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「トヨタGR86!かっけぇ~車の格好良さとドラテクだけは褒めたいところ」
「おいおい、相手はマフィアだぞ。んなの褒めてどうすんだよ」
ETCを通り抜け、犯人の車を追跡していた。どうやら犯行現場からかなり離れており、追跡している車は俺達以外いないらしい。まあ、二台もパトがやられちまったんだから仕方ないと、けが人がいなければいいと俺達は目の前の敵に集中することにした。
トヨタGR86と空のいった派手な黒いスポーツカーに乗って逃亡中の犯人は一体何処に行こうとしているのだろうか。ナビを見る限りこの先は渋滞があり、その先にしかインターチェンジがない。
「袋小路に追い詰められるね」
「そう簡単か?」
「ん~いや、可能性の話をするとね……」
確かにこのまま行けば犯人を追い詰められるが、追い詰められた犯罪者が取る行動は異常なため気は抜けない。それに、警察を何人もまける犯罪者だ。それくらい視野に入れているだろう。だから、俺は空のいう「可能性」が嫌なぐらい思い浮かんだ。
上司から得られた情報は限り無く少なく、取り敢えず捕まえてから事情聴取だという話になり、俺達はただ「薬の取引をしていたマフィア」ということしか分からず追いかけている状況になっている。だが、俺なりに調べてマフィアといえば「Purgatory Apostle」という海外の組織がヒットした。直訳すると煉獄の使徒。かっこつけた名前だと思いつつ、その手口がどうも俺の母ちゃんを殺したときの手口と似ていたため心の中に鉛のようなものがたまっていく。もし、その犯人を捕まえることが出来たら数年前のあの事件について何か手がかりが掴めるんじゃないかとも思った。だから、躍起になっていたのもある。
海外の組織のため、一般的な警察じゃ専門外だし、深追いは危険だと分かっている。だが――――
「……あれ、明智達だろ」
「ほんとだ! うわぁ~バイクかっけぇ」
ふと顔を上げれば、そこに見慣れた格好の二人組がバイクにまたがり走っていた。先ほど応援を頼んだ明智だった。明智が運転できたかはよく分からなかったため、取り敢えず連絡を入れたが、まさか神津も来てくれるとは思わなかった。俺は、窓を開け声をかける。
「おう、明智、神津。よく来てくれたな」
「全くさ、一般人巻き込んでいる自覚あるの? みお君」
「わりぃ、わりぃ。まさか、神津まで来てくれると思わなくってな。さんきゅー」
ヘルメットの下からでもむすくれた、怒ったような声色が聞えたため、きっと顔もそうなっているんだろうなと思いつつ、俺は神津に感謝の言葉を述べる。そういえば、神津は空と話が合うくらいにはバイクに詳しかったと思い出した。何だか、取り残されたようで嫌な気もしつつ、これなら二手に分れることが出来ると「可能性」を考えたときどうにかなりそうだと思った。
そんなことを思っている間に、空と明智は空の車MR-2の話になっており、また置いていかれたなあと、空の乗り物好きとダチの会話に混ざれない虚しさとの板挟みになっていた。好きな話をしているときの空の顔は可愛いからだ。まあ、今はそんなことよりも……
「だが、この高速道路って確か海岸沿いまでいくよな。港がある……そこで待ち合わせとかしてるんじゃねえか?」
「あり得るな。まあ、逃がす気はねえけど」
