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母のそんな言葉も昔は、刃物のように怖かった。
美鈴とだってわだかまりが残ったかもしれない。
そんな日常を変えてくれたのは、彼だ。
桜の花びらのように、ふわふわ舞い落ちるように私の前に現れた彼。
今もこうして私の心を満たせてくれる。
「あの、お、お、お兄さんもぬいぐるみ作るって聞いたんですけど実は私も作ってて」
「え、美鈴も!?」
真っ赤な顔で、デイビーを兄と呼ぶと、人差し指を合わせてもじもじし出す。
美鈴も作ってくれるのは嬉しいし、三体揃うと個性的で可愛いと思う。
「じゃあ、分からない所は三人で教えあいましょうか」
デイビーもとても嬉しそうだった。
「麗子さん、美麗さん、春月堂の幹太さんが御祝いの和菓子を届けて下さいましたよ」
「ってよ、美鈴」
つんつんと着物を引っ張ると、美鈴の顔が拗ねた様子になった。
立花さんは「ああ、桜茶!」と叫ぶと台所へ消えてしまう。
結納の時に飲む桜茶を忘れていたらしく、母も血相を変えて台所へ入っていった。
なので和菓子を取りに、私とデイビーと美鈴が顔を出した。
「本日はおめでとうございます」
深々とお辞儀する幹太さんのその姿に違和感を感じた。
顔を上げて、幹太さんが少し優しい顔つきで私を見たから尚更。
「幹太さん、もうおじさまに認められたんですか?」
美鈴が身を乗り出し、うっとりした顔でそういうので漸く違和感に気付いた。
いつもの紺色の甚平の様な作業衣ではなく、真っ白な作業服。
帽子には、春月屋の家紋、桔梗の紋が描かれている。
「まあ、やっとな。これからは尚更気合いを入れていかなきゃいけない。今回みたいな無茶な注文にも対応できるようにな」
幹太さんは優しい顔つきではあるけれで、自分に厳しい姿勢は相変わらずだ。
真面目な幹太さんらしい発言に嬉しくなりつつも、和菓子の件は申し訳なかった。
「改めましておめでとうございます」
「いえいえ。こんな季節に桜すだれを注文してくる大物には感謝の気持ちでいっぱいです」
そんなに春限定の和菓子をお願いしたのを根に持っているのかちょっと言葉に刺は感じたものの、渡された和菓子は、見た目だけでも溜息がでるくらい美しかった。
和菓子の種類を覚えるために見ていた中で、とても綺麗で食べてみたいと思った和菓子。季節外れだったからおじさんに聞いたら出来ると言ってくれたのに。
幹太さんは、その季節が一番美味しい材料を使うから季節限定なんだと大激怒しておじさんに文句言ってたけど、おじさんは幹太さんより頑固だから譲らず結局作ってくれたんだ。
咲き乱れ舞う桜の華麗な姿を『桜すだれ』になぞり、桜葉入の道明寺羹にてあっさりとしたこし餡を包みこんだ和菓子。
ひな菓子や春の御祝いの席で人気が高い、春月屋の春の名物の一つでもあるのが頷ける、乱れ舞う桜を閉じ込めた美しい和菓子。
「幹太さんなら出来るだろうって麗子さんも太鼓判を押していたのですよ」
デイビーも大きな手のひらに桜すだれを乗せ、近づけたり離したりしてその美しさにうっとり眺めている。
「おばさんには勝てないし、この作品で認められたんだから、複雑だか喜ぶことにするか」
そう言いつつ顔はしかめっ面だ。
「彼はどうして喜んでいいのにあんな怖い顔なんですか?」
不思議そうにデイビーが言うので、本当にお腹がよじれるかと思った。
「きっと恥ずかしいんですよ。もっと皆でおめでとうって言えば彼も観念すると思います」
「なるほど」
納得したデイビーに、握手され抱き締められ、おめでとうの言葉を沢山浴びせられた幹太さんの顔に、今度は美鈴が大笑いする番だった。
佐和子さんは縁側に座り、そんな様子を見てほのぼのと頬笑み、まるである晴れた春の日のように暖かかい時間に感じる。
はしゃぐ皆を置いて私だけで和菓子を運び、立花さんに渡すとまた皆の方へ戻る。
