テラーノベル
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「条件があります」
場の空気が、わずかに止まる。
「ん?」
グロスター公は、面白そうに目を細めた。
「お金を貸してください」
誰も口を挟まない。
「……必ず返します」
カルドは、一歩も引かない。
「五千ディナールです」
その場にいた職員が、思わず息をのんだ。
子供が口にする額ではない。
「お願いします」
沈黙。
そして――
グロスター公が、笑った。
「――こいつはいい」
肩を震わせるほどではない。
だが、確かに愉快そうだった。
「俺に金をせびるか」
一歩、カルドに近づく。
「しかも、借りると言ったな」
視線が突き刺さる。
「“もらう”じゃない」
一瞬の間。
「いいだろう」
あっさりと言う。
だが、その声には刃があった。
「もし――俺の言う通りのことができたら」
「五千ディナール、くれてやる」
試すような目。
「王族だからといって、ビビりもしない」
小さく笑う。
「面白くなりそうだ」
エスカリオ王国の王、
エドワード二世。
その若き日は、まさに人々の記憶に残る美貌であった。
高い背、整った顔立ち。
笑えば周囲の空気すら変えるような、天性の華やかさ。
女たちが名を呼び、男たちが従う――そんな王であった。
だが今、その面影は崩れかけている。
頬はこけ、肌は青白い。
豪奢な衣も、どこか体に合っていない。
それでも――
その目だけは、変わらない。
かつて戦場で敵を見据えたときの、あの鋭さを残している。
「……あの子たちだけは」
かすれた声で、王は呟く。
長男エドワード。
長女エリザベス。
彼らに向ける眼差しだけは、
かつての放蕩の王ではなく、
ただの父のものだった。
カルドは、後年こう語っている。
「たしか、俺が十一の頃だったかな」
「俺が初めて見た王様はさ――
ぶよぶよしてて、締まりがなかったね」
「……ああ、この人がこの国の王か、って思ったよ」
少し笑ってから、肩をすくめる。
「で、息子と娘を見て驚いた。
ありゃあもう、お人形さんだ」
一拍、間を置く。
「――そして」
「一人は、友達になった瞬間、いなくなった」
「もう一人は……夫とともに、俺の敵になった」
視線は遠くを見ている。
「……因果なもんだよな」
エスカリオ王国宮殿。
グロスター公は、エドワード二世と対面した。
「兄上も――お顔の色がよくなりましたな」
「心にもないことを言う」
わずかに笑う。だが、その声には力がない。
「いえ。皇太子もまだお若い。
兄上には、もうしばらくお元気でいていただかねば」
「……そうだな」
王は目を伏せ、ふっと息を吐く。
「すまぬ。つまらぬことを言った。
お前を頼りにしている」
その視線が、ふいにカルドへ向く。
「今日はなんだ。お前に子供がいたのか」
からかうような口調だった。
「いえ。港町で働いている少年です」
「ほう」
王は興味を持ったように身を乗り出す。
「皇太子は利発な子。
きっと、面白い話ができましょう」
「うむ。そうじゃ」
王は頷く。
「ここには女どもが多すぎる。
つまらんことばかり覚える」
「王たる者に必要なことは、ほかに山ほどある」
「そなた、名は?」
「カルドです」
「港では何をしておる」
「船から運ばれた品を運び、
貴族方へ分配する手伝いをしております」
一拍置いて、カルドは続ける。
「先日、見たこともない剣を見ました」
「私の知らぬ国が、まだこの世界にはあるのだと知りました」
王は、わずかに目を細めた。
「……賢い子じゃ」
「エドワードに、いろいろと話を聞かせてやってくれ」
「はい」
カルドは頭を下げる。
「よろこんで」
――その声の裏で。
馬車の中での、あの言葉を思い出していた。
「国王を見た感想を教えてくれ」
グロスター公は、何気ない口調で言った。
「それと――機会があれば、
エドワードとエリザベスにも会わせる」
「できれば、信頼させてくれ」
「僕のような者で、よろしいのですか」
「ふむ」
わずかに笑う。
「エドワードもエリザベスも――賢い」
「俺の目から見てもな」
一瞬だけ、視線が鋭くなる。
「だから、お前なんだ」
「……バカでは務まらん」
カルドは、その意味をまだ理解していなかった。
カルドは、後年こう語っている。
「いっちゃあなんだがな――
俺は自分のこと、賢いほうだと思ってたのよ」
「大人なんて、だませるもんだってな」
軽く笑う。
「でもさ」
「当時の皇太子――ありゃ賢かった」
「王様ってのは、みんなああなのかと思ったぐらいだ」
少し間を置く。
「生きてりゃ……とんでもない王になってたろうな」
視線が、わずかに揺れる。
「娘のほうはな」
「無言の圧がすごかった」
「こっちが値踏みされてるような目でさ」
肩をすくめる。
「で、俺はっていうと――
五千ディナールがかかってるだろ」
「必死よ。口八丁、手八丁」
「俺が経験で覚えたことを、並べ立てた」
鼻で笑う。
「でもな」
「――あいつら、それ、本で全部知ってんだよ」
一拍。
「俺とあいつらの違いは――
知識か、経験か」
「そんなもんだったな」
沈黙。
「で、エリザベスが言ったんだ」
カルドは、わずかに目を細める。
「――それで」
「それで“王より上”に立てるの?」
「――ああ、こりゃ勝てねえなって思ったよ」
「俺はその時、初めて“王様”ってやつを見た気がした」
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