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――そうあれは夕刻、逢魔が時の事だった。
ちなみ逢魔が時とは夜へと切り替わる境界線の事。貴公等は学が足りておると信じてはいるが、この先の為にも必要と突然オレが思い付いたのだから、一応のお復習としておこう。
つまりだな、此処は魑魅魍魎が最も活動する時間帯――と云われておる。まあ幽霊や妖怪等、ナンセンスもいいところだがな。オレは見た事はない。
よく人間の勝手な解釈では、猫は人間の眼には見えないものまで見えると信じられているが、まあ解釈の仕方は間違ってはおらんし、根本から間違ってもいる。
在りもしない幽霊のメカニズムを解明したいのか、すぐに都合よく超常現象の類いにもっていきたがるが、少なくともオレの眼に映るのは“神の世界”だ。幽霊等と唯のまやかしに過ぎない。
まあ……至る所に“業”は蓄積されてはおるがね。
これを人間はすぐに『心霊写真だ! 霊感が! 此所は寒気がする……』と勘違いしやすい。
これは生前の残留思念がその地に留まったもの。所謂マイナスの感情だな。特に予期せぬ事故死や殺人等で累積しやすい。
つまり幽霊や霊感の正体は『マイナスブラシーボ効果』なのだ。
人間は兎にも角にもマイナスの感情に流されやすい。つまり感受性が強過ぎる為、この事実に目を背け、都合よく解釈したがる。
分かってしまえばどうと言う事はない。其処に好んで“近寄らなければ”いいだけだ。
残留思念の業は気分良いものではないからな、人間にとっても猫にとっても――。
――つまりオレの特別な『キャッツアイ』は、逢魔が時に於いて一瞬だけその効力が薄れるのだ。
全ての時を制するオーバーレブも、この時ばかりはな……。
屯所外を優雅気儘にひた歩く――その時だった。
気付くのが一瞬遅れてしまったのだ。近所から“バックオーライ”で出てくる、その古ぼけた軽トラの存在を。
“後方不確認”――オレの前方不注意は、これにはあたらぬのは言う迄もなかろう。
どちらに否があるのか等、賛否両論皆無の一目瞭然。比率『10対0』だ。無論、零はオレがな。
軽トラと云えば老人と相場が決まっておる。奴等の思考能力低下は本当に始末が負えぬ。
急に躍り出て来た鉄の塊に、オレの思考も停止。走馬灯が過る間すらなく、身体に伝わる鈍い重圧。
瞬間、世界が反転――っ!
……勘の良い貴公等なら、もう気付いたであろう?
跳ねられてしまったのだよ……車にな。
猫の死亡に至る要因の上位が『うっかり車に跳ねられる』とはいえ、まさか全てを司るオレにその厄災が降りかかろうとは夢想だにしなかったわ。
つまり、これはオレの傲慢が招いた悲劇なのだ。
まだルシファーを浄化してはいなかったとはいえ、所詮『七つの大罪』等とるに足らない事象だった筈だ。
だが結果的にオレは傲慢に溺れてしまった。全くの想定の範囲内とはいえ……な。
――痛み?
そんな事はどうでもよい。
精神は肉体を凌駕する――。だからこそ己自身に打ち勝てなかった事が、悔しくて歯痒くて堪らんのだよ……。
それは“今”でもな――。
――このまま『グッバイワールド』と覚醒した意識の中、不意に幻聴が耳に。
『お前ほしじゃないかぁ!』
遅蒔きながらようやく運転手が異変に気付き、その緩慢な動作で降りてきたのだ。
遅いっ――この間抜けめ、減点だ。
コイツは見た事があった、と言うより屯所の近所なので知らない訳がない。
『えらいこっちゃ!』
この老人はカロンの酒呑み仲間――とは体の良い、唯の酔っ払い。真っ昼間から屯所に訪れては、よくカロンと二人で酒を酌み交わしていたものだ。
酔っ払いはオレの嫌いな人種『ワースト1位』。コイツに限らず、酔っ払いは全てに於いて始末に負えないのは、猫も人間も一緒だ。
『どしょどしょっ!?』
暫しオレの周りを立ち往生――している暇があったら、早く何とかしろ。奴の呂律の回らなさ、いや最初からこれが地なのだが、まさか飲酒運転じゃあるまいな?
焦りで我を忘れているのは分かるが、言葉はよく吟味し咀嚼してから口に乗せろ。オレに限らず猫は人間の一挙一動一声、全てを理解しているのだ。
『てぇいへんだぁ!!』
いまいち大変さが伝わらない死語と共に、オレの身体が重力から離反する。
カロン二号は事の重大さをようやく痛感し、汚らわしいその手でオレを抱いたまま屯所へと駆け出していた。
我を忘れていたとはいえ許可なくオレの身体に触れるとは重罪だが、この状態では抗おうにも抗えぬ。
回復後は『目には目を』――だな……。
************
『ほうれんそう』がしっかりと行き届いたのか、暫くしてから女神達が屯所へと飛んで来た。
言う迄もないが、勿論オレの悲報を聞いて――だ。
『ほ……ほし……』
開口一番、横たわるオレの姿を見た時の女神の心情は計り知れない。
それは文字通り“絶句”。この世の終わりにも等しい表情。
『ほしぃ――あぁぁ!』
そしてアカネが泣き叫びながら、オレの身体を掴んできた。
まあ彼女等が取り乱すのも無理はない。
オレの優雅な毛並みは、至る所に血がこびりついてしまったからな。これではどこぞの野良猫と勘違いしかねないではないか。
こんな無様な姿を二人だけには見せたくはなかったが、起こってしまった事は仕方無い。
委ねよう――“フォーチューンリング”ってね。
それでも彼女等の悲痛な表情はオレの心も痛むので、一言「心配せずともよい」とだけ伝えておいた。
伝わったかどうか定かではないが、オレの普段と変わらぬハスキーボイスに、少しだけ安堵の表情を見せた気がする。
なぁに。見てくれは御世辞にも良いとは言えぬが、深刻になる程大した傷でもない。
だから心配は無用――
そんな安堵感に包まれた空気を、折角オレが造り出した時の事だった。
『ウチに産まれたばかりの仔猫が居るから、それを差し上げます!』
オロオロと平伏するしかなかったかの酔っ払いが、そんな馬鹿な事を提案して場の空気を濁したのは。
コイツは一体何を言っているんだ?
遂にアルコールが脳まで侵食したらしい。もう末期だな。
オレ以下全員が、その虚言に唖然としてしまったのは言う迄もない。
つまりこの酔っ払いは、御詫びとして己の飼い猫を贈呈する事で、今回の件はお茶に濁そうという腹積もりなのだ。
何というナンセンス、もとい禁則事項。
言いたい事は分からんでもないが、人身御供のつもりか? ――と言うよりオレはまだ確かに生きている。これがリアルだ。
それにオレはそんなにも安くはないし、誰の代わりにも――ましてやオレの後釜を勤める事さえ皆無。
馬鹿な事を提案するものだと思った。その浅はかさに失笑が漏れる。
そんな事、オレはもとより女神等が認める筈は――
『その話……』
――って……まさか!?
ゆっくりと口を開いた女神の次なる答を前に、急速に不安が駆られた。
呑むつもりなのだろうか、こんな馬鹿げた提案を。
いや、女神に限ってそんな事は。だがしかし!