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花宮はぴ
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桃 色 の 誘 い
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花宮はぴさんの第1話、一気に持っていかれたわ……。 「夜10時に嘘をつく」っていうルール、もうそれだけで背筋がゾッとするんだけど、時計塔が13回鳴るあたりで鳥肌立った。 蓮との十年前の約束とか、「覚えてる」って選択する主人公の強さが刺さる。 最後の手紙、“次は誰を忘れる”の余韻がやばい。続きが気になりすぎる。 設定の解像度が高くて、ガチで面白いです🔥
その町では、夜の十時になると、必ず誰かがひとつだけ嘘をつく。
それは昔からの決まりだった。
理由を知っている人はいない。
ただ、夜の十時を過ぎてから交わした言葉の中に、ひとつだけ「本当ではない言葉」が混ざる。
それを見破ってはいけない。
見破った人間は、次の朝には――町から消える。
少なくとも、私が生まれた頃から、この噂はそう言われ続けていた。
「……くだらな」
高校二年生の春。
私は自分の部屋の窓から、町を見下ろしながら呟いた。
時刻は午後九時五十八分。
あと二分。
町のあちこちで家の明かりが消えていく。
コンビニの看板。
駅前の街灯。
川沿いの自動販売機。
どれも、夜十時を迎えるために静かになっていくように見えた。
私は昔から、この町が嫌いだった。
海もない。
山もない。
観光地もない。
ただ古い商店街と、やけに大きな時計塔があるだけ。
そして、その時計塔には奇妙な噂がある。
時計の針が一度だけ、存在しない時間を指す。
午前零時でもなく、
午後十時でもなく、
十一時でもない。
「十三時」という、ありえない時間を。
私はそんな話を信じたことがなかった。
――昨日までは。
午後九時五十九分。
スマホが震えた。
友達の美咲からだった。
『今どこ?』
私はすぐに返信する。
『家』
既読。
そして、十時。
町の時計塔が鳴った。
一回。
二回。
三回。
私は窓を開けた。
四回。
五回。
……あれ?
六回。
七回。
八回。
九回。
十回。
鐘が鳴り終わった。
いつもなら、ここで終わり。
だけど。
十一回。
私は息を止めた。
十二回。
そして――
十三回。
町中が、静まり返った。
「……え?」
時計塔の針を見る。
短針は十を指している。
長針は十二。
普通なら、十時ちょうど。
なのに。
時計の文字盤の一番下。
「6」と「7」の間にあるはずのない小さな数字が浮かんでいた。
――13。
私は目をこすった。
もう一度見る。
消えている。
「……見間違い?」
その瞬間。
スマホが震えた。
美咲からのメッセージだった。
『ねえ』
『今日、何か変じゃない?』
私は返そうとして、手を止めた。
美咲から、もう一件。
『今日、私たちって』
『何年生だっけ?』
背筋が冷たくなった。
ふざけている。
そう思った。
でも、すぐに返事ができなかった。
なぜなら私自身も――
自分が何年生なのか、一瞬だけ分からなくなったからだ。
高校二年。
そうだ。
私は高校二年生。
十六歳。
誕生日は――
「……あれ?」
誕生日が思い出せない。
名前。
住所。
家族。
全部分かる。
なのに、自分の誕生日だけが、ぽっかり抜け落ちている。
そのとき。
玄関のチャイムが鳴った。
ピンポーン。
「……誰?」
時計を見る。
十時三分。
こんな時間に誰だろう。
私は恐る恐る階段を下りた。
「お母さん?」
返事はない。
