テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#🌀🌧️⚡️
低気圧
42
2,687
コメント
1件
うわ、今回すごく良かった!耕稔の「丹精込めて世話してたのは、俺なのに」って呟き、めっちゃ刺さったわ。自分が育てた人参が別の誰かに笑顔向けるのって、確かに複雑な気持ちになるよな。兎と人参の距離感が少しずつ縮まってる感じもいいし、耕稔の嫉妬っぽい感情がどう発展していくのか気になる!続き楽しみにしてる🔥
第4話 食欲なのか、恋なのか
「会ってもいい」
人参が言うと、耕稔の眉間に皺が寄った。
「駄目だ」
「どうして?」
「こいつはお前を齧った」
「反省してます」
「黙れ」
「僕は会ってもいい」
「お前は人が良すぎる!」
「人参です」
「お前は黙れっつってんだろ!!」
本人の意思を無視するわけにもいかず、結局、全面禁止ではなく監督付き面会という形に落ち着いた。
「俺がいる時だけだ。距離は二尺。触るのは駄目だ」
「僕がいいと言っても?」
「……手まで」
「手まで!?」
兎の耳がぴんと立つ。
「嫌なら帰れ」
「帰らねえ!」
*
面会は、日照庭の隅で週に数度、耕稔立ち会いのもとで行われるようになった。
最初のうちは、兎も何を話せばいいのか分からなかった。詫びる言葉は初日にもう出し尽くしていたし、体調を尋ねる話題もすぐに底をついた。
それでも兎は通い続けた。
「今日は葉、艶がいいな」
「わかる?」
「わかるに決まってんだろ」
いつからか、匂いを嗅ぐより先に、言葉を交わすようになっていた。腹の奥はまだ人参を前にすると騒ぐ。だが、それだけではなくなっていた。話したい。笑った顔を見たい。次はいつ会えるか、それだけを考えている自分に気づく夜があった。
食欲なのか、恋なのか。相変わらず、うまく線を引けなかった。
*
人参の側にも、変化はあった。
兎が来る日は、来ない日より支度に時間がかかる。耕稔に「今日は葉、いつもより濃いな」と言われても、以前ほど素直に喜べない。誰か別の相手の声を待っているような、そんな自分に気づく。
耕稔からの「美味そうだ」は、いつも通りの労いだった。
兎からの「美味そうだな」は、少し違う響きを持ち始めていた。
*
耕稔が水を汲みに離れたわずかな間だった。
兎が、人参の肩口にそっと手を伸ばす。もう包帯の必要がなくなった場所だった。
「もう、なんともないか……?」
指先が肌に触れる。人参は身を引かなかった。それどころか、少し目を細めて頷いた。
「うん。……平気」
肩に置かれた手はそのままだった。二人の間の空気が、いつもより柔らかい。
戻ってきた耕稔が、その光景を見た。
手にしていた鍬の柄を、無言でぎゅっと握りしめる。
「――気安く触れるな!」
「うわっ!?」
兎が慌てて手を引いたが、人参の方は動じなかった。
「僕たちだって、子供じゃないんだ」
「お前みたいな男に、うちの大事な息子を食わせてたまるか!!」
耕稔が唸る。
「……僕、息子じゃないけどな」
人参が横から、至って冷静に言う。
「うるせえ、今それはいい!!」
「えっ、食うって……どういう意味っすか?」
兎の声が、心なしか上ずっていた。
「そのままの意味だよ!! お前が齧ったんだろうが!!」
「あ……そっちの……」
兎がわずかに視線を逸らす。耳の先が、心なしか赤い。
「それは本当にすみませんでした!!」
「……僕は、嫌じゃなかったけど」
「「お前は黙ってろ!!」」
人参の呟きに、二人の声がぴったり重なった。
*
その日の面会が終わり、兎が帰った後も、耕稔はしばらく日照庭に残っていた。
人参が座っていた椅子。まだ温もりが残っていそうな、そんな気がした。
水やりの道具を提げたまま、耕稔は椅子の前で足を止める。
毎朝、葉を見てきた。土を触ってきた。色が悪ければ原因を探し、根の張りを確かめてきた。
「美味そうだ」と最初に言ったのも、自分だった。
なのに、さっき人参があんな顔で笑ったのは――自分の言葉にではなかった。
「……丹精込めて世話してたのは、俺なのに」
口にしてから、耕稔自身が眉を寄せた。
何を言っているんだ、とでも思ったように。
「……クソッ」
水桶を持ち上げる。
自分でも、何に腹を立てているのか分からなかった。
*
「……ずいぶん、入れ込んでるんだね」
穏やかな声に、耕稔の肩が跳ねた。
振り返ると、汀生が微笑んで立っていた。
「な……いつからそこに」
「今来たところだよ」
汀生は目を細める。
「『息子』、だったかな。さっきの言い方」
「た、たとえだよ! たとえ!」
「そう」
汀生は追及しなかった。ただ微笑んだままだった。その笑みの方が、よほど雄弁だった。
「なんだよ、その顔」
「別に、何も」
耕稔は水桶を抱え直すと、逃げるように日照庭を後にした。
後には、汀生の小さな笑い声だけが残った。
『一口だけの、はずだった』
―終―