その時には、もうデイビーは佐和子さんに和菓子を見せに二人から離れていて、代わりに幹太さんと美鈴が無言で見つめ合っていた。
「機嫌は直ったか、はねっ返り」
「はねっ返りってなんですか。お姉ちゃんには優しい癖に」
美鈴は、この前私にあの国際結婚の本を渡された件で根に持っていて幹太さんを店で見つけてもそっぽを向いて逃げていた。
素直じゃないと言うかなんというか。
「優しくねーよ。お前の姉みたいに御遣いに来なくなるような事がないか、ハラハラしてんだ。機嫌直せ」
美鈴の頭に紙袋を乗せると、幹太さんは台所から出てきた母に挨拶へ向かう。
嬉しそうなピンクのオーラで美鈴はその紙袋を開けると、幹太さんのように複雑な顔をして紙袋の口を何回も折って中身が見えないように胸に抱き締めた。
「どうしたの?」
私が近付くと、美鈴は唇を尖らせてしまう。
「桔梗の紋が焼き印されてるどら焼きだった」
「あら、春月堂はどら焼きが有名だし美鈴も大好きじゃない。溢れそうに詰まった大粒の餡が甘くてって」
「春月堂の家紋の桔梗から、桔梗さんの名前は取られたんだって」
私の言葉を遮りいつもの声より低い声で美鈴が言う。
「幹太さんの家には桔梗の花が一杯咲いて、それがまるで朝を待つ紫の空のように綺麗だからって。春月屋のおばさんと桔梗さんがその話で盛り上がってて。二人は、生まれた時から縁が深い幼馴染なんだもんね。羨ましい」
それでもどら焼きは嬉しいのだから、美鈴の気持ちは複雑だ。
幹太さん、せめて違う和菓子をプレゼントしてくれたら良かったのに。
美鈴の複雑な気持ちなんて、伝えない限り分からないからしょうがないけど。
「美麗、貴方は何をしてるの? 桜茶の用意が出来たから皆さまをお呼びして」
ぴしゃりと名前を呼ばれて、背筋を伸ばしてしまうのはもう癖になっているみたいだ。
母に強く呼びとめられた幹太さんまでも苦い顔で座敷に座っている。
私とデイビー、佐和子さんと美鈴に幹太さん、母と立花さんも座り、皆で桜茶を飲みながら和菓子を頂いた。
複雑に気持ちや関係は絡み合い結び、ほどいたつもりがさらに結ばり、堅く堅く締めつけられたり。
案外、反対から引っ張れば簡単にほどけたり。
何かのきっかけがあれば、運命なんて簡単に覆ってしまうのかもしれない。
ちょっぴり塩辛い桜茶を飲みながら、此処まで来る過程に全て彼の賭けが絡んでいるのだと改めて振り返ってみる。
だからこそ彼は私の王子様なのかもしれない。
お伽話の中の甘ったるい王子。ただ、世界でただ一人。
意地悪に賭け事で私を翻弄してくる。優しいのに意地悪で、甘いのに触れる熱は男性だ。
「その、桜茶は綺麗ですが、紅茶の方が好きかもしれません。眼だけが満たされました」
「縁起物だからな。花開くっていうだろ」
幹太さんはそう言うと飲み干してしまった。
反対に拳を作り、口を抑え塩辛かったのか眉をしかめるデイビーを見て皆で笑い合う。
彼の為に、これを飲んだら紅茶か珈琲を入れてあげようと思う。
コメント
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第48話、読了しました!結納のシーン、和菓子を巡る人々のやり取りが本当に生き生きとしていて、思わず笑顔になりました。特にデイビーが桜すだれを眺める場面や、「紅茶の方が好き」と正直に言っちゃうところが可愛くて…彼の天然な感じ、好きです(笑) それから、美鈴と幹太さんの「はねっ返り」の掛け合いも絶妙でしたね。複雑に絡まった気持ちが「反対から引っ張れば簡単にほどける」という一文がすごく沁みました。桜茶の塩気と甘さのバランスの比喩も、物語全体の関係性を象徴しているようで…。美麗さんの「王子様」観も、賭け事で翻弄してくるって、なんだか憎めない素敵な関係だなあと感じ入りました。今回もじんわり温かい空気をありがとうございます!