コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「ところで、この匂い、夕飯を作ってくれたのか?」
「うん、一応」
帰りにスーパーに寄り、夕飯を作ったが、そもそも明彦は食べるだろうか。どこかで既に食べているかもしれない。
それに、食べてくれたとして麗の手料理が口に合わなかったらどうしようか。
佐橋の家にいたころは、趣味で料理教室に通っている継母が教わった料理の復習をするために、よく習った料理をそのまま麗に教えてくれていた。
そのときは料理教室の料理だけあって、出汁は一からとっていた。
だから姉と二人暮らしをしていた間は、休みの日にまとめて出汁をとって冷蔵庫に保存していた。
しかし、今日はそれだけの気力も時間もないので、ちょっと奮発して高いものにしたが、市販の出汁を使った。
お高いので美味しい出汁だったが、慣れない台所で、火加減を少し失敗した気がする。多分、まだじゃがいもが硬い。
「あ、でも、無理に食べんでも……」
「食べる、絶対食べる。裸エプロンで出迎えてくれた新妻が作った夕飯、食べないわけがない。あれだろ? ごはんにする? お風呂にする? それとも私? ってやつだろ」
「へ?」
突然のセクハラ発言に麗は困った。
(裸エプロン……?)
ふと、自分を見ると部屋着に使っている服は短く、その上から首元までしっかりある割烹着をつけているので、足元の肌が露出していて、成る程、裸エプロンに近い。
とはいえ、割烹着は白でフリル一つ付いていない。そもそも割烹着だし。完全に言い掛かりである。
もし、裸エプロンか否かを裁判で争っても、裁判長は麗を勝たせてくれる筈だ。
(異議あり、裁判長! 弁護側は割烹着をエプロンと虚偽の申告をしています!)
「明彦さん、疲れてるみたいやね。先お風呂入ったら? でもまだ掃除でけてへんから、ちょっと待ってて」
敗者をいたぶる趣味はないので、麗は無視することにして、風呂場を掃除をしに行こうとした。
「しなくていい。月曜日はハウスキーパーが掃除しに来てくれている」
流石、お金持ちである。
「そうなんや、じゃあ明彦さんの部屋とか掃除せんでええの? 今日はとりあえず勝手に触るのもあれかなと思って掃除はしてないんやけど」
「麗が俺に何されてもいいなら部屋に入ってきていい」
「……………………じゃあお風呂、沸かしてこようか?」
麗はセクハラ発言をスルーした。
「いやいい。先に夕飯を食べるよ。風呂は後で沸かしてくれるか? それで、濡れるといけないから全部脱いだらどうだ?」
「脱ぐのは割烹着だけにしとくわ」
明彦がもし、与党の政治家ならば野党とマスコミから責められて問題発言で辞職勧告をされているレベルのセクハラ発言を再びスルーした。
きっと、マスコミは割烹ぎ員というあだ名をつけるだろう。
麗がぱっと割烹着を脱ぐと、明彦がぐっ、と唸った。
「麗は俺に新しい特殊性癖でも身に付けさせたいのか?」
「え、なんで?」
「俺はこの家で高校の体操服を見ることになるとは思ってもいなかったよ」
左胸に校章、中央に佐橋と大きく書かれた体操服は同じ高校出身の明彦には懐かしいものだろう。
「体操服って偉大だよね。部活やってる子達のために丈夫に作ってあるから未だに使えるもん」
麗は部活はやっておらず、帰宅部だったため、高校を卒業時にも体操服を使い込んでいなかった。
それに、体型も悲しいことに胸とか胸とか特に胸とかが、ほとんど変わっていないため、現役で体操服を着る事ができるのだ。
引っ越しのときに出てきたので丁度いいと部屋着にしたのだった。
「未だに使えるからって未だに使うなよ……」
明彦が額をもんでいた。
実は、割烹着も高校の調理実習のときに姉が使ったものを、入学とともにお下がりしてもらったものだったりもするが、麗は言わないことにした。
「なんか、ごめん」
「いや、いい。先に食べるから着替えるよ」
「わかった。じゃあ準備するわ」
お腹を空かせているなら待たせるのも悪いので、麗が台所に戻ろうとすると、明彦に腕を捕まれ、振り向かさせられた。
そしてそのまま、頬に唇があたる。
「ただいま。新婚夫婦が帰宅したら一番最初にしなきゃいけないことを忘れていた」
これはただいまのチューだ。
麗は、最近は何度かキスされていたので慣れていたつもりだったが、完全に油断していたので、一瞬固まってしまい、苦し紛れに口を開いた。
「帰って一番最初にせなあかんのは手洗いうがいやと思うねん」
「……悪かった」
だが、それは明彦にとっては痛恨の一撃だったようで、明彦はすごすごと洗面台に向かったので、麗は久々の勝利を噛み締めた。