「まあ、オレのMR-2を見せたいってのも、ドラテクを披露したいのも勿論そういう私的な理由もあるけど、ハルハルの腕が必要になるかも知れないって思って。ほら、マフィアだし、何か武器持っていたら嫌じゃん。確実に、制圧できないといけない。警察学校で学んだでしょ?」
犯罪者は確実に制圧しないといけない。そうでなければ、周りに危害が及ぶ可能性があるからだ。
嫌というほどたたき込まれてきたそれは、勿論今でも生きている。どんな手を使ってでもあの車を止めなければならないという警察官の意思が俺達を今動かしている。明智も辞めたとは言えその意識は根強く残っている。
「じゃあ、そろそろ追いつかなきゃ。あまり離れられると、あれだからね!」
そう言いながら、空は思いっきりアクセルを踏んでタイヤを鳴らす。危うく舌をかみかけ引っ込めるが、普段なら確実に速度違反で捕まっているだろうと思う。パトライトをつけないのは、追っているが一応相手にバレないためである。
だが俺達が思っていた以上に、追いかけている奴は厄介で乗用車に車体をぶつけその場でガードレールに突っ込ませた。目の前で事故が起きたことで、周りもパニックになり一気に状況は悪化する。俺達は間一髪の所で急ブレーキをかけ、高速道路上にある、バス停に停車する。ガードレールに突っ込んだ、突っ込まされた車の運転手は気を失っているだけのようだったが、この後玉突き事故にでもなったら危ないと、俺達は人命優先で犯人の追跡は神津達に任せた。だが、この先は渋滞で、空のいった「可能性」が合ったようだった。
空も神津もそれを理解し、勿論明智も理解していただろうが、俺達はこれ以上被害が広がらないよう、そして犯人が逆走してきた際止められるよう待ち構えた。
「まだ、ローン残ってるんだけど」
「俺も出してやっから……な?」
プープーとクラクションの音が大きく聞えてき、彼奴らが作戦に成功したことを知らせるように鳴り響いていた。空はMR-2の中でぶつくさとお経でも唱えるように別れが辛いといっている。あの暴走している車を止めるにはこちらの車を犠牲にしてぶつけるしかないと、そういうことなのだ。まだローンの残っている、空の大切な車をぶつけるのは心苦しいがそれしかないと分かっているために、空は覚悟を決めたようだった。
俺も肩代わりするつもりでいる。
そうして、目の前に迫ってきた黒いスポーツカーを前にMR-2を発進させる空。友に別れを告げるように小さく頭を下げると思いっきりそのハンドルを切った。強い衝撃が車体を揺らし、窓ガラスは粉々に砕け散る。鈍い音とともにぶつかってきた犯人の車はようやく制止する。
見るも無惨になったMR-2から這い出るように出て空は、涙目になっていた。
「ひぐっ……うっ……オレのMR-2……修理代、出るかな」
「いや、それは分からねえけど……」
合流した明智は、空を宥めるようにいう。俺は神津に礼を言うために歩けば、車から出てきた犯人が逃走しようと走り出した。それをすかさず明智が追いかけたが、犯人が懐から取りだしたものを見て、絶句する。神津も気づいたようで、明智に向かって叫ぶ。
(おい、待て、あれは手榴弾か!?)
「春ちゃん、ダメ! 離れて!」
「……ッ!」
不味いと走り出したときにはそのピンは引き抜かれた。
目の前で上がる黒煙に、ゴムボールのように地面にたたきつけられて転がっていくダチを見て、頭の中が真っ白になった。
(――目の前で、目の前で死なれてたまるかよ!)
