「クッソ…!終電逃した」
駅の時計には23:50と色のついた電子文字
世間は大晦日だの年越しだの仕事納めだの…新年を祝う姿勢をもう整えていやがる
しかし、俺は年末年始にも関わらず今日も残業
終電を逃した挙句、年越しは駅のホームですることになりそうだ
駅には誰もおらず、自分だけ取り残されているような、
このまま永遠と2024年を一人彷徨う…そんな気がしてならない
深いため息を吐いて、ベンチに座る
顔を伏せると自然と口から出ていた言葉
「いいことなんて、なんにもなかったなぁ…」
今年、俺は目当ての会社に入社し、学生特有の希望を胸にして社会に足を踏み入れた
けどなんだ、今の俺は
くたびれたスーツ、活気が消えた表情、隈のできた目元
学生時代の輝かしい期待は今…どこにもないじゃないか
社会の過酷さに押しつぶされそうになり、必死に足掻いて、足掻いて…
今年は散々だった
これからもずっと、こうなのか?
「まもなく、次の駅、2025年駅に到着いたします」
「え?」
聞きが覚えのないアナウンスに俺はハッとする
周りを見渡すとそこは駅のホームではなく、見知らぬ列車の車内だった
俺はさっきまで駅のベンチに座っていたはず
ここは何処なんだ…?
[おや、今年はお一人なのですね]
戸惑う俺に、一人の男が声をかけてきた
「え……!あの、えっと……だ、誰、ですか?」
[失礼いたしました。私はこの列車の車掌をやっている者です]
「車掌…?さん、あの、俺さっきまで駅のホームにいたはずなんですけど、気づいたらここに居て…!何言ってるか分かんないと思うんですけど…」
[いえ、大丈夫ですよ。お客様の戸惑うお気持ち、私も理解しておりますから]
頭の中で?が飛び交う
俺の気持ちを理解している?どういう事だ?
そもそも今年はお一人ってなんだ?
こんな列車来た覚えがないし、この車掌とも顔を合わせるのは初めてだ
「それは一体どういう…そもそも俺車掌さんに会ったの初めてじゃ…?」
この発言に少し車掌の顔が曇った、様な気がした
[ああ…やはり覚えていらっしゃらないのですね]
「…?」
[いえ、気にしないでください。それよりこの列車の説明ですね]
「は、はい」
[この列車は1年に一度、12月31日にだけ運行する、年を告げる列車です。この車内で新年を迎え、新たな年へと旅立つ。そのお手伝いをするのが私の務めであり、この列車の役割でございます]
「は、はぁ…」
いまいちピンとこないが、車掌の言っていることが現実的でないことはわかる
半信半疑の俺を見てクスッと笑った車掌がさらに言葉を紡ぐ
[やはり、信じておられませんね?]
(ゔっ……図星)
[まあ、普通は信じられない程ファンタジックな話である自覚はありますので…無理もありません]
[しかし、眼前に広がるものは事実である何よりの証拠。どうか信じていただきたい]
そう諭すように言う
確かに自分の身に起きた不思議な出来事は紛れもない事実だ
試しに頬を引っ張ってみても痛みを感じるだけで、夢から覚めるわけでもない
信じるしかないだろう
「わかりました…というか信じるしかないですし…」
それを聞いて再び笑う車掌。帽子を深く被っているため顔は分からないが、口元は口角があがっている
[ありがとうございます。さて、もうすぐ次の駅に到着いたします]
(次の駅、あのアナウンスで言っていた2025年駅…ていうやつか?)
[次の駅、言わば2025年の世界へ]
その言葉とともに、列車がブレーキをかけ始めたのか減速していく
[この列車は2024年号です。今まで、お勤めご苦労さまでした。それからお客様、次の駅では苦しかったもの、辛かったもの、悲しかったもの、負を纏ったもの全てを持ち込み禁止としております。持ち越すのは、楽しい思い出だけでよろしいでしょう?]
[心を入れ替えて、新たな年へとお進みください。どうか次の年が、お客様にとって良い1年になりますよう願っております]
[旅立つ準備はできましたか?もうまもなく、2025年駅に到着です]
汽笛の音、そして車掌の言葉が途切れた瞬間、目の前の扉が開く
少し薄暗かった車内が白い光に包まれ、思わず目を瞑ってしまう
それでも進まなければいけない。本能的に感じた俺は扉の先へ足を踏み出す
その時、背中から声がかかる
[お客様は毎年、この列車で新年を迎えておられるのですよ。現実世界に戻ったとき、ここの記憶はもう消えてしまっている様ですが]
その衝撃的な車掌の発言に足を止めて、振り返る
[お客様はいつも孤独感を抱えておられる…一緒に年を越す人がいない。だから毎年ここで車掌と一緒に年をまたいでいるのです]
車掌が帽子を取る
[今年こそは、何か変わると良いですね]
顔を上げ、俺と視線を合わせて言った
[新年、明けましておめでとうございます。良いお年を]
遠くから、何か、騒ぎ声が聞こえる
「…っ!」
俺は勢いよく飛び起きる
どうやら、ベンチで寝ていたらしい
時刻は00:00
年が明けた
俺はゆっくり立ち上がる
「なんか、夢を見ていたような…」
その時、誰かの声が聞こえた気がした
[今年こそは、何か変わると良いですね]
その声に、ハッとした
車掌の声。あの時の顔、俺は列車での出来事を思い出した
夢…?いや、違う気がする。アレは紛れもなく現実だった
混乱した頭を冷やすために歩き始める
吐けば白く凍る息
車掌はどんな顔をしていたっけ
思い出せない。靄がかかったように霞んでいる
なんだか一人、駅で記憶を整理している自分が馬鹿らしくなってきた
もう、考えるのはやめよう
物事はなるようにしかならないのだ。一度起きたことを深掘りするのは意味がない
車掌の言う通り、前に進まなければいけない
固まった体をほぐそうと背伸びをする
「今年こそは、いい年にしたいなぁ」
電車を諦め、再び家路へと歩き出す
空を見上げると、白い雪が降りてきた
この白を、今年は自分色に塗り替えてみたい
そんなふわりとした願望を胸に、俺は新たな年へと足を踏み出す
今度こそ止まってしまわないように、しっかりと
コメント
1件
皆様にとって今年が良い1年になりますように