きって……やっぱり変なんかな」
しばらく沈黙が続いた。
俺は、昔のことを思い出した。
何も気にせず笑っていた俺。
可愛いものを見つけて喜んでいた俺。
もふちゃんを抱えて、毎日楽しそうにしていた俺。
あの頃の俺は、自分が「普通」かどうかなんて考えたこともなかった。
「……昔の俺は、楽しかったな」
そう呟いた。
そして、ふと思った。
――いつから俺は、「普通」になろうとしたんやろ。
***
次の日。
学校帰りに、俺は一人で雑貨屋に入った。
店の中には、可愛いものがたくさん並んでいた。
その中に、小さな羊のキーホルダーがあった。
白くて、ふわふわしていて。
小さなピンク色のリボンまでついている。
もふちゃんに少し似ていた。
俺は手に取った。
「……可愛い」
口から自然に言葉が出た。
でも、すぐに周りを見た。
誰かに聞かれてへんか。
笑われへんか。
怖くなって、棚に戻そうとした。
けど――
俺はもう一度、その羊を見た。
昔の俺なら、迷わず「欲しい!」って言っていた。
そのことを思い出した。
「……これくらい、ええよな」
俺はそのキーホルダーを買った。
家に帰って、鞄につける。
そして鏡を見る。
そこには、女の子みたいだと言われてきた俺が映っていた。
でも、昔から何も変わってへん。
可愛いものが好きな俺。
ふわふわしたものが好きな俺。
もふちゃんを大切にしている俺。
変わったのは、俺自身やない。
「男の子ならこうするべき」
「普通ならこうするべき」
そんな言葉を、いつの間にか信じてしまっていたことや。
俺はベッドに座って、もふちゃんを抱きしめた。
「もふちゃん」
小さな声で呼ぶ。
「俺、まだ怖いわ」
誰かに笑われるかもしれへん。
また否定されるかもしれへん。
すぐに全部を変えるなんて、俺にはできへん。
それでも――
「俺、可愛いもんが好きや」
今度は、ちゃんと言えた。
誰にも聞かれない部屋の中。
たったそれだけの言葉。
それなのに、胸が少し軽くなった。
俺はもふちゃんのふわふわした毛を撫でる。
「昔の俺、ごめんな」
もっと早く気づいてあげたかった。
「ずっと好きやったもんな」
もふちゃんを抱きしめる。
そして、少しだけ笑った。
普通って、何なんやろ。
男の子はかっこいいものが好き。
女の子は可愛いものが好き。
そんな「普通」は、誰が決めたんやろ。
俺には、まだ答えは分からへん。
でも――
俺の「好き」を、誰かに決めてもらわんでもええ。
誰かと違ってもええ。
可愛いもんが好きでもええ。
女の子っぽい顔でもええ。
俺は俺や。
それでええんやと思う。
窓の外を見る。
夜の街には、たくさんの明かりが灯っていた。
きっと、あの明かりの一つ一つにも、それぞれの「普通」がある。
誰かの普通と、俺の普通は違う。
それでええ。
俺はもふちゃんを抱きしめながら、静かに呟いた。
「おやすみ、もふちゃん」
今日は、少しだけ自分のことを好きになれた気がした。
コメント
1件
読んだよ〜〜😭💕 もうね、最初から最後まで胸がぎゅーってなった…! 「男の子やのに」って言葉、何度も主人公の心に刺さってて、読んでるこっちまで苦しくなったよ。 でも、もふちゃんはずっとそばにいてくれたんだよね…あのラストの「おやすみ、もふちゃん」で全部報われた気がした🥺✨ 自分の好きを隠さなくていいんだよ、って言われてるみたいだった。 めっちゃエモかった…!続きが気になるよ〜!🫶💕