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「それ、イチョウの葉っぱ?」
「ん? ああ、そっ……イチョウ」
ダチ四人でのフライトを失敗し、挙げ句の果てに怒られ散々だったあの日からもう数ヶ月も経ったというから驚きだ。神津と出会った頃はまだイチョウなんて緑だったくせに、もう黄色く色付いて。空と明智と警察学校時代に約束を交したイチョウの木の下で、俺達は新しい約束をした。「来年も四人でイチョウを見に行こう」という新しい約束。ダチが増えるたびに上書きされていくその約束に、未来の約束に青春時代を思い出して頬がほころんだ。まあ、幾つになっても青春はできる訳だし、明智と神津はそれが遅かっただけできっと、俺達がもっと早く出会っていたら今みたいにバカをやっていたんじゃないかと思う。
家のリビングでくつろいでいると俺の顔をヌッとのぞき込み、空がイチョウの葉を見て不思議そうにいった。
約束をしたあの日、銀杏拾いに夢中になっていた空の銀杏を受け取らなかったのは俺だけだった。匂いがきついのは嫌いだ。茶碗蒸しの下に沈んでいる銀杏も勿論嫌いだ。その事を根に持っているのか、この間空は買い物袋に銀杏を入れて帰って来やがったのだ。それで少しもめたが、最終的には笑い飛ばして喧嘩など無かったことになった。
「平和だなあ」
「うわっ、何、ミオミオ怖っ!」
別に深い意味があっていったわけではないが、オーバーリアクションを取った空を横目に俺は苦笑する。
空は俺の横に座り、肩を並べる。俺達の間に言葉はいらない。言葉は必要ない。言葉は要らない。
ただ隣に座って、ただ笑っていられる。そんな関係に落ち着いている。
平和だといったのは全くその通りで、捌剣市は日々犯罪が起きているため警察がいくらい手も足りないのだ。だが、最近は音沙汰なくあったとしても偽の爆破予告とかだった。巷では、マフィアがどうとか……という話を聞くが、海外のマフィアがこちらに来て何をするのかという話になる。そもそも、捌剣市にはヤクザの拠点があるわけで、その縄張りを荒らしてドンパチするのは相手側も避けたいだろう。
そんなことが起った日には、俺達警察だけで止められる自信がない。
「平和っていいじゃねえか」
「そりゃあ、勿論そうだよ?でも仕事は毎日あるわけで、ハルハルやユキユキ達との時間も取れなくて。ミオミオといる時間も減ってる気がするし」
「同居してんのにか?」
「まあ、体感的な問題。でも、こうして隣にいてくれるから安心できる」
と、空は俺の手を握ってきた。俺よりも小さな手。俺なんかよりずっと強く、繊細な手。俺の手にすっぽりと収まるようなサイズ感で、握っているとその小ささがよく分かる。
この手が、多くの人を救ってきたのだと思うと、なんだか誇らしくなる。
まあ、俺負けてねえけど。
「んじゃあ、久しぶりに明智達に会いにいくか?」
「おっ、いいじゃん。サプライズ?」
それはちと、ちげえと思う。と俺は答えつつ身体を起こす。握られたままの手は少し熱いようにも思える。
そうして、よっこらせと身体を起こしたところでスマホのコール音が鳴り響く。一瞬明智かと期待したが、彼奴はそんな連絡してくるような奴じゃねえし、二年も音信不通だったことを思い出し、俺はスマホの画面を確認する。表示されていたのは職場の上司だった。
「嫌な予感再び?」
「お、おぅ……」
休みの日に限って連絡が来るのはもはや慣れてしまった。恒例行事と言っても過言ではない。
俺は、そう思いながらも億劫で、数秒その指をスマホに置くことが出来なかった。嫌な予感というのは相変わらずに的中するものだから。だが、こうしていても拉致があかないと取り敢えず電話に出る。
「はい、高嶺です」
『高嶺ぇ! 今すぐ出れるか!? こっちはパトカーが二台やられてんだ』
キーンと耳をつんざくような声が響き、思わず耳からスマホを離してしまった。その拍子にスマホを手から落としそうになり、間一髪の所で持ち直す。
何でも上司はかなり緊急事態のようで、全く何がそこで起っているのか理解が出来なかった。だが、パトが二台やられたということは何かの事件を起こした犯罪者を追っているという事だろう。だが、二台もやられたということは手練れということか。
ただの犯罪者ではないような気がし、ドクンといやな胸鳴りがする。
会話の最後まで上司が落ち着くことはなかったが、要約すればとある路地裏で薬か何かの取引をしているところを発見し取引相手は捕まえたが一人逃してしまったということだった。曰くその逃がした奴がマフィアだったとか。それで、追いかけたがまかれてしまい応援を要請する……と言うことらしい。
全て聞き終わり電話を切る頃には、頭が痛くなっていた。状況があまり整理できていない。
(マフィア……マフィア?)
聞き慣れない単語のくせに、妙に血の気が引いて思考速度が落ちていっている気もした。
「ミオミオ」
「……ッ、な、何だよ。空」
「いくんでしょ?」
と、スピーカーにしていたため状況を把握している空がMR-2の鍵を見せながら行ってきた。空を巻き込むつもりはなかったのだが、運転できない俺にはどうしようもない。本来ならパトを借りるべきだがそんな時間も無いだろう。
俺は空を見た。
「いいのか?」
「何が?」
「……いいや、何でもねぇ」
「いいよ、ミオミオ。オレはミオミオとなら何処でもついていくから」
その優しい笑顔と、言葉に甘えてしまう俺は、相当頼りない男なんだろうなと、スーツを羽織り玄関の鍵を閉めながら思った。
(巻き込みたくねえとか、エゴなんだろうけど……でも、確かに彼奴と一緒なら何処へでも、何でも出来る気がする)
俺はそう思いつつ、巻き込みたくないとか思ったくせに一応と明智に連絡を入れ助手席のドアを開けた。