御上神社には麗ちゃんがいた。麗ちゃんと話すのは楽しい。他愛もない話を何時間もした。話が途切れない。途切れたとしても、沈黙すら心地よかった。
「椛はさ、前世とか信じる?」突然言われたが、ただの談話だと思った。「うーん。どうだろう。前世があるかは分からないけど、あればいいな、とは思うね。」そう言うと、麗ちゃんは優しい笑みを浮かべて、「そうだね。」と言った。
時刻は18時を回り、私は家に帰った。
料理は昔から苦手だった。でも、仕事で忙しいお母さんを助ける為に図書館へと寄り、料理本を何冊も借りた。お世辞にも美味しいとは言えないけれど、それで少しマシになった。最初こそ家に帰ってきていたお母さんだけど、今となっては何日も顔を合わせていない。別に悲しくはないけれど。だからせっかく練習した料理もしていない。ずっとコンビニの惣菜を買って1人で食べている。でも、私にとっては気楽で良かった。お母さんといると、酷く緊張するのだ。私が悪いのだけれど、背後に立っているだけで身構えてしまう。ご飯を食べる時だって、いつ何を言われるか分からなかった。
それだけお母さんを追い詰めていた。お父さんを殺した私のせいだ。
朝日が昇り、私はまた学校に向かう。途中で明梨ちゃんの家に行って一緒に登校する。明梨ちゃんは本来の明るさを取り戻したようにいきいきしていた。
放課後毎日御上神社に通うようになって1ヶ月が経った。明梨ちゃんには別の友達ができた。私がいなくても行動できるようになった。登下校も別の子とするようになった。良いことだ。友達に恵まれて幸せそうだ。ただ、その一方で、私はもう要らないのかと思ってしまう。いつもそうだった。私は友達がいない子の避難所のような立場だった。私にもそれなりの友達はいるけれど、特別仲のいい子はいない。私には特別な存在がいない。もう慣れたし別に良いけれど、毎回少しずつダメージを喰らっている。
その傷を癒してくれる人が、今、私の隣にいる。そう、麗ちゃんだ。
麗ちゃんは私とたくさん話してくれる。褒めてくれる。私の奥底に隠した承認欲求が満たされていく。
それだけではなく、麗ちゃんと話していると、どこか懐かしさを覚えるのだ。
家に帰ると、珍しくお母さんがいた。
「あ…ただいま…。」
気まずい空気を破る言葉は無かった。お母さんは赤いリップを塗り、派手な化粧を済ませた。
家を出る時も何も言われなかった。もう慣れたことだけれど、それでも寂しさはある。
そして、数年前を思い出す。何を言っても無視され、そのうち私も何も言わなくなった。そして会話ごと消え去ってしまったのだ。
空腹だったのに食欲が無くなり、その日は何も食べずに寝た。
次の日からテスト週間が始まり、私は勉強に一層力を入れた。大学に行く気は全く無いけれど、優等生を保ちたい。
テストが返ってきて、私は心底安心した。
1週間ぶりに御上神社へ行き、麗ちゃんとたくさん話した。そして私は、麗ちゃんの耳についているピアスについて尋ねた。赤く透き通る玉に深緑の紐が付いている。「綺麗だね。どこで買ったの?」と聞くと、麗ちゃんは少しの迷いを見せ、口を開いた。「これはね、凄く、大事な人に貰ったんだ。」
「大事な人…」
麗ちゃんとその人には申し訳ないけれど、私の気持ちは深く沈んだ。麗ちゃんですら、私は特別じゃ無かったんだ。
そんなことを思っていると、麗ちゃんがまた話し始めた。
「あのね椛。今から変な話するけど、良い?嘘だって思うかもしれないけど、本当なの。」
え?と言ってしまったけれど、信じるよ、と答えた。
そして、私は知ることになる。麗ちゃんの悲しい過去を。