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偉猫伝~Shooting Star

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偉猫伝~Shooting Star

29 - 第29話 キャッツオブフォーエバー③

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2025年06月05日

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『御断りします』



紡がれた答は全否定。



心なしか甚だし感があるのは気のせいではない。



そうだ、これこそ女神の在るべき姿。最初から疑問を抱く余地すらなかったのだ。



『ほしは“ほし”――だからね』



血で汚らわしい筈の身体を、そう言って己が膝元に乗せる。



何一つ変わらぬ彼女の心遣いに、このまま死を迎える事となったとしても何の悔いもない――と、オレは本気でそう思ったものだ。



紛れもなく世界で一番幸せな猫はオレの掌に在る――と。



何処に泣き言を喚き散らす必要があろうか?



ほんの僅かでも彼女に疑念を抱いた己が、急に気恥ずかしくなってしまい、女神の顔を見上げる事が出来なんだ……。



謝れるものなら土下座でも何なりと。



――ふふ……。土下座をする猫等、貴公等は聞いた事も見た事もなかろう?



それもその筈。猫とは総じてプライドが成層圏より高いもの。普通はせぬ。



だが謝りたいと心から思うなら、何処であれ例え剣山の上でも土下座出来るのだ。



まあこの状態では身体を動かすのも億劫だから、その期待にはとても添えられそうもないのは残念だったな。



機会があれば貴公等も一度、飼い猫に拝み倒してみるといい。



愛情が深ければもしや――。だが十中八九、猫爪の洗礼だ。



オレ等はそう安くはない――。



――さて、その後どうなったかだと?



審議はほどとおりなく終了し、かくして示談は成立。



かと言って示談金で成立した訳ではないぞ?



罪を憎んで人を憎まず――猫に優しく。



これは間の悪かった事故だ。哀れに震える爺に『切腹申し付け候う』や『財産没収』はあんまりであろう?



オレの海よりも深い慈悲により、奴は晴れて無罪放免と言う訳だ。



罪深きとはいえ、後先短い人生を断つのは如何なオレとて気が引けるからな……。



今夜は一家総出でオレの看病をする事となった。



被告人等、最早どうでもよい。オレへの看病が最優先とばかりに、女神は至れり尽くせり。



泣き疲れたのか、アカネは既に眠っておったな。それでも離すまいと、尻尾を握り締めるいと小さき手が、オレの涙腺に触れたのは内緒だ。



深刻な筈なのに信じられぬ程、穏やかな時間が過ぎていく。



これが家族であり、幸せの在処であると、染々と感慨に耽っていたものだ。



そして時刻は深夜に差し掛かろうとした、その時だった。



『明日ほしを病院に連れていこう』



自分の意思が欠如気味だったはずれ者が、突然そんな事を言い出したのは――。



これにはオレも吃驚仰天。自分の意思が有ったのねお前。



ようやくかと少しは見直したが、その提案にオレは難色を示していた。



“無理するな安月給――”



つまりはそれに尽きる。



オレに尽くすの至極当然の事だが、コイツの経済状況は永年の暮らしでよく理解しているつもりだ。



全く……自分の分際も顧みず、よくもまあ言えたものだ。その気持ちが分からん訳ではないがな。



はずれ者は底辺だ。己が使える小遣いが学生より少ない事も知っておる。



きっと断腸の思いで決意したのだろう。



正直言うとな……口が裂けても言えないが、オレは常日頃奴に感謝の気持ちを抱いていたのも確か。



オレ達を養うのは当然の義務としても――だ。



己の欲しい物は何一つ買う事もなく、オレ達の為に尽くしてきた事実は、流石に認めざるを得なかった。



オレが『銀のスプーン』と言えばそれにミルクを添え、『トイレ』と言えば逐一砂を交換。



裏方に徹して目立たぬとはいえ、はずれ者の存在無くしてオレ達の円満は無かった――と、今にして思う。



理解しようとは思わぬが、女神が何故はずれ者を選んだのか、少しだけ……分かる気がした。



だからこそだ。



その心意気は嬉しく思うも、病院だの無駄な事はしなくていい。



自分の身体の事は、自分が一番良く理解しておる。



これが……助からぬ“傷”だと言う事をな。



――皆がそれぞれの不安を抱き、寝静まった草木も眠る丑三つ時。



オレはある決意と共に目を覚まし、立ち上がっていた。



まあ実は痛みで寝てられんのが本音だが、猫とは弱音を他者に見せぬと言うもの。オレとて例外ではない。



皆にわざわざ不安を煽るような事はしたくないからな……。



何故どうして――だと?



貴公等はオレの話を冗談半分で聞いていたのかね?



オレが無敵で不死身の超猫だと――そんな在りもしない幻想を、さも真実だと思い込みたかったのではないかね?



違うな。決して勘違いしてはならぬのは、オレは少しばかり他猫とは一線を画す能力を持っただけの、極めて普通の猫だという事。



貴公等がオレの輝かしい猫歴に、過剰な期待を抱くのも無理はない。



到来している猫ブーム。華やかな猫達に愛情が贈られる。



だがその舞台裏を忘れてはならん。



幾多もの同胞が不慮の事故や、人間のエゴでこの世を去った。



オレを含め、輝かしいばかりの愛情に育まれた猫達は、彼等の尊い犠牲の上で成り立っているという事実にな。



その真実から決して目を背けてはならぬ……。



済まんな。手厳しい事を言ったが、どうか忘れてあげないでくれ。



これまでの……そしてこれからを生きる猫達の為にも――。



もう説明する迄もなかろう――オレは今夜、皆の前から姿を消す。



消すと言っても『マジック』といった類いではないぞ?



彼等の前に二度と現れない、と言う意味だ。



……何だその今にも泣き出しそうな顔は?



これは猫に於ける最期の行動原理だ。気を病む事はない。



“猫は飼い主に死に顔を見せる事はない”



これは人間が勝手に解釈した、猫への幻想だ。



そう美談化する事で、飼い主達は失った猫達を想い出として心に刻む。



そして『あの子は誇り高かった』と、何時の日か昇華した想い出を感慨に耽るのだ。



そう思い込まないと心が耐えきれないからな……。御互いの愛情が深ければ更に。



だが実際はもっと合理的。猫は感傷的に去るのではなく、己の死が迫ると自己防衛本能的に身を隠す“だけ”だ。



そこに『主人にだけは死に顔を見せたくない』といった美しいエピローグ等、入る余地すらない。



貴公等人間の夢を壊すようだが、それが紛れもない真実だ。



まあ今の飽食の時代、多くの飼い猫達は家族の愛情に見守られながら、この上ない幸せな最期を迎える事が多くなった。



これは良い傾向だ。そこが一番安全なのだから、わざわざ身を隠す労力は時間の無駄というもの。



――ん? 『じゃあ何故出ていくのですか?』だと?



確かに身を隠す必要はなかろうな。



猫の本能と猫伝説――貴公等はどちらの真実が良いと思うかね?



一つだけ言えるのは、猫とは人間が思っている以上に、計り知れない存在だと言う事だ。



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