リビングを覗く。
母はいなかった。
「お父さん?」
いない。
家の中が妙に静かだった。
玄関まで行く。
もう一度チャイム。
ピンポーン。
私はドアスコープを覗いた。
誰もいない。
ただ、玄関の前に。
一枚の紙が落ちていた。
白い紙。
そこには、黒い文字でこう書かれていた。
『今夜、嘘をつくのはあなたです』
「……は?」
思わずドアを開けた。
誰もいない。
廊下にも。
階段にも。
エレベーターにも。
誰も。
私は紙を拾った。
裏を見る。
何もない。
もう一度表を見る。
文字が変わっていた。
『見つけた』
ぞくり、とした。
私は紙を落とした。
その瞬間、背後から声がした。
「拾わないほうがよかったのに」
「――っ!」
振り返る。
そこに立っていたのは、知らない男の子だった。
年齢は私と同じくらい。
黒い髪。
白いシャツ。
見たことのない制服。
そして、左手に古びた懐中時計を持っていた。
「誰……?」
「君、名前は?」
「……先にそっちが名乗ってよ」
男の子は少し笑った。
「そういうところ、変わってないな」
「……は?」
「いや」
彼は首を振る。
「なんでもない」
「あなた、誰なの」
「俺は――」
男の子が口を開いた。
その瞬間。
時計塔が鳴った。
一回。
二回。
三回。
私は時計を見る。
「……十時五分?」
男の子は笑っていた。
「違う」
「え?」
「今は十三時五分だよ」
意味が分からなかった。
「何言ってるの?」
「君にはまだ、そう見えるんだね」
彼は懐中時計を開いた。
針は――
13時を指していた。
「この町は、今日から壊れる」
「……何それ」
「正確には」
彼は私を見る。
「もう壊れ始めてる」
その言葉を聞いた瞬間。
家の外から、悲鳴が聞こえた。
私は窓へ駆け寄った。
道路の向こう。
商店街の方から、人が走ってくる。
「助けて!」
「誰か!」
「時計が!」
そして。
時計塔が。
ゆっくりと倒れ始めた。
「嘘……」
巨大な時計塔が、音を立てて崩れていく。
ガラガラガラッ――!
町中に砂煙が広がる。
私は呆然と立ち尽くした。
すると男の子が言った。
「始まった」
「何が……?」
「七日間」
「……七日?」
「七日後、この町から全員消える」
「……」
「君以外」
心臓が嫌な音を立てた。
「私以外って……どういう意味?」
「そのままだよ」
「なんで私だけ?」
「知らない」
「知らないって……!」
私は男の子の胸ぐらを掴んだ。
「ふざけないでよ!」
「ふざけてない」
「じゃあ説明して!」
「できない」
「なんで!」
男の子は、少しだけ悲しそうに笑った。
「俺も七日後に消えるから」
その言葉に、手の力が抜けた。
「……え?」
「だから君に会いに来た」
「どうして?」
「君が俺を覚えていないから」
「……何?」
男の子は懐中時計を閉じた。
「俺たちは、昔会ってる」
「いつ?」
「君が八歳のとき」
頭の奥が痛くなった。
八歳。
その言葉を聞いた瞬間。
何かが頭の中を横切った。
夏。
蝉の声。
古い神社。
赤い風船。
そして――
男の子。
「……嘘」
私は頭を押さえた。
「思い出した?」
「違う……」
思い出したくない。
そんな感覚だった。
男の子は私を見つめる。
「君はあの日、俺に言ったんだ」
「何を……?」
「『十年後にまた会おう』って」
「……」
「だから来た」
彼は笑った。
「十年後だから」
私は震える声で聞いた。
「あなた……名前は?」
男の子は一瞬だけ黙った。
そして。
「――雨宮蓮」
そう名乗った。
その名前を聞いた瞬間。
頭の中で何かが弾けた。
私は知っていた。
この名前を。
ずっと前から。
なのに。
どうして今まで忘れていたのか。
「……蓮」
