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「「語る者を連れて参れ。世の誰よりも多くの物語を知るという彼の者を。彼の至上の語り部を。十やそこらで喉が嗄れ、百を物語るのも苦労する凡夫はもうたくさんだ。幾千幾万の物語を有する真の語り部を」と女王は家臣たちに命じた。
その語り部を連れてきた者を王配として婿に招くというお触れが王国中に出された。
語る者は語る者でありながら、語られる者でもある。その王国においては最も名の知れた魔性であり、時に悪霊であり、怪物であり、謎の人物であった。
女王の言う通り、語る者はありとあらゆる物語を知っており、東西の果て、古今の尽きるまで全ての出来事を物語ることができるという。
沢山の若者が「我こそは語る者なり」と名乗りを上げたが、彼らの口から語られる物語のほとんどは女王の耳に聞くに堪えないものであり、幾許か詩の才を持つ者たちも女王の飽くなき欲求に喉が嗄れるのだった。
王配の地位を欲した数多くの者たちが項垂れ、立ち去り、女王の美貌に狂わされた少なからぬ者たちが慟哭し、諦め、なお女王の微笑みを求める若者が一人いた。
彼の若者だけはただ一人、お触れを知れど女王の元へと向かわず、語る者探しの旅に出た。
若者が求めたのは魔法の鸚鵡だった。齢にして千を越える驚異を秘めた鳥であり、万を超える言語を弄し、森羅万象と語り合うという。
彼の鳥こそが語る者に違いないと確信した若者は鸚鵡の住まうという南の果ての樹林へと赴いた。星の導きに従い、強い雨に体を冷やし、目も眩まんばかり緑の輝きの樹林へと踏み込み、そうして若者は姿彩られし者と出会う。
「其方が魔法の鸚鵡か」
「ソナタガマホウノオウムカ」
「物語を聞かせ給え」
「モノガタリヲキカセタマエ」
「其方は語る者ではないのか」
「私は語る者ではない。疾く去るが良い」
若者はがっくりと肩を落とすが次の朝には眩い朝陽を前にして心を新たにするのだった。
全ては己の内に湧きあがる熱き心の名を教えてくれた女王のために。
次に若者が求めたのは魔法の谺だった。かの霊峰神々の故郷の縁戚にして、数多くの怪物を孕んだ母なる山苗床嶽の声であり、災いを鎮める子守歌から神々を寿ぐ讃美歌まで余すことなく歌いこなし、その響きは星の運行にまで及ぶという。
彼の谺こそが語る者に違いないと確信した若者は聖山ヴィンゴロの坐す北の果ての険しき山々へと赴いた。風の戯れに兆しを見出し、冷たい風に身を震わせ、静寂に満ちた白銀の山稜へと立ち入り、そうして若者は姿無き者と向き合う。
「其方が魔法の谺か」
「そなたがまほうのこだまか」
「物語を聞かせ給え」
「ものがたりをきかせたまえ」
「其方は語る者ではないのか」
「私は語る者ではない。疾く去るが良い」
若者は頭を抱えて落ち込むが次の昼には冴え冴えしい紺碧の海を見晴るかして心を改めるのだった。
全ては己の内にて荒ぶる猛き心を鎮めてくれた女王のために。
次に若者が求めたのは魔法の薬だった。神々の園へと渡る夢の橋への通行証であり、語る者を呼び出す力のある霊薬だという。
彼の薬こそが語る者に見える手段に違いないとかつては竜の跋扈した西の果ての危うき土地へと赴いた。道なき道を避けて進み、甘き香りに誘われて、馨しい花畑に身を横たえ、そうして若者は、声無き声と向き合う。
「其方が語る者か」
「私が語る者だ」
「物語を聞かせ給え」
「物語を聞かせよう」
「本当に其方は語る者なのか」
「本当に私は語る者だ。耳を傾けるが良い」
若者の耳に数多の物語が聞こえてくる。
初めは、語り部を求める女王の物語。
そして、魔法の鸚鵡を求める若者の物語。
さらに、魔法の谺を求める若者の物語。
終わりに、魔法の薬を求める若者の物語。
魔法の薬を求める若者の物語の最後には、遂に出会った語る者が物語を物語るのだった。
初めは、語り部を求める女王の物語。
そして、魔法の鸚鵡を求める若者の物語。
さらに、魔法の谺を求める若者の物語。
終わりに、魔法の薬を求める若者の物語。
魔法の薬を求める若者の物語の最後には、遂に出会った語る者が物語を物語るのだった。
初めは……。
気が付くと声は消え、霊薬は失せ、若者は荒野の真ん中に倒れ、一人すすり泣いていた。全ては幻だったのだ。願いは果たされず、希望は潰え、南にも北にも西にも行くべきところはなかった。
新たな夜は若者の心を闇に沈め、ただ女王への想いだけが仄かに光をもたらした。
若者はのろのろと立ち上がり、希望無き東の果てへと帰還する。
果たして女王は相も変わらず世を憂い、飽いていた。もはや語る者を騙る者も参らず、幾度となく目にし、耳にした物語は輝きを失い、沈黙に沈んでいた。
王国は平穏なれど代わり映えのない日常に勤しみ、誰もが語る者などという世迷言を忘れていた。そこへ語る者を連れ帰るべく遍歴していた若者が帰還したとの報が届いた。
女王は大いに喜び、最後の希望を御前に迎える。
「其方が語る者を探していた若者か」
「私が語る者を探していた若者です」
「語る者は見つかったのか」
「語る者は見つかりませんでした」
「では一体どうして戻ったのだ」
「我が身も心も打ち砕いた冒険から逃れるため、ただ帰還したのでございます」
女王だけではなく、家臣たちも大いに残念がった。語る者などいなかったのだ、と口には出さずとも皆が心の中で嘆いていた。
「良い。ならばせめて其方の冒険譚でも聞かせて我が慰めとせよ」
女王に命じられ、若者は訥々と語る。
初めは、語り部を求める女王の物語。女王は大いに笑った。
そして、魔法の鸚鵡を求める若者の物語。女王は大いに泣いた。
さらに、魔法の谺を求める若者の物語。女王は大いに憤った。
終わりに、魔法の薬を求める若者の物語。女王は大いに怯えた。
「それで終わりか」
女王が問うと若者が否む。
「語る者を求める冒険と冒険の間には語られぬ冒険があり、物語があるものです」
「全て語らぬか」
「仰せのままに」
そうして若者は語り尽くせぬ物語を語った。常に女王の傍にあり、老いるも死ぬるも添い遂げた」