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透子ちゃんは人一倍共感性が高く透き通るように優しい人なんだなと感じました。しかしそれ故に脆く、ふらりと崩れてしまいそうな...儚い存在のように感じました...!(誤解していたらごめんなさい🙇!)
産まれた時から一緒だった。
俺が産まれる3日前に、透子は産まれた。同じ病院で。プラスチックの水槽みたいな小さなベッドで、白いタオルに包まれて並んで寝ている写真が、今でも家の玄関に飾ってある。モノクロに加工されて、木製のフレームに入れられて。
家が斜向かいで、三日違いでに子供が産まれたんだ。それだけで親同士は親友になる。透子と俺は、家族同然として一緒に育った。和樹も一緒に。
一緒に『初めて』の飛行機に乗り、一緒に『初めて』の船に乗り、一緒に『初めて』のテントに泊まりバーベキュー、一緒の『初めて』を沢山経験して来た。
「雅彦、泣かないで」
幼稚園児の頃、俺はよく虐められた。体が小さく、言い返さない気の弱い俺は、泣かせて気晴らしをする格好の対象だったのだろう。
だが、何故か虐めて来るのは男子達で、女子達には庇われ助けられていた。庇い助ける、その筆頭が透子だった。
「大丈夫だよ、私が守ってあげるから」
そう言って、よく俺の頭を抱きしめて撫でて慰めてくれた。
他にも色んな事があっただろうに、芋掘りやら餅つきやら、遠足やらの記憶よりも、俺の中の幼稚園児時代の記憶は、透子の柔らかくてスベスベした手腕と、サラリと柔らかい幼児特有の髪の感触と、透子の家のシャンプーと洗濯洗剤の匂いでいっぱいだった。
そんな、守られて当たり前だった俺が変わったのは、小学校に上がって少ししてからの事だった。
クラスで面倒を見ていたハムスターが死んだ。
命の大切さを学ぶ為に小動物を飼う、と言うのはよくある事だろう。一生懸命世話をして愛情を注ぎ、可愛がってあげた命との別れを経験する。
喪失と向き合う強さを養う。それは悪い事では無いのだろうが、30〜40人の無垢な心を1人の担任が正しい方向に導けるか、というと疑問が残る。30〜40人も居るんだから、お互いで慰め合って強くなるんだよ、という教育なのだろうか。
俺には教育者の目指す方向はよく分からないが、ただその時、透子の心が大きな傷を負って大量の血を流していたのは分かった。
透子は泣いていた。他のクラスメートと比べて、段違いの泣き方だった。慟哭と言うのはこういう事なのだろう。
俺はびっくりした。いつも優しく俺を慰めてくれていた透子の手が、肩が、激しく波打つように震えている。恥を忘れ、大声でウワァと泣く透子の姿は、俺を包む力を、もう失ってしまったのでは無いか?と思わせるのに十分だった。
仲の良い女子達に囲まれて慰められている透子を見て、弱く今にも消えてしまいそうな透子を、守りたいと思った。
俺の手で。
その日の下校時家の前まで、透子はずっと何かを堪えた顔をしていた。
「透子、大丈夫?」
まだその頃は、俺の方が背が低かった。見上げた透子の顔は強張っていて、時々口元が震える。泣きそうなのは一目瞭然。
家の前まで着くと、透子の家のドアが開いた。中から和樹が出て来る。
すると、それまで何かを堪え続けていた透子の顔が一気に歪みを増した。クシャッとなったかと思うと、目から大粒の涙を流す。そして透子は駆け出した。
和樹の下へ・・・。
「どうしたの?透子」
そう言う和樹の胸に飛び込んで、再び大声で泣き出した。
「ハムちゃんが、皆んなで飼ってたハムちゃんが」
何度も何度も繰り返して、ハムちゃんと連呼する透子。涙で息が詰まって上手く喋る事が出来なくなっているが、言いたい事は十分に伝わる。
「そうか。辛かったね」
和樹はそう言って透子を抱き締めて、透子の頭を撫でた。甘える猫の様に、和樹の頭に顔を擦り付ける透子。
透子は、俺にそれを求めてくれなかった。俺には、泣いて甘える事をしてはくれなかった。何故なら俺は、透子にとって、自分より弱く、守り助ける対象だから。
変わらなければならない。透子を守れる存在に。まずは、和樹を超えなければ・・・。
それから、俺は泣かなくなった。
中学に入る頃には、俺の身長は170を超えていた。土日や長期の休みを利用して、父方の祖父母を手伝って畑仕事を手伝っていた事もあって、身長だけで無く体全体が大きくなっていた。
「元木君、好きです・・・」
浮いた噂が無いせいか、身長のせいか、理由はよく分からないが、よく交際を申し込まれた。好意を持ってくれるのは嬉しかったが、全て断り続けた。
何故なら、その頃には自分の気持ちをはっきりと自覚していたからだ。
透子とは、相変わらず毎朝一緒に登校し、お互いに帰宅部の為、時間が合えば一緒に下校する。ただそれだけの関係。
だが俺は、ずっと見ていた。透子だけを、ずっと見続けていた。
透子は明るく活発で、仲良くなった環と一緒に、毎日楽しそうに過ごしていた。元々作りの良い顔立ちをしていたが、成長するに連れて、どんどん綺麗になった。
・・・周りの連中も、そんな透子の事をしっかりと見ていた。
透子はモテた。当たり前だ。明るく活発で、可愛らしい見た目と、時折魅せる色気。放って置かれる訳がない。
俺は、なるべく透子の側に居た。他の奴に取られない様に。
登下校が一緒で、何かと一緒に居る俺と透子の事を、周りの連中は誤解してあまり寄り付かなかった。
だが中には気にせず、または気付かずに寄り付く奴も居た。
俺と透子が2年になった頃だった。アイツが現れたのは。