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第二話 残された簪
銀鈴が死んだ翌日。
吉原は、妙なほど静かだった。
昨夜まで賑わっていた通りには重苦しい空気が漂い、遊女たちもどこか怯えたような顔をしている。
だが、それでも提灯の灯りは消えない。
三味線も鳴り止まない。
吉原は、誰かが死んでも回り続ける場所だった。
「……賊による犯行、だそうです」
店の者が小さく呟く。
「賊?」
朔也は低い声で聞き返した。
「はい……金目当ての……」
「ふざけるな」
空気が凍る。
朔也の目には、明らかな怒りが宿っていた。
「金が目的なら、なぜ何一つ盗まれていない」
銀鈴の部屋にあった金品は、手つかずだった。
着物も、簪も、高価な装飾品も。
なのに。
銀鈴だけが殺された。
「それに、争った跡もない」
部屋はあまりにも綺麗だった。
つまり銀鈴は、相手を警戒していなかった。
顔見知り。
あるいは——信頼していた相手。
その考えに辿り着いた瞬間、朔也の胸が嫌な音を立てた。
「……誰が銀鈴を殺した」
答える者はいない。
皆、目を逸らすだけだった。
夜。
朔也は一人、銀鈴の部屋を訪れていた。
人がいなくなった部屋は、不気味なほど静かだ。
鏡台。
香の匂い。
畳に残る微かな血痕。
どれを見ても、まだ彼女がここにいる気がした。
「……銀鈴」
名前を呼ぶ。
返事はない。
その時。
視線が止まる。
床に落ちていた、一本の簪。
昨夜拾ったものだ。
銀色の細工が施された美しい簪。
だが、吉原のものにしては妙に地味だった。
「誰のものだ……?」
朔也は簪を手に取り、静かに眺める。
すると。
「……それ」
背後から小さな声がした。
振り返る。
そこにいたのは、銀鈴付きの禿だった。
まだ幼い少女。
目元を赤く腫らしている。
「知っているのか」
少女は怯えたように頷いた。
「前に……見たことあります」
「誰が持っていた」
少女は唇を震わせる。
「……言ったら、殺される」
その言葉に、朔也の表情が変わった。
「どういう意味だ」
「銀鈴花魁、最近ずっと誰かに脅されてたんでありんす……」
「脅されていた?」
少女は泣きそうな顔で続けた。
「“余計なことをするな”って……何回も文が届いて……」
朔也の脳裏に、銀鈴の顔が浮かぶ。
最近、彼女はどこか様子がおかしかった。
考え込むことが増え、時折ひどく怯えたような目をしていた。
だが。
何も聞けなかった。
聞いても、銀鈴は笑うだけだったから。
『なんでもありませんよ』
そう言って。
「……他に何か知っていることは」
少女はしばらく迷っていた。
だがやがて、小さく口を開く。
「花魁、亡くなる前の日……あるお客と会ってた」
「客?」
「でも、いつものお客じゃない」
少女の顔が青ざめていく。
「顔を隠してたんでありんす」
朔也の目が細くなる。
「その男を見たのか」
「少しだけ……でも、怖くて……」
少女は俯く。
「銀鈴花魁、その人が帰ったあと……ずっと震えてた」
空気が重く沈む。
やはり。
銀鈴は何かに巻き込まれていた。
ただの通り魔などではない。
誰かが、明確な意思を持って銀鈴を殺した。
朔也は静かに簪を握り締める。
「……必ず暴く」
低い声だった。
「お前を殺した奴を」
その時。
ふわり、と。
窓の外で鈴の音が鳴った。
朔也は顔を上げる。
夜風に揺れる桜。
その奥に。
一瞬だけ、銀鈴の姿が見えた気がした。
「……銀鈴?」
だが次の瞬間には、もう誰もいなかった。
ただ春の風だけが、静かに吹いていた。
#一次創作
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