テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
愛愛が苺のように真っ赤に頬を染め、原稿を叩き付けるような勢いで小説原稿を渡した。
「ありがとう。愛の小説、楽しみだよ。これは……」
――読み始めた瞬間、いきなりとんでもない誤字を見つけたような気がしたが……いや、これぐらいならまだ……
家政婦は女子高生 筆者 誤植愛
朝チュンチュンと雀の鳴き声と共に台所の窓に陽光が差し込み、彼女の美しい長い栗毛と可愛いねこ顔を照らしていた。
(朝の後に濁点を付けないと、朝チュンしたみたいな!? これぐらいのレベルなら大丈夫か?)
台所のシンクで豚トンと、まな板を小刻みに何かを切っている制服の下にエプロンを着た女子高生。
(豚丼みたいな用語、なに? トントンか!? 擬音のつもりか!? 初っ端から誤字!? それに制服の下にエプロン着ちゃってる!?)
「田中、インスタの味噌汁だけど、良い?」
(最近のインスタント味噌汁も凝ってるよな。これは間違いなくインスタばえする味噌汁だな!? そうに決まっている! ええっ!?)
「中田じゃないって言ってるだろ……田中だって」
(ここまで誤字脱字は……田中なのか中田なのかどっちだってばよ!)
ポリポリと寝癖だらけの頭を掻いて、ヨレヨレのTシャツを着た少年は女子高生とだいたい同じぐらいの歳に見えた。
「わき毛入りの味噌汁じゃん、なんでネギ切らないの?」
(店員さん。この味噌汁、わき毛、入ってますよ。交換をお願いします! わき毛じゃなくて、わけぎを入れてください!)
中田は立ったまま味噌汁を一気に飲み干して言った。飲み干した後から「あちっ!?」と、下を出して、熱そうにした。
(中田さんだった。下を出したって……舌だよな? ポロン……)
「だって冷蔵庫の中にネギ無いんだもん」
中田は席につき、皿の眼玉焼きを見つめた後、手探りで何かを探す。
(その眼、誰の眼? 誰の眼玉を焼いたんだ! 言え!)
「買い忘れたか? ソースを盗ってくれよ」
(ソースの窃盗犯を見つけました! 至急、誤字脱字課に連絡してください!)
「かけるの? よしお味がついてるのに……」
(よしおさんの味って、どんな味? しお味?)
少し嫌な顔をしながらも、女子高生は冷蔵庫からソースを取り出し、テーブルに置いた。
「この卵に精子をかけても良い! この食べ方が最高なんだ!」
(生死ですよね? 鮭の卵じゃないんで、その玉子に精子をかけても何も産まれないと思います)
中田は目玉焼きの君にソースをめいっぱい振りかけ、真っ黒に染め上げ、パンに乗せて食べ始める。
(目玉焼きの黄身! 目玉焼きの君……目玉焼きの女王みたいな名前やめて!? 食べられているの可哀想だから!)
「昨日の残りのチン毛菜の野菜炒めも食べて欲しいな」
(店主を呼べ! チンゲン菜の野菜炒めにチン毛が入ってるぞ!)
「いらね」
中田は制服に着替え、棚に置いてあったウンコ入りの栄養ドリンクを飲むと、玄関に向かった。
(ウンコじゃなくて、ウコンだよね?)
女子高生も中田を追いかけ、玄関に行くと、恥ずかしそうにモゾモゾする。
「私は後から行くから……仲違、絶対に友達に言っちゃ駄目だからね」
(中田さんから仲違さんにジョブチェンジしました)
「分かっているよ吉野家」
中田はそう言って、吉野の頭を撫でて、外に出ていった。
(あの有名チェーン店の……吉野に家は付きません!)
そう、吉野はナニを隠そう……家政婦なのだ。
(吉野はナニを隠しているんですか? なに? 何?)
誤植愛の誤字脱字をおわかりいただけただろうか? 何を隠そう、これは可愛い女子高生が書いた立派な小説の一部なのだ。そしてこの恐怖の誤字脱字、誤植、間違い、それは何処にでも存在する。何処にでもある店の看板や店内にある値札、可愛い文字で書かれたポップ、ネットニュース、バラエティ番組の字幕、漫画の吹き出し、学校の教科書、無限にあると言っていいだろう。
そう……貴方の書いたメールやチャット、SNSにもきっとあるはずだ。そう! 貴方のスマホのデータの中に!
「え?」
――思わず声が出るくらい、この誤字脱字は酷いものだった。その文章は声を出して読めば、間違いを回避できるレベルではなく、声に出してもその通りの発音で、恐らく文章にしてもワープロソフトの校正にも引っかからずに存在する文章だ。それは奇跡的に誤字が噛み合っていると言ってもいいだろう。例えばこの小説に出てくる最初の文章「朝チュンチュン」と、朝の部分に濁点が無い事で「朝チュン」という単語を連想してしまう。また、「台所のシンクで豚トンと」の部分で、恐らくは擬音だと思うが、トンが豚になっている。他にも「インスタの味噌汁」とか主人公の中田が「田中」になっていたり、わけぎの味噌汁が「わき毛の味噌汁」になっていたりと、あげればキリがない。だが、これは何回か見直しをすれば、視認で確認できるはずの誤字のはずだった。それを愛は見事にスルーしていた。
「愛……これは?」
書也はどうしていいか分からず、持っていた赤ペンが震える。
「や、やっぱり誤字とかあったかな!? ご、ごめんね!? 赤ペンを入れてくれれば直すから!?」
「な、なるほど!?」
現実を受け入れる事ができず、書也は思わず赤ペンを落とし、それを拾おうとし、机に顎を強打し、床に倒れ、気絶した。
「か、書也君!?」
――顎を強打したせいで、脳が朦朧とし、愛の叫ぶような声が遠ざかっていくようだった。そして視界が真っ暗になった。
――そういえば愛の送るレインチャットは誤字脱字で溢れていた。その誤字脱字さえ、愛の言葉遊びや一種のスラングのように考えていた。つまり俺は最初から愛に対しての現実を受け入れられていなかったのだ。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
八雲瑠月
3,936