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「……あっ。それ今日作ったやつだねー。俺も花音にあげようと思って持って来たんだよ?」
やっと花音の手元にあるマグネットに気付いた響は、そう告げるとニッコリと微笑んだ。
(……え? いや、ちょっと待て。今響のヤツ何て言った? まさか……あれを花音にあげるつもりなのか?)
今日の図工で作ったマグネットは、形は各自好きな物をモチーフに作っていいとの事で、花音にあげる予定でいた俺はウサギにした。図工の授業を思い返した俺は、あの時見た響のマグネットを思い浮かべてみる。
あれは、恐らく人の顔らしきもの。口は大きく裂け上がり、目玉はまるで飛び出しているかのような……。
(何とも不気味な人間……っ、なのか?)
あれではどう見たって立派なホラーだ。
(……っ、冗談じゃない。あんなものを花音にあげるだなんて、怖がらせるだけだろ)
そんな事を考えていると、響がポケットから何かを取り出して花音に差し出した。
(……っ!? ヤバイッ!!)
焦った俺は、二人に向けて咄嗟に口を開いた。
「わぁぁあーーっっ!!!」
「「……っ!!?」」
何事かと、驚きに目を見開く響と花音。
「……っ、ビックリしたー。どうしたの? 翔。急に大声なんか出して」
「それをよこせっ!」
勢いよく響の手を掴むと、その掌の中身を奪おうとこじ開ける。
「…………え、……飴?」
掌の上でコロンと転がる飴を見つめて、俺は小さな声をポツリと漏らした。
(なんだ……飴、か。俺はたかだか飴の為に、あんなに必死な声を……)
ハハッと小さく渇いた笑い声を上げると、チラリと響達の方へと視線を送ってみる。
「翔……これ、花音にあげようと思ったのに……。お兄ちゃんなんだから我慢しないとダメだよ?」
「あ……いや、ごめん。これはあげるよ、花音」
怯えた表情で俺を見つめている花音に謝罪をすると、その小さな手を取って掌に飴を乗せてあげる。
(何やってるんだよ、俺は……っ)
自分の行動を恥ずかしく思った俺は、少しばかり反省をすると小さく溜息を吐いた。
(勘違いして妹の飴を横取りするって……最低だな、俺)
大体、響に振り回されている事自体が解せない。
(何でこんなアホに……っ)
そんな事を一人グルグルと考える。
「はいっ、花音。俺が作ったマグネットだよー? 花音にあげるね」
────!!!
「……えっ!!?」
その声に反応してハッと我に返った俺は、大きな声を上げると響の方へと視線を向けた。
小首を傾げ、ヘラヘラと幸せそうに微笑んでいる響。その視線の先にいる花音を見てみると、怯えた顔のまま固まってしまっている。
視線を少し下へとずらして花音の手元を見てみると、そこにはあの、世にも恐ろしい不気味なマグネットが──。
(っ、……あーーっっ!!? 響のヤツいつの間に……っ!! あんなモノ花音に渡すなよっ!! バカッ!!)
今にも泣き出してしまいそうな花音の姿を見て、焦った俺はとにかくその不気味なマグネットを回収しようとした──その時。
プルプルと小さく震える花音が、ゆっくりと顔を上げると口を開いた。
「これ……、なぁに……?」
か細く震える声を発して、怯えた顔で響を見つめている花音。
「王子様だよー?」
(これ……っ、が……? っ……酷すぎる。これじゃ、どう見たって不気味なバケモノだろ……っ)
花音に向けて伸ばしかけた手をそのままに、ヘラヘラと笑っている響を見てドン引く俺。
「えっ……。おーじ……、さま?」
小さな声でそう呟いた花音は、プルプルと小刻みに震えている掌へと視線を移すと、その上に乗っているマグネットをジッと見つめた。
(そんなモノ見るな、花音! 今俺が──)
パシッと花音の手首を掴んだ瞬間、勢いよく顔を上げた花音。
「……ほんとっ!?」
────!?
キラキラとした満面の笑顔で、響を見上げてそう言った花音。
(…………えっ?)
「うんっ、本当だよー。王子様だよ?」
「わぁ〜っ!! ありがとう、ひぃくんっ!!」
(え……? いやいやいやいや。待て待て、花音。それのどこが王子様に見える?)
未だ掴んだままの花音の手元を見て、その反応に困惑する俺。
(いや、でも……。花音が怖がってないなら……これでいいの、か……?)
不気味なマグネットを見つめながら、俺は思わず眉をひそめた。思わぬ展開には驚きもしたが、結果的に花音は喜んでいるみたいだし、これで良かったじゃないか。
そうは思うものの、目の前の不気味なマグネットを見ているとどうにも納得ができない。
(…………。どう見たってホラーだろ。花音は本当にコレでいいのか……?)
「おに〜ちゃん! ひぃくんがおーじさまくれたよ〜! かわいい!?」
「えっ!? ……あ、ああ、良かったね」
嬉しそうに笑っている花音に向けて、俺は引きつった笑顔で返事を返した。
掴んでいた手首を離すと、そのまま嬉しそうにキッチンへと消えていった花音。どうやら、お母さんに報告しに行ったようだ。
嬉しそうにキャッキャとはしゃぐ花音の声を聞きながら、ホッと安堵の溜息を吐くと隣にいる響へと視線を向けてみる。
そんな俺を見て、ヘラリと笑って小首を傾げた響。
「花音、喜んでくれたね? 良かったー」
(ホントに良かったな、花音が泣き出さなくて。全く……っ、お前といると本当に疲れるよ)
ヘラヘラと笑っている響を横目に、気苦労の絶えない幼なじみ相手にそんな感想を抱く。
その日から、我が家の冷蔵庫には俺の作ったウサギのマグネットと、響の作った不気味なマグネットが並んで貼られるようになった。
それを見て、「かわいい! かわいい!」と嬉しそうにする花音。俺はそんな花音に対して、響のマグネットと同等扱いな事を不満に思い、また、花音自身のセンスをとても心配した。
それでも、花音の手前何も言えなかった俺は、冷蔵庫を開ける度に「どこが可愛いんだよ」と不満を呟いては、響の作ったマグネットを指で弾くことが日課となった。
──────
────
「…………」
冷蔵庫に手をかけた俺は、目の前のマグネットを見つめながらそんな昔の事を思い出す。
(俺はあの時、間違った対応を取ってしまったのだろうか……?)
チラリとリビングの方へと視線を移すと、馬の頭を被った全身ピチピチの白タイツを着た響の姿を眺める。
花音の隣りで、嬉しそうに馬の頭を揺らしてヘラヘラとしている響。
(何なんだよ、アレは……っ。花音、お前の理想の王子様像はアレなのか? あれじゃ、どう見たってただの変態だぞ。本当にアレがいいのか……?)
昔から変わらぬ妹のセンスに不安を覚えると、大きな溜息を吐いて目の前の冷蔵庫を見る。
「全部お前のせいだ、響」
目の前の不気味なマグネットを指で弾くと、俺は今日も小さく不満の声を漏らした。
─完─