布団の中、蓮司の匂いが残っていた。髪の根元に、指の感触がある気がした。
もう、いないはずなのに。
遥は動けなかった。
息をすれば、空気が擦れて喉が痛い。
まぶたを閉じると、あのときの声が耳の奥で反響する。
「おまえが欲しかったんだろ、壊されるの」
違う。
ちがう。
ちがう──そう言いたかった。
けれど言葉はもう、遥の中で重みを持たなかった。
否定するにも、肯定するにも、気力が足りなかった。
(ほんとは──そうかもしれないって、思ってた)
あの瞬間、蓮司に抱かれながら、
身体が反応してしまったこと。
叫びたかったのに、声が出なかったこと。
痛いのに、怖いのに、「嫌だ」と言えなかったこと。
そのすべてが、「自分が欲しかったからだ」と、遥の内側で“結論”になっていった。
翌朝、鏡を見た。
頬に残る指の痕。
喉元の、赤い擦り傷。
枯れた声。
どれも、“犯された”というより、“望んで与えられた”もののように思えた。
自分が欲しがったから、こうなったんだと。
自分から差し出した身体だから、文句なんか言えないと。
そう信じることでしか、保てない何かがあった。
学校では、蓮司は何事もなかったように接する。
教室で交わす言葉も、視線も、まるでただのクラスメイトだった。
けれど──遥は知っていた。
あの目に、すべてを見透かされていることを。
「あの夜のこと、忘れてないよな?」
何も言わなくても、そう告げられているような気がする。
蓮司は、何もしていない。ただ笑っているだけだ。
それが一番怖い。
暴力よりも、脅しよりも──“なかったこと”として扱われる残酷さに、遥の心は裂かれていった。
(俺は、あいつから逃げられない)
怒鳴ることもできない。
拒むこともできない。
訴えることも、誰かに頼ることも、全部──自分の“望み”だったと思っているから。
誰かが「酷い」と言ってくれたらいいのに。
「お前は間違ってない」と抱きしめてくれたらいいのに。
けれど──それすら、望んではいけないと思った。
(もう、触れない方がいい)
(俺は、誰とも関わっちゃいけない)
そう思うことでしか、蓮司に「壊された」ことから目を背けられない。