「うん」
「あなた……死んだんじゃなかったの?」
蓮の表情が止まった。
「……」
私は自分でも驚いていた。
なぜそんな言葉が出たのか分からない。
でも、確かに知っていた。
十年前。
この町で。
男の子が一人、死んだ。
名前は――
雨宮蓮。
「……誰から聞いた?」
「知らない」
「本当に?」
「うん」
「じゃあ、どうして……」
蓮はしばらく黙っていた。
やがて。
「やっぱり、君は覚えてるんだ」
「え?」
「全部じゃない。でも、少しずつ戻ってきてる」
彼は私の手を取った。
「逃げよう」
「どこへ?」
「この町から」
「でも家族が――」
「家族?」
蓮の顔が曇る。
「君の家族って、誰?」
「……お母さんと、お父さん」
「本当に?」
「……」
私は答えられなかった。
なぜなら。
さっきまで普通に存在していたはずの両親の顔が――
思い出せなくなっていたから。
「……え?」
私はスマホを取り出した。
家族の写真を探す。
ない。
写真フォルダには、友達。
学校。
猫。
風景。
でも。
家族の写真だけが、一枚もない。
「そんな……」
蓮が言った。
「消されてる」
「誰に?」
「町に」
「町って何よ!」
蓮は答えなかった。
その代わり。
窓の外を指差した。
「見て」
私は外を見る。
崩れた時計塔の向こう。
道路を歩く人々。
でも。
おかしい。
みんな、同じ方向を向いている。
こちらを見ていた。
何十人も。
何百人も。
全員が。
私の家を見ていた。
そして。
一斉に口を開いた。
「嘘つき」
「……っ」
全員の声が重なった。
「嘘つき」
「嘘つき」
「嘘つき」
私は後ずさった。
蓮が私の腕を掴む。
「走って!」
「どこに!?」
「地下!」
「地下!?」
「駅の下に古い地下道がある!」
「そんなの知らない!」
「忘れさせられてるんだよ!」
私たちは家を飛び出した。
町はおかしくなっていた。
道路標識の文字が読めない。
店の名前が全部消えている。
信号機は赤、青、黄色ではなく。
全部黒だった。
そして。
誰も私たちを追ってこない。
ただ見ている。
笑っている。
まるで。
私たちが逃げることを知っているみたいに。
駅に着いた。
改札を抜ける。
でも、駅員はいない。
「こっち!」
蓮が階段を下りていく。
地下二階。
三階。
四階。
「ちょっと待って!」
私は息を切らした。
「地下鉄ってこんなに深かったっけ!?」
「ここから先は普通の駅じゃない」
蓮は壁に手を当てた。
すると。
壁が消えた。
「……え?」
その先には。
長い地下道が続いていた。
壁には無数の扉。
一枚。
二枚。
三枚。
数え切れないほど。
そして。
全部の扉に名前が書いてあった。
「これ……何?」
「町の人間の記憶」
「記憶?」
「一人につき一つ、扉がある」
蓮は一番手前の扉を指差した。
そこには私の名前が書かれていた。
「……私?」
「開けて」
「嫌」
「開けないと、君は七日後に消える」
「……」
私は震える手でドアノブを掴んだ。
回す。
扉が開く。
中には。
子供の頃の私がいた。
八歳。
赤い風船を持っている。
そして隣には――
「蓮……」
幼い蓮がいた。
二人は神社の階段に座っている。
映像のようだった。
声も聞こえる。
『ねえ、蓮』
『なに?』
『私、大人になったら何になると思う?』
『知らない』
『ひどい!』
二人が笑っている。
私はその光景を見ながら泣いていた。
理由は分からない。
ただ。
懐かしかった。
『じゃあ、蓮は?』
『俺?』
『うん』
『俺は――』
映像の蓮が、こちらを見る。
まるで。
私を見ているように。
『死ぬよ』
「……え?」
私は息を止めた。
映像の私は笑っていた。
