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──お墓の前に黙って立ちすくむ彼に、
「お父様と一緒のお写真って、ないんですか？」
と、問いかけた。
「ああ…一枚だけなら、持ち歩いているものが……」
彼がそう言ってパスケースから取り出した写真を、見せてもらった。
それは、御自宅のベランダでまだ小さい彼を抱いて、穏やかに優しい顔で笑む男の人の姿だった。
「素敵なお父様ですね…」
優しげな笑い顔はどこか彼にも似て、面影も残るようだった。
「家族で撮った写真もあまりなくて……これは、お手伝いの方がたまたま撮った写真だったと……」
色が微かに失せた写真を、彼が指で愛おしそうになぞった。
丘を吹き上げる海風に、彼のそばにそっと寄り添って、
「愛してる……一臣さん」
恥ずかしさにその顔を仰ぎ見ることができずに、前を向いたままで口にする。
「何ですか…唐突に」
隣で照れたように笑う気配に、
「これからは、私が、ずっとあなたを愛していきますから……」
胸を込み上げる思いのままを告げると、
「だから、お父様に心配しないでって……」
彼の方へ、俯き加減に顔を向けた。
「ありがとう……。私も、智香、あなたを愛していますので……」
返した彼の目から、不意の涙がこぼれ落ちる。
涙を滲ませ赤くなった目で、無理に笑みを作ったその顔は、整って取り澄まされたいつもの表情とは違って、
だけど、僅かに口元を歪めて泣き笑うその顔は、いつもよりもずっと魅力的で、とても惹かれるようだった……。
彼の腕が私を強く抱いて引き寄せ、
「……私は、愛された記憶があまりないので……愛し方などが、よくわからなくて……」
お父様の墓前に語りかけるようにも言う──。
「だから、受け入れることでしか、人を愛せずに……自分から、愛するようなことができなくて……」
それから、私の顔をつぶさに見つめて、
「そのせいで、あなたにも……あんな風にしか……」
言う彼に、「ううん…」と首を振り、その頬に手の平を当てがうと……
『愛なんて感じられない』と言った私に、『……君に、私の何がわかると言うんだっ……！』と、感情を露わに語気を荒げて、
『どう抱いたら、愛が感じられるのか』を尋ね、そうして『愛情を玩ぶあなたが大嫌い！』と泣き叫んだ私を、
きっと、自分と重ね合わせて、抱き締めずにいられなかったのに違いない……
そんな彼の姿が、頬に添えた手から伝わるように、一気に思い起こされた……。
……いつかは、真梨奈や森川さんが話していたように、この人と共に幸せになれたらと……そんな風にも思っていると、
「……いつか、あなたとの間に子供が出来ることがあれば、母にも会わせられたらと……。
いつか遠い……いえ、そう遠くはない未来にでも……」
まるで心が通じ合ったかのように、彼が口にした──。
「はい……」
一言を頷いて胸に抱きつく。
責め立てた彼が、熱く切なく胸の奥に秘めていた、儚いくらいの心情を感じながら、
きつく抱かれる腕の中で、誰よりも愛しいその人の顔を、
幸せに涙が溢れそうになる瞳で、いつまでも見上げていた……。
end──
※本編終了で、番外編に続きます。
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