テラーノベル
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静寂。
それはあまりにも不自然で、音の存在すら拒むような空気だった。
ないこは目を覚ますと、天井を見つめた。
見慣れたはずの部屋――のはずなのに、どこかが違う。
壁にかかったポスターの位置。
机の上に置いたはずのペンが、なぜか逆の側にある。
時計の針は回っているけれど、その音がまるで聞こえない。
ないこ: ……ここ、どこ?
立ち上がって、部屋を見回す。
すべてが“完璧に逆”だった。
右と左が反転した部屋。自分の記憶と一致しない世界。
そして、鏡の中。
――いや、“鏡の外”には、もうひとりの“ないこ”が立っていた。
鏡の中の闇ないこ: 交代の時間だよ。
ないこ: 交代……?
鏡の中の闇ないこ: 僕が、君になる。
君が、こっちに来る。それだけ。簡単でしょ?
ないこ: そんなの、勝手に……
鏡の中の闇ないこ: でも君、昨日言ってたよね?
「僕はもう、限界だ」って。
それってつまり、「代わって」って意味じゃないの?
ないこ: ……僕は……そんなつもりじゃ……
鏡の中の闇ないこ: 君は、何も感じなくていい世界を望んだ。
笑顔も、期待も、重荷も全部、僕が背負ってあげる。
君はただ、ここにいればいい。
ないこ: ……やめて。僕は、“ないこ”でいたい。
鏡の中の闇ないこ: だったら証明してよ。
「君の方が、本物だ」って。
ないこ: 僕は――……
息を吸おうとして、気づく。
空気の匂いが、ない。感覚が、薄れていく。
まるで、現実の中にある“虚構”に取り込まれていくように。
ないこ: 僕は……本物……だよな……?
ふと視線を上げた先。
そこにいたのは、“鏡の中”にいたはずの闇ないこが、ないこの服を着て、笑っていた。
鏡の中の闇ないこ: さあ、“今日の配信”の時間だよ。
君の代わりに、完璧に演じてあげるから。
ないこ: ……やめて……!
叫んだ声は、音にならなかった。
それが世界に届くことはなく、沈黙の中に溶けて消えていった。
ないこ: 僕は……消えてなんか、ない……
でもその言葉すら、自分の口から出てきたのか、
それとも“鏡の中”から響いたのか――分からなかった。
次回:「第七話:沈黙のないこ」へ続く。
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