『なにそれ!』
『本当だよ』
『じゃあ、私が助けてあげる!』
『無理』
『なんで!?』
『だって俺、もう死んでるから』
映像がそこで途切れた。
「……」
私は何も言えなかった。
蓮も黙っている。
やがて私は聞いた。
「あなた、本当に死んでるの?」
「うん」
「じゃあ今ここにいるあなたは何?」
「分からない」
「……」
「たぶん、君が覚えている俺」
「私が?」
「そう」
蓮は笑った。
「君が俺を忘れたから、俺は消えた」
「……」
「でも君が思い出したから、戻ってきた」
私は涙を拭った。
「じゃあ……」
「うん」
「私が全部思い出したら、あなたはどうなるの?」
蓮は答えなかった。
その沈黙だけで十分だった。
「……消えるの?」
「たぶん」
「嫌」
「え?」
「嫌だよ」
私は首を振った。
「十年前も何もできなかったなら、今度こそ……」
その瞬間。
地下道の奥から。
コツ。
コツ。
コツ。
足音が聞こえた。
蓮が振り返る。
「来た」
「誰?」
「この町の管理人」
「管理人?」
暗闇の向こうから。
一人の女が歩いてきた。
黒い着物。
長い髪。
顔は見えない。
その女は私たちの前で止まった。
「お久しぶりですね」
声は優しかった。
「……誰?」
「あなたは私を知っているでしょう?」
「知らない」
「そうですか」
女は笑った。
「では、もう一度忘れさせましょう」
瞬間。
地下道中の扉が、一斉に開いた。
中から無数の声が響く。
笑い声。
泣き声。
叫び声。
そして。
私自身の声。
『助けて』
『お願い』
『忘れないで』
『蓮を返して』
私は耳を塞いだ。
「やめて!」
女は笑う。
「あなたが望んだことですよ」
「私が……?」
「ええ」
女が指を鳴らした。
景色が変わった。
十年前。
あの日。
私は神社にいた。
蓮と一緒に。
そして。
山から巨大な黒い影が現れた。
私は逃げなかった。
蓮も逃げなかった。
影が私たちを飲み込もうとした瞬間。
蓮が私を押し飛ばした。
『逃げて!』
『蓮!』
『絶対に振り返るな!』
私は泣きながら走った。
でも。
振り返った。
蓮が消えていく。
その瞬間。
私は叫んだ。
『私のことを全部忘れて!』
映像が止まる。
「……私が……?」
女が言った。
「あなたは彼を救うために、自分自身の記憶を捨てた」
「……」
「そして町全体に契約を結んだ」
「契約……?」
「あなたが彼を忘れる代わりに、彼の死をなかったことにする」
蓮を見る。
彼は俯いていた。
「でも」
女が続ける。
「あなたが十年かけて彼を思い出してしまった」
「だから町が壊れた?」
「そうです」
女が笑う。
「記憶は、消すだけでは終わりません」
私は拳を握った。
「じゃあ、どうすればいいの」
「簡単です」
女が言った。
「もう一度、忘れればいい」
「……」
「彼のことを」
「嫌」
「そうすれば町は元に戻ります」
「嫌だ」
「彼も消えます」
「……嫌」
「あなたは一人になります」
「それでも嫌」
女が初めて笑うのをやめた。
「ならば」
地下道の壁が震えた。
「町のすべてを壊してください」
その言葉と同時に。
扉が一枚、爆発する。
中から大量の光が溢れた。
町の記憶。
何千人分もの記憶が。
私たちの上を通り過ぎていく。
私は見た。
知らない人の初恋。
誰かの卒業式。
誰かの家族。
誰かの後悔。
誰かの嘘。
誰かの夢。
そして。
この町が作られた理由。
全部が流れ込んできた。
この町には昔。
大きな事故があった。
たくさんの人が亡くなった。
その中に。
蓮がいた。
でも町の人々は。
その悲しみに耐えられなかった。
だから。
町そのものが。
「忘れる」という力を持った。
悲しいことを忘れる。
