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「あれ、机の上に……ロープ?」
レイがふと指を止める。
教室の片隅、使われていない古い机の上に、ほつれた布と結び方の本。
「これ、前からあったっけ?」
「んー、どうだろ? シンム兄ちゃんが片づけ忘れたんじゃない?」
ドンが笑いながら言う。
「……兄ちゃんが“忘れる”わけないじゃん、完璧主義だし」
ギルダがぽつり。
でも、そのまま話は流れていった。
誰も深く疑わない。
なぜなら――それが“いつものシンム兄ちゃん”だったから。
「ねぇねぇ、この本すっごく面白かったよ」
シンムがノーマンにそっと手渡すのは、地形を利用した逃げ方に関する児童向け冒険小説。
「ほんと? 読んでみる」
ノーマンは素直に受け取り、ページをめくっていく。
中には、「崖の上にロープを掛けて登る」「身を隠す木の作り方」など、まるで彼らが直面している問題への答えがちりばめられていた。
それでも――彼は気づかない。
だって、まさかシンム兄ちゃんが“全部知ってる”なんて思わないから。
別の日。
「昔ね、僕、高い木に登れなくて……紐を上に引っかけて、くるくるして、よいしょって登ったことがあったの」
シンムがぽつりと、何でもない話のようにエマに話す。
「えっ、シンム兄ちゃんって、木登れなかったんだ?」
「うん、病弱だったから……でも、その時は、やりたかったから」
「そっか……がんばったんだね」エマは笑う。
それは、まるで――
脱出の鍵となる“崖”を、木にたとえてヒントを与えるような話だった。
でも、誰もそれに気づかない。
気づかなくていいように、完璧に自然に話すから。
彼はただ、
「誰にも知られずに助けたい」
それだけで、行動していた。
そして夜、誰もいない部屋の片隅で、
彼は静かに目を閉じた。
「……気づかれないままでも、いいよ。
みんなが笑っていられるなら、それで――」