口より先に身体が動き、俺は転がっていく明智を追いかけた。爆発のせいで吹き飛んでしまったガードレールの先に、あと少しからだがはみ出していれば落ちてしまうような所まで明智は吹き飛ばされていた。景観を重視した海の上の高速道路は周りの障壁がない。そのため、先ほどの爆発によってせめてもの障壁であるガードレール類が吹き飛んでしまい、今にも明智は落ちそうになっていた。犯人の安否を確認する余裕もないほどに、俺は明智を引き上げることだけを考えていた。
何とか気を失わず、腕一本で掴まっているが落ちるのも時間の問題だろう。
腕が痺れてきたといわんばかりに顔をしかめていた明智の腕を俺はやっとの思いで掴むことが出来た。後ろで泣きそうな声で明智の名前を呼んでいる神津の事を考えると気が気ではない。
「おい、死ぬなよ。お前が死んだら誰が神津の面倒みるんだよ」
「たか……ね?」
幽霊でも見るように俺を見るので、思わず笑って力が抜けそうだった。助けに来たのが神津だったら……何て考えていたのかも知れない。
悪かったな、俺で。という意も込めて笑ってやれば、明智は少しだけ眉をひそめた。まだそんな余裕があるなら大丈夫そうだ。
「そんで? 明智、お前いつまでそんな顔してんだよ。引き上げるから、腕上げろ」
「あ、ああ……」
俺に言われ、いつもは素直じゃない明智が、素直に腕を上げる。俺はそれを掴んで一気に明智を引き上げた。此奴食ってんのか? と思うぐらい軽くて驚いた。偏食もしないタイプだったし、食事を残しているところも見たことが無い。まあ細身だなとは思っていたが、こんなに軽いとは思わなかった。
コンクリートの地面まで引き上げると、明智は動けないとでもいうようにその場に倒れ込んでいた。あんな手榴弾を目の前で受けて平気なわけもなく、寧ろこれだけの傷で助かったのが奇跡に近い。あのまま海に落ちていれば高さの問題でまず助からないだろう。それに、今は冬に限りなく近い秋だ。海に放り出されれば凍死してしまう可能性もあるだろう。
そんなことを思いながら、明智の様子を見守っていると俺を押しのけて明智にタックルする勢いで飛びついた亜麻色の髪が見えた。
「俺の事見えてねえじゃん……」
それは先ほど礼を言おうと思っていた神津で、本気で心配だったのか彼も彼で普段は見せない表情を明智に向けていた。
「うおっ……」
「春ちゃん! よかった……生きてる……」
「勝手に殺すなよ……大丈夫だから、な。ちょっと離れろ。全身いてえから」
「やだ、離れたくない」
そんなことを言いながら抱きしめる神津は、自分の力を分かっていないのか、明智は凄いほど背中が反っていた。ありゃ、痛いだろうなと遠目から見ても思う。
しかし、犯人は自殺しちまったわけで、道路も粉々で同収拾をつければいいか、また怒られるに違いないと思った。いえば、明智達一般人を巻き込んでしまったわけだし。
犯人を無傷で制圧、は出来なかったのだ。
「春ちゃん、僕を置いて死なないで。何処にも行かないで」
「何処にも行かないでって、それはこっちの台詞だ。そうだな、死なねえよ。だから、お前も死ぬなよ」
「うん……うん、約束」
(つか、目の前でいちゃつくなよ……)
レス期が終わったのか終わっていないのか不明だが、あの様子じゃ今回のこれでようやく前に進めるのではないかと思った。どっちも意地を張っていて、まあ一0年も離れていればそうなるわな、と言う話でもあるが。
「っけ……助けてやったのは俺だって言うのに」
「まあまあ、皆生きてたんだし。それに、ユキユキはハルハルの恋人だからね。そりゃ心配もするでしょ。だから、今だけは大目にみてあげようよ。ね?澪」
「……しゃーねーな」
ようやく泣き止んだのか、俺の肩をポンと叩き空が俺の隣までやってきた。久しぶりにちゃんとした名前で呼ばれて、むず痒かったが空なりの優しさなのだと感じた。
潮風に煽られ、さっき明智を助けた際にほどけた髪が揺れていた。伸びすぎたし切ろうかとも思ったが、それを空がひょいと掴んだ。
「どーしたよ、空」
「ん? 何か触りたくなっちゃって。ほら、オレって癖っ毛じゃん? だから、ミオミオのつやつやの髪羨ましくて」
「でも、伸びてきたから切ろうかと思ってんだよ」
「えー勿体ない! 将来禿げるよ」
「何でだよ!」
何となく想像してみたが、ハゲた自分をイメージすると何だか悲しくなってきた。
だが、まあ空が切らないでというのであれば、切る必要はないと思った。俺は換えのゴムで申し訳程度に結び直し団子にくくる。
そうしてそんな会話をしながら、俺たちは警察が来るまで現場検証をすることになった。俺達も警察だからな、と本職を一連の騒動があって忘れていたような身に染みすぎていたような感じだった。俺達の目など気にせず抱きあっているバカップルなど放っておいて俺達は潰れた犯人とMR-2を見、警察や救急車、さらには消防車のサイレンの音を聞きながら歩き出した。
結局、母ちゃんを殺した犯人も手がかりもこの後一切分からなかった。