苦しいことを忘れる。
死んだ人を忘れる。
嫌な記憶を消す。
そうして。
誰も傷つかない町を作った。
でも。
悲しみを消したら。
幸せまで一緒に消えてしまう。
そして。
人々は次第に。
自分が何者なのかすら忘れていった。
「……そんなの」
私は呟いた。
「おかしいよ」
蓮が隣に立つ。
「うん」
「忘れたら楽になるかもしれない」
「うん」
「でも」
私は涙を拭いた。
「忘れたくないことまで忘れちゃうなら、そんな楽はいらない」
蓮が笑った。
「やっと言った」
「何を?」
「十年前と同じこと」
「……私、何て言ったの?」
「『私が全部覚えてる』って」
私は笑った。
「じゃあ、今度は二人で覚えよう」
「うん」
女がこちらを見る。
「本当に、それでいいのですか?」
「いい」
「町が壊れますよ」
「それでもいい」
「人が消えます」
「それでも」
「あなたも消えるかもしれません」
「……それでも」
私は蓮の手を握った。
「私は、自分が大切にしたものを忘れて生きるくらいなら、全部覚えていたい」
その瞬間。
時計塔が、遠くで鳴った。
一回。
二回。
三回。
そして。
十三回。
町全体が光に包まれた。
窓。
道路。
学校。
商店街。
駅。
すべてが白くなる。
女が消えていく。
最後に。
彼女は微笑んだ。
「では、次の朝に会いましょう」
「……え?」
光が消えた。
静かだった。
地下道には、私と蓮しかいない。
「終わった……?」
「たぶん」
「町は?」
「分からない」
「外、行ってみよう」
階段を上る。
地上に出る。
空が明るい。
朝だった。
町は。
元に戻っていた。
時計塔も立っている。
道路も。
店も。
学校も。
全部。
昨日と同じ。
私はスマホを見る。
日付は。
――八月八日。
昨日から一日しか経っていない。
「……七日後じゃなかったの?」
「そうだったはず」
「じゃあなんで?」
「分からない」
蓮が空を見る。
私はふと気づいた。
「ねえ」
「ん?」
「今日って、何曜日?」
「土曜日」
「そっか」
私は笑った。
そして。
家へ帰る。
玄関を開ける。
「ただいま」
「おかえり!」
母の声。
「おはよう」
父の声。
私は立ち止まった。
ちゃんと覚えている。
二人の顔も。
声も。
名前も。
全部。
私は泣きそうになりながら笑った。
「……ただいま」
部屋に戻る。
机の上に。
一枚の紙が置かれていた。
私は手に取る。
そこには。
『今夜、十時になったら』
『もう一度、嘘をついてください』
と書かれていた。
「……え?」
裏返す。
そこには。
『次は、私が嘘をつきます』
そして。
一番下に。
見覚えのない名前があった。
――雨宮蓮。
私は窓の外を見る。
向かいの屋根。
そこに蓮が立っていた。
彼は私を見ると。
指を口元に当てた。
「しーっ」
その瞬間。
町の時計塔が。
午前八時なのに。
一度だけ。
鐘を鳴らした。
私は思った。
たぶん。
まだ何も終わっていない。
むしろ。
ここからが、本当の始まりなんだ。
そして夜。
午後十時。
町中の明かりが消えた。
誰かが。
ひとつだけ。
嘘をついた。
その嘘は――
「この町には、もう誰も死んでいない」
だった。
そして。
翌朝。
私のクラスから。
一人の生徒が消えていた。
机も。
教科書も。
名前も。
写真も。
存在そのものが。
最初からなかったことになっていた。
ただ一つ。
私の机の中にだけ。
その子が書いた手紙が残っていた。
『お願い。
私のことを忘れないで』
私は手紙を握りしめた。
そして。
教室の窓の外を見る。
校庭の隅。
誰もいないはずの場所に。
黒い影が立っていた。
その影が。
ゆっくり笑った。
「――次は、誰を忘れる?」