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#切ない
#長編
草凪葉月🌙⭐️🐈⬛@活休中?
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第三話 花魁の秘密
雨が降っていた。
春の雨。
吉原の屋根を静かに叩くその音が、妙に胸をざわつかせる。
銀鈴が死んでから数日。
朔也はほとんど眠っていなかった。
目を閉じるたび、血に染まった銀鈴の姿が浮かぶ。
笑っていた顔。
「ほんと、変な人」
そう言って小さく笑った声。
全部が頭から離れない。
「……くそ」
朔也は握っていた簪を強く握り締めた。
銀色の簪。
銀鈴の部屋に落ちていた唯一の手掛かり。
あの日からずっと調べているが、持ち主は分からない。
だが。
確実に言えることがある。
銀鈴は、誰かに狙われていた。
「朝倉様」
不意に声がかかる。
振り返ると、そこには銀鈴付きの禿が立っていた。
「……何か思い出したか」
少女は怯えたように辺りを見回す。
「ここじゃ駄目です……」
小さな声だった。
朔也は少女を連れ、人通りの少ない裏路地へ向かう。
雨音だけが静かに響いていた。
「それで」
少女は少し迷うように俯く。
だがやがて、懐から小さな紙を取り出した。
「これ……銀鈴花魁の部屋にあったんです」
朔也は受け取る。
古びた紙。
そこには数字と名前がびっしり書かれていた。
「これは……」
遊女屋の帳簿。
だが普通ではない。
記されているのは、吉原の客だけではなかった。
商人。
武士。
そして——幕府の役人。
さらに、その横には大量の金額。
朔也の表情が険しくなる。
「銀鈴は、こんなものを持っていたのか……」
「花魁、最近ずっと何か調べてたんでありんす」
「何を」
「分からない……でも、“このままじゃ駄目だ”って」
少女の声が震える。
「それで……誰かと揉めて……」
朔也は帳簿を見つめる。
ただの遊女が持つには危険すぎる代物だった。
もしこれが外に出れば。
吉原だけでは済まない。
幕府に関わる人間まで巻き込まれる。
つまり銀鈴は。
“知らなくていい秘密”を知ってしまった。
「……銀鈴は何をしようとしていた」
その時。
「その帳簿を見つけたのかい」
低い女の声。
振り返る。
そこには、店の女将が立っていた。
「女将……」
女将は煙管を咥えながら、静かにため息を吐く。
「余計なことはやめておきな」
「銀鈴はなぜ殺された」
朔也は真っ直ぐ問いかける。
だが女将は目を細めるだけだった。
「知ったところで、お前さんにはどうにもできない」
「答えろ」
「……銀鈴は、馬鹿な子だったんだよ」
雨音が強くなる。
「自分一人で、誰かを救えると思ってた」
「救う?」
「吉原へ売られるはずだった娘を逃がそうとしてたのさ」
朔也は息を呑む。
「銀鈴は、そのために帳簿を使おうとした」
女将は静かに続ける。
「この帳簿には、表に出せない金の流れが書かれてる。もし公になれば困る奴が大勢いる」
「だから口封じに殺されたっていうのか」
女将は答えない。
だが、その沈黙が答えだった。
「……ふざけるな」
朔也の声が震える。
「そんな理由で……銀鈴が……」
女将はゆっくり目を伏せた。
「この場所じゃ、優しい人間ほど早く死ぬ」
その言葉が妙に重かった。
銀鈴は、人を救おうとした。
だから殺された。
あまりにも理不尽だった。
「朝倉様」
禿の少女が小さく袖を掴む。
「お願いです……これ以上は……」
「無理だ」
朔也は即答した。
「俺は、銀鈴を殺した奴を許さない」
その瞳には、静かな狂気が宿り始めていた。
その夜。
朔也は部屋で帳簿を読み返していた。
すると。
一つの名前に視線が止まる。
『天野屋』
大商人の名。
だが、妙だった。
その名前だけ、何度も記されている。
しかも幕府役人との繋がりまである。
「……こいつか」
その瞬間。
ガタン。
部屋の外で音がした。
朔也は素早く立ち上がる。
襖を開ける。
だが、誰もいない。
ただ。
廊下に、一枚の紙が落ちていた。
『これ以上追うな』
短い文字。
そして、その紙には——
血がついていた。
朔也は静かに笑う。
「……脅しのつもりか」
握り潰す。
「だったら尚更、引けないな」
窓の外では、雨が降り続いていた。
まるで、誰かが泣いているように。